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ズザザと地面を削る音を立てながら、顔面で地面を滑る様に俺は移動する。なんてことはない。咄嗟に筋肉達磨に着けていたマントの裾を掴まれ、体勢を崩して顔から地面に激突したのだ。ステータス上昇の恩恵に、もともと防御のステータスも高い事が相まって、俺の顔が傷つくよりも地面が抉れたのだ。
「何しやがるっ!!」
「ごめ~んなさい。でも咄嗟の事だったのよっ!!仕方ないじゃないっ!!」
すぐさま立ち上がり、顔に着いた土を掃いながら筋肉達磨に抗議するも、その見た目に似合わない所か吐き気すら催すような甘ったるい言葉で謝罪。すぐさま言い訳を怒涛の如く放ってくる相手に、何で俺は此奴を助けようとしているのか疑問に思えてきた。
もう無視して逃げ出し、この筋肉達磨以外の生物を探した方が良いのではないかとすら考えていた所……
「っ!?わああぁぁぁ……」
突如横から衝撃が。あの野郎は屈んでおり無事で俺だけが空中に投げ出されるような形に。俺が筋肉達磨に抗議している間にビックフットトレントが追いついてきており、枝を振り回して攻撃してきていたのだ。
「あのやろっ!!…でもまずはお前だっ!!」
もういい、トラウマだ何だってのは、もうこの際忘れる事にするっ!!あの筋肉達磨は一発殴るっ!!
よくこの手の主人公は何でも無いように高能力を駆使するが、平和な現代日本に生きていた俺にとって力を振るう、所謂暴力と言う事には忌避感があった。だが打ん殴られ、結構な高所まで吹き飛ばされた俺はブチ切れていた。
目の前のビックフットトレントの、いまだ離れない枝を掴みとり、殴られた勢いすら利用して空中で体を回転させる。
本来ならば足場の無い、力の伝達が出来ない場所では無理なのだろうが、半分はオーガであり、村人のステータス上昇効果を持つキッシュにとっては如何って事の無い動き。
巨人系のモンスターに威力を発揮するオーガの技である『ジャイアントスイング』だ。ビックフットトレントもまた巨人系と呼ばれるカテゴリーに含まれるモンスターである以上、この技は有効であり、ゲーム内であれば、空中だろうと水中だろうと使えた技でもあった。
「死にサラセぇぇぇぇぇっ!!」
「ちょっ、こっちに、えええええええええっ!?」
ブンブン数回振り回し、そのまま筋肉達磨目掛けてビックフットトレントを地面に叩きつける。俺の様な小柄な体格のガキが、ただでさえ巨大であるビックフットトレントを振り回す事に唖然としていた筋肉達磨であったが、それでもその巨木が自分に向かって来ているとなれば、流石に意識を取り戻す。取り戻すも逃げる事も出来ない現状、絹を裂いたような悲鳴を上げるのみであった。
もうもうと砂埃が舞い上がる。そんな中、俺は少し自分の行動に驚いていた。さっきは暴力に忌避感があるとしたが、正確には怖いのだ。誰かを殴って自分の立場というのが悪くなることが。これがウッドタイガスの様に咄嗟の行動だったと言い切れる場合はどうしようもないし、ビックフットトレントの様にどう見ても怪物にしか見えない場合は違う。
だが人の姿をし、言葉が通じる相手を、幾ら腹が立ったからと言って意識して殺してしまう様な攻撃をしてしまったのだ。戦場に行けばだとか、やらなければこっちがやられるだとか、そう言うのではない。殺人はいけない事だという倫理観を小さい頃から教え込まれる平和な日本と言う国の教育方針が詰まっているのだ。なのにブチ切れていた状態であったとしても、明らかな異常状態でもあった。そうまるで俺の意識を誰かが乗っ取ったかのように。
「……ふぅ、危なかったわ。もう、如何してくれるのよっ!!お気に入りの一張羅が台無しじゃないっ!!」
だが砂埃が晴れて来たその場所に、自身の命より服が汚れた事にプリプリと怒る無事な筋肉達磨を見てしまえば、どうしても脱力してしまう。
「あら?如何したってのよ、そんな所に突っ立って。」
「いや、無事なのか?」
「あー、酷いわねっ!!幾ら私が可愛いからって、無理心中なんて酷いじゃないっ。」
「もう、お前は口を開くなっ!!」
安心していた俺。だがその様子に疑問を持ったのか筋肉達磨が話しかけてきた。話しかけて来たのだが、なんというか、うん。何で俺が後追い自殺するとおもったのやら。
「っ!?おいっ!!」
「何よっ!!って、まだ倒せていなかったのっ!?」
筋肉達磨の後ろで蠢く巨木。これだから植物系モンスターは厄介なんだ。慌てて筋肉達磨に声を掛ける。俺の言葉に反発するように短く問いかえしてくるが、その前にビックフットトレントが立ち上がってしまった。まだ倒せていなかったことに驚く筋肉達磨。
「そんな、あれだけの攻撃を受けて平然としているなんて……」
「俺としちゃ、それに巻き込まれたのにピンピンしてるほうが気になるけどな。」
ビックフットトレントが叩き付けられた場所は小さくクレーターが出来ており、その周りにも折れた枝葉が散乱している。それだけの威力があったことを物語っており、だからこそ筋肉達磨は信じられないものでも見たかのような顔になっていた。
だが俺はゲームでの知識で、あれだけでは倒せないことを知っている。植物系モンスターの生命力は下手をすれば、そのフィールドのボスよりも遥かに高い。ましてや、防御のステータスも高いトレント系モンスターとなればいくらキッシュの一撃だろうと耐えられる可能性が高かったからだ。
この世界が現実であることを考えて、逆にあれで倒せた可能性もあったが、うんまぁ、ゲームより頑丈になっている可能性もあったんだよなぁ。
「それでも瀕死のようだけどな。」
思わずポツリと呟いてしまったその言葉通り、グググと力を込めて起き上がろうとしているビックフットトレントであったが、最初のような動きとは程遠く、ただでさえ遅い動きがさらに遅くなっている。
「これなら、もう大丈夫だろうよ。」
「アイテムボックスぅっ!?」
いくら動きが遅いからと言って、最初の頃の動きでは安全に当てるのは不可能に近かったが、今の状態なら大丈夫だろうとイベントリからある農耕アイテムを取り出す。そのことに何故か筋肉達磨が驚き叫んでいるが、とりあえず無視して瀕死のビックフットトレントに近づいた。
何度も言ったと思うが、ドロップアイテムを無駄には出来ない。これが人型モンスターであれば、罪悪感でも出てくるかもしれないが、人型ではなく大木。しかも襲ってきたモンスターである。手に握った草刈り鎌、薬草を含め、広範囲に生えた雑草型の農耕アイテムを一度に刈り取ることのできるアイテムだ。をビックフットトレントに振り下ろした。
俺は農耕プレイをしていただけあって、真面に武器と呼べるような武器を所持していない。だが農耕アイテムだけはそれなりに持っており、逆に言えば農耕アイテムが何ができるかは理解していた。
この草刈り鎌は農耕アイテムの中で、武器として使えるアイテムでもある。追加効果として植物系モンスターにダメージを与えるときに何割かのダメージ強化がつくというもの。
と言っても武器ではないことから、あくまで気持ち程度のもので、普通に剣でもって切りかかったほうが威力は高いが、それでもここまで弱っていれば、ビックフットトレントといえど一撃で終わる。ウゴウゴと蠢いているビックフットトレントに近づき、その草刈り鎌を振り下ろした。




