1-1
「うおー、すっげー!!」
俺は目の前に広がる大自然に感嘆の声を上げてしまった。周りを見れば上位プレイヤーだろうか、くすくすと俺の方を見て笑っている人もいる。この世界は現実では無く、仮想世界。所謂高性能なゲームの世界だ。様々なジャンルのあるその一つ。と言っても最近のゲームは様々なジャンルが同居している様なもので。偶々手に取ったソフトをプレイしている人も少なくはないのだが……
俺はそんな数あるソフトの内からこの農耕や開拓も出来るというリアルすぎる大自然が売りのこのゲームを手に取った。ただやはりこのゲームはモンスターを倒し、経験値を手に入れてレベルを上げ、更に強力な敵を打倒していく所謂定番物のRPGである為に、俺の様な地味な格好のプレイヤーはいない様に見受けられる。
白銀の全身鎧に身の丈もある大剣を背負った戦士や、ミニスカートにとんがりボウシの魔女。上半身裸の格闘家も居た。一見武器防具を纏ってはいない町人の様なキャラクターも居るが、それにしたって腰に初期武装のショートソードを帯びていた。
「……やっぱ初期職業に『村人』を選ぶ人は居ないか。」
判っていた事ではあるが、それでも今の心情が溜息と共に零れ落ちた言葉。このゲームにはキャラメイクした時に様々な恩恵のある職業の内、初期職業と呼ばれるのを選ぶのだが、例えばステータスに攻撃と速度の恩恵をもたらし、剣型の武装を装備できるようになる『戦士』。マジックポイントと魔法攻撃の威力を上げる恩恵と、初期魔法が使えるようになる『魔法使い』とかが人気であり良い例だ。
だけど俺の選んだ村人は特色が無い事が特色である職業。農耕を含む生活関連の判定に成功率アップ効果があると言うのが恩恵の職業でもある。農耕をしたいという思いから、冒険を主体にしないのだからと安易に選んでしまったのだ。キャラクターを作ってから攻略サイトを見て後悔した。後で職業は複数取ることが出来ると知った上、能力値の上昇率も生産系職業としては最底辺であり、先に『鍛冶師』等の生産系職業を取ってから、成功率アップの恩恵を受ける為に第二職業として取るのが基本とあったからだ。
「消すのも、なんかなぁ……」
作り直せばいいだけの話だが、何となく勿体無い気がする。一度ログインぐらいはと、仮想世界に入った後では感動した事もあり余計にそう思う。
「取り敢えず、このまま進めてみるか。」
まだまだゲームは始めたばかり。詰まったのなら、そこで改めてキャラを作り直せばいいんだしと思い直しゲームを進める事にした。そしてそれからあっという間に二週間が経過した。最初は第二職業に別の職業を取ればいいやと軽く考えていたが、これがまた厄介だった。第二職業の取得条件にレベルが16以上という条件があったのだ。
これは職業が戦士であればソロプレイでもその恩恵から対して難しくもない。魔法使いや僧侶ならばその破壊力や回復能力からパーティーには必須とされ、初心者だとしても引っ張りだこ。生産系の鍛冶師だとその能力で格安で髙能力の武装を作り出すからと依頼が存在し、『薬師』であれば戦士のソロプレイに必須の薬系の販売で経験値が稼げる。
だが俺が選んだ村人にはそういった能力は無く、フィールドに出てモンスターを狩ろうにもそもそもステータスが貧弱すぎて、無駄死にする。生産系の能力は薬に化ける薬草の栽培という能力があるものの、それを行うにしても鍬や種にゲーム内の仮想通貨『GD』が掛かる。そしてこのGDの取得方法が、モンスターの退治、ギルドの依頼完遂。そして物品販売のみ。
「……やっぱ無理かなぁ?」
「いや、なんで最弱の村人でソロプレイしようとしてんのさ?」
「なんかさ、嫌じゃん。誰かに言われて物作りすんの。時々ぐらいならいいんだけどさ、どっかのギルド入って、決まった物を決まった数だけ作り続けるってのはさ。」
職業村人の基本プレイの一つとして大型ギルドに入り、そのギルド員からの依頼で田畑を作り、生産系の材料を作るというものがある。あとは姫プレイとか寄生プレイとか呼ばれるものしかない。それほどステータスが貧弱なのだ。
今現在俺がやっているのもそれに近い。偶々リアルの友達が始めたのを機に―――村人とはいえ細々と経験値を稼いでいた事もあって何とかレベルも4まで上がっていた。低ステータスの村人だとしても、モンスターを倒そうと思えば倒せる。と言っても最低レベルのモンスター一匹をライフギリギリでとかだけど。
―――レベル上げの手伝いとして付いてきたのだ。
レベルも4になり、ステータスの上昇率も上がれば最低レベルの働きぐらいは余裕で行える。村人のソロプレイでレベルを上げていた事もあって動きと言う面だけで見れば、ゲームを始めたばっかの戦士よりかは動ける。まぁそれでも戦闘ではステータスと言う面で初期レベルの戦士にも劣るというのは覆す事の出来ない悲しい事実なのだが。
「そりゃ、ゲームなんだから好きにしたらいいけどさ、せめて第二職業取得レベルぐらいまでは、どっかのギルド入るとか、知り合いに声掛けて姫プさせて貰おうとか、考えなかったのか?」
「見つけた…知り合い……お前だけ。」
「ボッチめ。」
「うっせーよっ!!つーか、それ言うんならこんな初期装備の村人捕まえてフィールド出てくんなよっ!!」
「まぁまぁ。いいじゃん、いいじゃん。そっちだって纏まった経験値が入って、こっちだってタダで薬草大量なんだから。」
ハンドルネームでプレイするのが当たり前である以上、そう易々とリアルの知り合いを見つけるのは難しいし、誰だって役立たずの、しかも見た目みすぼらしい男相手に声を掛けてくる訳がない。それならば将来性と言う面で初心者でも戦士職や魔法使い職に声を掛ける。今回はたまたまリアルの方で、級友がこのゲームやって見ようかと言う話になったからこそ、こうして待ち合わせをしてモンスター退治に出ているが、幸運であったと言える。
職業が戦士である友人がモンスターを押し止めている間に、俺はそこらの草むらにしゃがみ込んで薬草採取をしていた。村人の経験値取得方法の一つである『採取』。薬草はフィールドでも手に入る。ただ取得するのに生活系の判定があり、特に成功判定はこれがまた低い。普通に取得しようとすれば20回に一回成功すればいい方で、それを迫りくるモンスターを倒しながらと言う事になれば、余程モンスターとのレベル差が無いと無理である。だが戦士職がモンスターを押し止めている内に生活系の判定に成功率アップの恩恵がある村人が採取すれば、結果そこそこの採取量にはなった。
「それでも普通にモンスター狩りして、店で買った方が効率はいいけどな。」
「そう言うなって。レベルも上がったんだしさ。」
ただ薬草は村や町の雑貨屋で安く買えてしまう。普通にプレイしている人は手を出さない方法であり、しているのは最初に村人を選んでしまった俺ぐらいだろう。真面にプレイできなかった鬱憤を晴らすかのように、卑屈に愚痴ってる俺を慰める様に声を掛けてくる友人。こいつ良い奴だなと思いながら、手に入れた薬草を多めに渡す。その友人が言うようにいつの間にか俺のレベルも7まで上がっていた。