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5.花畑のその先で

 道順を一つでも間違えたら、目的の場所に着けない迷いの森。

 その森をバスケットを持って歩く一人の幼女がいました。


 真っ直ぐ歩いて一本目の分れ道を左へ、次の道も左へ、また左へ、次は右へ、左へ、右へ……いくつもある分かれ道を教えてもらった通りに進みます。

 その後も何度か曲がり、最後に真っ直ぐ進むと突然風景が変わりました。


 白、赤、桃色、橙、黄色、紫と、色とりどりの花が咲き乱れる花畑です。


「あら、アリス」


 名前を呼ぶ声が聞こえた方へ顔を向けてみますが、そこに人はいません。あるのは凜と咲く花だけです。

 しかし、アリスは「こんにちは」と挨拶をしました。


「久しぶり」


「久しぶりね、お元気だった?」


 どこからともなく聞こえる返事。

 アリスは一番近くにある橙色の花の前でしゃがみ込むと、その花弁に触れます。


「元気。ジッリオは?」


「この通りよ」


 花弁を撫でられた花は、人が胸を張るように自らの茎を僅かに逸らせます。


 そして次の瞬間、ポンッと軽い音が聞こえたかと思うと橙色の花は消えていて、代わりに手のひらサイズの少女が立っていました。


 髪も服も、先程まであった鬼百合と同じ色をした少女はアリスによじ登り始めます。


「本当に久しぶりね。もうこんなに大きくなっちゃって」


 膝の部分で休憩している少女をアリスはそっと手で掬いました。


「あなたはわたしによじ登るのが好きね」


「だって、楽しいわ!それに、こうやってアリスがすぐに高い所まで連れていってくれるもの」


 手の上でピョンピョン跳ねるジッリオ。

 アリスが苦笑しつつも、彼女を肩に乗せようとした時でした。


「あー、ずるい!リオずるい!」


 またどこからか声が聞こえてきてアリスが近くを見回します。

 今度は真ん中が黄色、周りの花弁が桃色の花が小人の姿になって駆け寄ってきました。


「こんにちは、プラトリーナ」


「こんにちは、アリス」


 笑顔で挨拶をしたプラトリーナ……リーナは、すぐにムッとした顔でアリスの手の上にいるジッリオを睨みあげます。


「ずるい!リーナだって、アリスと遊びたい!抱っこされたい!」


「……これは抱っこというの?」


 手にジッリオを乗せたままのアリスは素朴な疑問を口にしますが、少女たちは無視して言い合います。


「ふふん、いいでしょう。悔しかったら、登って来なさいよ」


「あなたたちの遊具じゃないのだけど」


 得意げに下を見下ろすジッリオ。

 アリスが呆れ気味に口を挟みますが、やはり二人とも取り合ってはくれません。


 ジッリオよりもさらに小さいリーナにはアリスによじ登れるほどの力がないため、彼女はキッと睨むと指を差して叫びました。


「リオのばかぁぁぁ!」


 そのまま「わーん」と大泣きするリーナにアリスは「子供か」と思わず突っ込みます。リーナは見た目からして幼いのですが、実年齢もそうだとは限りません。

 そこへ、もう二人ほど小さな少女たちがやってきました。


「指を差すとははしたない」


「ジッリオさんも、意地悪言わないであげてくださいな」


 ツンとした顔の少女は赤、苦笑気味な少女は紫色の髪をしています。


 手に乗せていたジッリオを地面へ下ろすと、彼女はリーナの元へ行き「ごめんなさい」とそっぽを向いて言いました。

 涙を止めたリーナはぐすぐすと鼻を鳴らしながら謝ります。


「リーナも指さしてごめんなさい。ばかって言ってごめんなさい」


 よしよし、と撫でるとくすぐったそうにしながらも二人は笑顔になりました。

 その様子に安心したアリスの元に、赤と紫の少女が寄って来てきます。


「久しぶりだな」


「お久しぶりですわ、アリス」


 それぞれスカートのつまんで軽くお辞儀をしました。

 アリスもそれに習い、両手でスカートの裾をつまむと、右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたまま挨拶をします。


