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7.そうだ、お城に行こう

 朝食を済ませ、キッチンで後片付けをしている時でした。

 お皿についた泡を洗い流していた白ウサギが唐突に何かを思い出したようです。


「そうだ、アリス」



「なに?」


 返事をしつつも、アリスは手を止めません。綺麗になった食器をタオルで拭いて水気を取っていきます。


「お城に行くけど、一緒に行く?」


「行く」


「即答だねぇ」


 全ての食器を洗い終わった白ウサギは濡れた手を拭きながら苦笑しました。


 家事全般をこなしている白ウサギですが、専業主夫というわけではありません。ハートの女王のお城でお仕事もしています。

 そこへ、たまにアリスを連れて行くことがありました。

 理由は至極簡単。ハートの女王が彼女を気に入っているためです。


「女王に会いたいから」


 せっせと食器を拭いているアリスは淡々と言いますが、僅かに緩んでいる表情から彼女もハートの女王に合う事を楽しみにしているのは丸わかりです。

 アリスと一緒に食器を拭き始めた白ウサギは、少々意地悪を言いました。


「女王だけ?王が泣いちゃうよ?」


 しかし、アリスはちらりと彼を見て馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにため息を吐きます。


「どちらもクオーリでしょ」


「そうなんだけどねー」


 彼女だけが口にすることを許された名を聞いて、白ウサギは何とも言えない顔をしました。

 アリスの指摘はその通りで、城で一番偉いお方は女王と王を兼任しています。


 帽子屋のように性別を偽るのではなく、女にも男にもなれるのがハートの女王兼王の特別な能力。将来、伴侶をとる際に性別を確定するのですが、まだ恋人すらいないクオーリは性別が定まっていません。


「うーん……」


「?」


 唸ってからそのまま黙り込んだ白ウサギを不思議に思い、アリスは首を傾げました。

 それに気が付くも、教えるつもりがない白ウサギは笑って誤魔化します。


「まぁ、さっさと片付けて行こうか」


「うん」


 アリスも敢えて深く聞かずに頷きました。


 拭き終った食器を戸棚にしまった後は、軽く身支度をします。と言っても幼女なアリスは特別な支度は無く、せいぜい髪を解かすだけで大した時間はかかりません。

 いつもの首元を緩めたシャツとズボン姿から正装に着替えた白ウサギと手を繋ぎ、共にお城に向かいました。


「どうやって通ればいいんだっけ?」


 迷いの森の前でそんなことを言い出す白ウサギに呆れつつも、覚えている道順通りにアリスは自分よりも大きな手を引っ張って連れていきます。

 途中で後ろを振り向くと嬉しそうな顔していたので、蹴りたくなりましたが、今はお城に着く方が先です。


 何本目かの分かれ道を曲がると、少し開けた場所にドアが付いた木が一本だけ立っていました。

 首から下げている金色の鍵を使ってドアを開けると、広大な庭に出ます。


 迷路のように造られた薔薇の生垣がある庭を通ると、目の前には目的地である大きなお城。

 アリスが顔を真上に向けても、首が痛くなるだけで天辺までは見えません。横にも広く、自分の住んでいる家の何倍の大きさなのだろうか、とここに来る度に思います。


「なにやってるの、アリス」


 上を向いて痛くなった首をアリスがさすっていると、白ウサギが笑いを含んだ声で言いました。


 少し恥ずかしくなったアリスは「べつに」とそっぽを向きます。

 お城が大きいことも、自分がこんな奇行を行えば笑われることもわかっていますが、癖でやってしまうのです。


「笑いたければ笑えばいい」


「いやいや、笑ったりなんかしな……い゛っ!」


 明らかに笑いを堪えていますといった表情にムカついたアリスは、勢いを付けて白ウサギの足を蹴ってやりました。先日、意図せず三月ウサギに見舞ってしまった蹴りを、今回は確信犯で。


「暴力反対!酷いよ」


 小さな足では大して痛くない……なんてことはありません。

 崩れ落ちる程ではありませんが、たとえ幼い子が相手でも蹴られればかなり痛いのです。膝よりも下、足首よりも上の部位ならなおさらでしょう。


 しかし白ウサギの苦情も何のその。


「早く行かなければ遅れる」


 さらりと無視したアリスはそう言うと、繋いでいた手をぱっと離して一人でお城の中へと歩いて行きました。その後ろを白ウサギは慌てて追いかけます。


 その様子を、お城に勤めるトランプ兵やメイド達は「平和だなー」と思いながら見守るのでした。





 コンコンコンコン、と静かな廊下で鳴り響くノックの音。


「入れ」


 中から返ってきた声に、白ウサギは「失礼します」と言ってからドアを開けました。


 室内ではアリスよりも少し年上に見える女の子が一人、ソファーに座っています。

 緩くウェーヴを描いた長い黒髪の上にはその人が誰なのかすぐ分かるような王冠が乗っていました。


「白ウサギか……」


 手に持っている書類を読んでいた少女は、ちらりとドアの方に視線をやるとがっかりしたように言います。

 しかし、そのすぐ後ろから顔を覗かせた幼女を見て目を輝かせました。


「アリス!?久しぶりじゃ」


「久しぶり」


 駆け寄ってくる小さな女王様に、アリスは部屋に敷き詰められた絨毯で転ばないように気を付けながら速足で進みます。

 その後ろから、不服そうな顔をした白ウサギが後ろからゆっくり歩いてきます。


「俺の顔を見てがっかりするのは酷くありませんか?」


「別に、お前の顔なんぞ見たくもないわ」


 ばっさりと切り捨てた女王は、腕に抱き締めたアリスと目を合わせて優しい声で問いかけました。


「アリス、何をして遊ぶ?美味しいお菓子もあるぞ?」


「お菓子……」


「はいはい、ストップ」


 甘い誘惑に釣られそうになったアリスを引き留めたのは、パンパンと手を鳴らした白ウサギ。

 前もって女王達の予定を聞いていたアリスは少々バツの悪い顔をしました。

 そんな彼女を見て和みつつ、白ウサギは格式ばった口調で告げます。


「女王陛下、お勉強のお時間です」


 澄ました顔をする白ウサギが気に食わない女王は眉を顰めした。


「いつも適当な癖に、こんな時ばかり時間に正確になりやがって」


「女王陛下、言葉遣いに気を付けください」


 白ウサギの注意にも耳を貸さず「うるさい」と反抗するのみ。

 そして彼女はアリスから一歩離れると、瞬きをするような一瞬の速さで女王から王の姿へと変わりました。


「こっちが素なんだから仕方がねぇだろ」


 緩くウェーヴを描く髪質はそのままに長さだけが短くなり、格好は女物のドレスから男物のコートとズボンに変わっています。

 しかし、まだ男女の違いがはっきりする年頃でもないため、お顔は殆んど変わっていません。


 長い睫も大きな紅い瞳も、小さく形の良いお鼻も、淡くピンクに色付いた唇も、子供特有の少し丸い頬っぺたも、です。

 わざわざ性別を変えずとも、幼さも相まって可愛らしい顔では、長いヴィックとドレスを着用させただけで美少女に見えることでしょう。


「……アリス、変な事を考えなかったか」


 ぶるっと震えて不審そうに見てくる王相手に、アリスは目を逸らしました。

 さすがの彼女も、この姿でも十分可愛いとは言えません。

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