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4.お残しはいけません

「確かにおやつは魅力的だけど、遠い……」


 リビングを出て地下へと続く階段を降りている途中で、アリスはため息を吐きました。


 三月ウサギ用に作られた研究室は周囲に被害を及ぼさないように地下にあります。

 薬品の調合を失敗して家の一部を破壊する爆発事件を起したことにより、研究は丈夫な地下室でと白ウサギが決めました。


 倉庫の一部を改造したその場所は、長い階段を降りて更に奥へ進んだ所にあります。

 やっと着いた部屋のドアを、アリスはノックしました。


「みつきー、ごはんー」


 しかし、ドアが開かなければ返事の一つもありません。


「ご飯持ってきたから、あけて―」


 もう一度叫んでみますが、相変わらず反応がありませんでした。

 一応、ドアノブを回してみましたが鍵がかかっていて、ガチャガチャと音が鳴るばかり。


 業を煮やしたアリスは、強硬手段を取ります。


「開けてって……言っているでしょ!」


 目の前を塞ぐドアを蹴り破ろうとした丁度その時、キィィ……と軋んだ音を立ててドアが開きました。


「あ……」


「え……」


 勢いのついた足。

 部屋から出てくる人物を確認した時には既に遅く……


 ゴツッ


 良い音を立てて、相手の脛を蹴り上げました。


 お蔭で部屋からやっと出てきた三月ウサギは、転んだ姿のまま脚を抱えて悶える羽目になったのです。


「わぁー!三月!」


 慌ててアリスは駆け寄りましたが、下手に動かすことも出来ず様子を見守ることしかできません。


 なんとか立ち上がれるようになった三月ウサギと共に部屋へ入ったアリスは、促されるままイスに座りました。


「蹴るつもりはなかったの。ドアは蹴破るつもりだったけど」


「それはそれで、どうかな?」


 目を泳がせつつも悪びれなく言うアリスに、三月ウサギは淡々とした口調で訊ねます。

 それに口を尖らせて答えました。


「だって、開かないから」


「……ドアを蹴破ろうとするのはどうかな?」


「ごめんなさいって言っているでしょ!」


 追求をやめない三月ウサギに我慢できなくなったアリスが声を荒げますが、彼はため息を一つ吐いただけで冷静な態度を崩しません。


「きちんと謝ってもらっていないよ。弁解ばかり」


 ただ、一杯一杯になって熱くなっていたアリスの頭を冷ますには十分でした。

 今までの言動を思い出し、自分が一言も謝罪の言葉を口にしていないことに気が付いたアリスはしょんぼりと肩を落とします。


「……ごめんなさい」


 心からの謝罪に、三月ウサギはやっと僅かに微笑みました。


「良く出来ました」


 頭をぽんぽんと撫でてから、俯いてしまったアリスを下から覗き込みます。

 そして申し訳なさそうに言うのです。


「僕もすぐに気付いてあげられなくてごめんね?ご飯持って来てくれて、ありがとう」


 先程と打って変わった優しい声音に安心したアリスは顔を上げました。

 くるくるっとした髪が瞳を隠しているため、顔から気持ちを読むことは難しいですが、その声や雰囲気からもう怒っていないことを知ります。


「どういたしまして」


 そう返事をした彼女の頭をもう一度だけ撫でた三月ウサギは「いただきます」と言って、食事を始めました。

 食べ終えた後の食器も運ばなくてはいけないアリスは、彼が食事をしている最中きょろきょろと部屋の中を見回します。


「今度は何を作っているの?」


 離れた所にある机には、球体や三角錐の上に筒状の口が付いたフラスコ、体積を測る細長い筒のような容器などが置いてあり、中には鮮やかな色の液体が入っていました。


 サラダを食べていた三月ウサギは、口の中の物を飲み込んでから質問に答えます。


「大きくなる薬」


「大きく?」


「そう。白ウサギがいつも、好き嫌いするから大きくならないんだ!ってうるさいから」


 意外な言葉に、アリスは首を傾げました。


「三月の嫌いな食べ物ってなに?」


「これ」


 そう言ってフォークに刺したのはオレンジ色の野菜、ニンジンでした。

 しかし、すぐに口に含むともぐもぐと咀嚼します。

 普通に食べている姿に、本当に嫌いなのだろうかと不思議に思いました。


「嫌いなのに、食べるのね」


「食べられないわけではないからね」


「どうして嫌いなの?」


 ピタッと動きを止めた三月ウサギはフォークを一度置くと、代わりにティーカップを持って一口啜ります。


「白ウサギが昔大量に買ってきて、毎日ニンジンだけだった頃があってさ」


 当初、料理下手だった白ウサギ。何故かニンジンを大量に持ち帰ってきた彼は、様々なニンジン料理を作りました。

 サラダを始め、炒め物、煮物、漬物などなど。思いつく限り色々な調理法を試していました。


 しかし、必ず成功するとは限りません。焼いて半ば炭になったもの、原型を留めていないもの、そもそも味付けを間違えたものなど沢山失敗をしてくれました。


「それがトラウマになって嫌いになった」


 遠い目をして語る三月ウサギの姿にアリスは同情し、突っ込みます。


「原因が叱る本人……」


「まぁね。けど、ご飯作ってくれるの白ウサギだけだから。僕も作れないし」


 呆れた顔をするアリスに同意するものの、そう言って三月ウサギは苦笑しました。


 確かに思い返しても、白ウサギ以外でキッチンに立っている人をアリスが見た記憶はありません。帽子屋がたまに紅茶を淹れるためのお湯を沸かすくらいでしょうか。

 家事は全て白ウサギが取り仕切っています。


「だから、残さず食べるようにはしているよ、一応」


 再び食事を始めた三月ウサギは、嫌いというニンジンも避けずにきちんと口に入れてもぐもぐと動かしています。


「馬鹿にされるのは悔しいから、薬は作るけどね」


 そう言って、食事を済ませた後は「ごちそうさまでした」と食べ物に携わった人々に感謝を述べて、研究に戻りました。


 食器の乗ったトレーを持ったアリスは、もう少し白ウサギのお手伝いしよう、と帰りの階段を上りながら思うのでした。

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