「久しぶり、ローザ、ヴィオラ」


「まぁ、お辞儀が上手になりましたね」


 にこにこと笑って褒めるのは紫の少女ヴィオラ。

 赤の少女ローザは顔を上げてアリスを見ると、指を揃えた手のひらを道の奥の方に向けました。


「ここは任せて。探しモノはこの奥」


 手を向けた先に見えるのは一本だけ植えてある大きな木。


 アリスはお言葉に甘えて、軽く頭を下げてからそちらへ歩いて行きます。時折、花たちと挨拶を交わしながら中央にある木まで進みました。


 木の根元に着くと、探していた人物を発見します。


「チェシャ」


 その声に気が付いたらしい少年は、高い所にある木の枝に座ったままアリスを見下ろしました。


「アリス?また泣かされに来たの?」


 不思議そうな顔をした後に、ニヤニヤと厭らしく笑います。

 この少年こそが、いつもふらふらとほっつき歩いては行方不明になっているチェシャ猫です。


「泣かされた記憶はないのだけど……」


「なかなか泣いてくれないからねー。泣かせてあげようか?」


「わたしにそんな趣味はない」


 半目で見るアリスに動じた様子もなく、チェシャ猫は笑ったまま枝に寝そべってただ見下ろすばかり。

 ゆっくり揺れている長い尻尾を目で追いながら、アリスは手に持っていたバスケットを持ち上げて言います。


「ごはん、食べよう」


「……」


 チェシャ猫は一瞬目を細めると、すぐにふいっと目を逸らしました。


「白ウサギが作ったヤツでしょ。いらない」


 にべもなく断られましたが、ここで引き下がるようなアリスではありません。


「わたしが作った」


「え、アリスが?」


 すぐに返ってきた声は明らかに動揺していて、向けられた瞳は何度も瞬きをしています。

 まさか、そこまで驚かれるとは思っていなかったアリスは逆に面食らいました。


「そんなに意外?」


「食べられるの?それ」


 訝しむように見られ、アリスは目を泳がせます。


「……一応?」


「疑問形になるような物を人に食べさせようとするなよ」


「ごめんなさい」


 ごもっとも、と思ったアリスはすぐに謝りました。

 自分でも味見をして、食べられない味ではないことはわかっていましたが、特段美味しいとも思わなかったのです。


 しょんぼりと肩を落とすと、チェシャ猫が何かを誤魔化すように咳払いをしました。


「まぁ、いいけど。どうしてまた……」


 ご飯なんて作って持ってきたのか、という質問に、顔を上げたアリスが答えます。


「これからも仲良くしてほしくて」


「仲良くしてたことあったけ?」


「……」


 本当に疑問に思っているような声音に、アリスはつい考え込んでしまいました。


 文句や悪口を言って意地悪しながらも遊んでくれたチェシャ猫。

 だから、仲良くしてもらったと思っていたのですが、今更ながらあれは全て本当に嫌がっていたのだろうかと悩みます。


 嫌われているのかしら……。


 だんだんと顔を俯け、見るからに先程より落ち込んでいる彼女に、チェシャ猫はたじたじになりました。


「あー、ごめん。意地悪し過ぎた」


 冗談のつもりだったのですが、思った以上に気落ちさせてしまったことに、さすがに自分が悪かったと認めて謝ります。


 そんな彼を上目づかいで見上げ、アリスは恐る恐る訊ねました。


「食べて、くれる?」


「……わかったよ。食べる」


 はぁ、と一つため息を落とした彼は、木から飛び降りて地べたに座ります。


 むすっとした顔でそっぽを向いているチェシャ猫ですが、耳はしっかり自分の方に向いていることに気が付いたアリスはこっそり微笑みました。


 やはり、こうやって相手してもらえるのは嬉しいのです。

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