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献体名『イザナギ』『イザナミ』

「パパ……私たちはもう……立ち上がれない……」


 頻繁にノイズの混じる映像でディスプレイに高校生くらいの少女と中学生の少年がへたり込んだ状態でガラスの壁に両手を当ててこちらを見る。

 声はかすれてようやく聞き取れる程度でしかない。

 映像を見守りながらスーツ姿の壮年男性がマイクを持って叫んだ。


「京香! 真! 必ず助けてやる! 気持ちをしっかり持つんだ!」


 マイクで叫ぶ男性の周りを大勢の研究者達が沈痛な面持ちで取り囲む。

 この男は八木 牧人、ディスプレイの映像の中で死にかけている姉弟の唯一の肉親、父親である。


「パパ……久保くんに……」


 牧人は近くに居た高校生くらいの少年に手招きし、無言で荒っぽくマイクを渡してカメラの前から立ち去った。


「京香……大丈夫だよ。きっと何とかなる」

「久保くん……何とかなるなら……2週間も放置なんてしないわ……」


 牧人は主任研究員に掴みかかるように、それでも声を押し殺しながら尋ねていた。


「なんとか、何とかならないんですか? 京香と真を生きたままラボから助ける手段は本当に無いんですか?」

「統一朝鮮が東京に撃ち込んだダーティーボムは汚染物質をばら撒くことを目的とした爆弾。人間は半径10キロの範囲に入るだけで即死します。

 ロボットも放射線で回路が破壊され、ラボまで3キロまで近づいて音信不通になるのがやっとでした。

 あのラボは事故時に汚染の拡散を防止するために厚さ数十メートルの特殊素材の遮蔽物で封印されています。

 そして皮肉にも外部の汚染から守られて彼女たちは生き残りましたが……。

 同等の装備をしてあそこへ近づける技術などこの世に存在しません」


 京香は絞り出すような声でカメラに語り掛ける。


「久保くん……」

「……」


「久保くん……私はもう……ヒッ、諦めたの……。久保くんに手が触れる場所で会いたかった……ヒッ……」


「会えるさ! 京香! 僕が……僕が……、ごめん京香。

 ……無力でごめんな京香。

 俺が出来ることは何でも言ってくれ。

 何だってする」

「私は……私と真は……電子の世界で生まれ変わるの……。

 もう実験装置の……ブレインスキャナーを起動するしか出来ない……。

 私たちは明日はもう起き上がれない……。

 最後に、肉体で生きている最後の思い出に、久保くんの顔を焼き付けたいの」


「ああ、ずっとここにいるよ京香! 愛してるよ京香! お前は俺の人生で一番……」

「私もよ……」


 京香は無言でガラス越しに見えるノイズ交じりのディスプレイをしばらく凝視し、久保という少年は涙を流しながらカメラに至近距離まで近づいて思い出話を語り続けた。


「……久保くん……世界で一番愛して……」

「ああ分かってる。俺もだ京香!」


「……今度は……ファンタジーランド……行こうね……」

「ああ、約束だ」


「……真……、行くよ……、私たちは今から別の体で生まれ変わってここから抜け出すの」


 京香は真の手を握り、ゆっくりと這いながら部屋の奥へと進む。

 奥には大きなMRIスキャナーのような装置があった。

 京香が背中で真を押し上げ、真はやっとの思いで寝台に登る。

 そして力なくぐったりと寝転んだ。

 京香が傍のパネルのスイッチを震える指で押す。

 機械音が重く響き渡り、あちこちのランプが点灯し始めた。

 それをモニター越しに見ていた主任研究者がほかの研究員に指示した。


「ブレインスキャン・シークエンス開始だ! 遠隔操作は出来そうか?」

「信号のパケットロストが酷く、頻繁に中継サーバーの切り替えが発生していますが……レスポンスは鈍いですが操作は正常に出来ています!」


「よし、始めろ」

「プログラム起動……起動しました。スキャニングに入ります」


 真が横たわり、浅く呼吸する上をいくつもの機材が取り囲み、ベッドそのものが巨大なスキャナーの中を通り抜けるのを繰り返す。

 牧人が主任研究者に詰め寄る。


「私の子供達はこれであの爆心地から脱出出来る、そうですね?」

「……ブレインスキャニングはまだ基礎研究が始まったばかりの技術です。

 あえて言いますが、20世紀に流行ったコールドスリープと同じようなものと思ってください。

 あくまでも希望を買うのと同じような……」


「今は無理でも技術が進歩すれば再生出来るんですよね? そうですよね?」

「八木さん……。哲学的な問題になりますが、お子さんの脳の完全なイミテーションが完成したとしましょう。

 『それ』は貴方の事も、過去の記憶も、性格もそのままに会話し、活動するかもしれません。

 だがそれは果たして彼女達本人なのでしょうか?

 私達はその領域の問題に踏み込むことはありません。

 あなたのお考え次第です」


 牧人は黙り込む。

 同じ部屋の研究員が声を上げる。


「対象、八木 真のブレインスキャンが完了しました。

 データは全て受信済みです」

「八木さん、真君のスキャンが完了しました。次は京香ちゃんの番です」

「成功したんだな? これで完全に……情報は爆心地から脱出したんだな?」

「今の技術ではこの情報の正常性の確認手段がありません……」


 牧人は久保少年からマイクを奪い取って叫ぶ。


「真! 京香! よく頑張ったあと少しだ!

 真のスキャンが完了した!

 次は京香の番だ! 京香、次はお前が寝台に乗れ!」


 真が力なく上半身を起こし、京香に助けられながら床に転がり落ちるようにして寝台から離れた。

 そして次は京香があおむけに寝転ぶ。


「対象、八木 京香のブレインスキャン・シークエンスを開始します!」



 西暦2041年、韓国を吸収していた北朝鮮から日本の首都、東京へ弾道ミサイルによりダーティボム、核汚染物質をまき散らす事を主目的とした爆弾が撃ち込まれたのである。

 爆心地で唯一の生存者、京香と真は当時救出する手段がなく、衰弱により死亡した。



 西暦2115年、日本の首都はネオ東京として、元大田区のある辺りで再建されていた。

 ネオ東京の中心地、数十階建てのビル群の間を片道3車線ほどの広い道路が伸びる。

 その上を走る無数の電気自動車の放つ光が、天の川のように流れる。

 その道路はとある巨大なビルの前で方向を45度変えていた。

 周囲のビルに比べて高さは倍以上、幅は一般的なビルの10倍ほどはある。

 遠くに見えるアルコロジー程ではないが、ビルの親玉、要塞と言える大きさである。

 このビルは八菱重工の所有する軍事研究施設である。

 八菱重工は日本国軍陸軍省の最大取引先でもあり、兵器開発を行う中では日本最大の企業である。


「桃音博士、ディバさん、おはようございます」

「おはようマキちゃん」

「おはよう、ステータスは問題ないみたいね」


 ガラス張りのケージの中で覚醒したばかりのアンドロイドが白衣を着た老齢の男、桃根博士とその助手の女性、ディバに向き合っている。

 端末を操作し、いくつものディスプレイを交互に見ながらディバが博士に尋ねた。


「桃音博士、マキのAIのベースって誰が作ったんですか?

 人間が作ったとは思えないほどの……有るべき場所に必要な機能がいつもある、計算しつくされた構造でいつも感心します。

 作った人は相当な天才だなぁと……」

「作ったのは人間ではないよ。

 しいて言うなら神だね」


「神?」

「今のAI研究の基礎となった献体が居たらしい。その当時産まれたばかりの技術でブレインスキャンされ、何十年も構造解析された結果さ。

 元生きた人間だもの。当然だよ」


「生きた人間! それで機能不明の領域が一杯有るんですか。

 てっきり前任者が設計書も残さずに逃げたスパゲッティコードかと最初思ってましたよ」

「似たようなもんさ。怖くて削除出来ないんだよね……」

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