九話
獣が下卑た笑いを浮かべながら私に向かって来る。逃げようと思っても足の腱を鉤爪で切られて動くことが出来ない。抵抗しようとも武器は戦闘中に全て壊われてしまった。
「く、来るなッ!!」
せめてもの抵抗に、大声をだし獣を威嚇するがまったく効果はない。
獣は動けない私を嘲る様に服に爪をかけ引き裂いた。
柔肌が露わになる。獣は私の柔らかな腹に手を掛ける。
私は抵抗と哀願の意を籠めてその手を握り引き離そうと力を込める。
だが、獣はそんな哀れな抵抗に一切の意を介さず私の腹を引き裂いた。
内臓が漏れ、出血がとまらない。
「くぅッ………………!!」
あまりの苦痛に言葉が漏れる。
獣はがっつきながら私の腹に顔を突っ込んでいる。生きながら肝を喰われ、激痛が走る。もうたすからない、いたいいたいいたいたすけてたすけてたすけてか……み…………さ…………………………………………
テントの中で跳ね起きて、頭をぶつけた。
夢か、と呟いて自分の気持ちを取り繕ってみるが、どう考えても取り繕えていなかった。
あの獣に一撃を食らわされたあと、テントを立てていつの間にか気を失っていたようだ。
しかしあの獣はどんな生き物なのだ、足を貫かれても頭を貫かれても、ましてや首を跳ねられても生きている生物など居るのだろうか。
……もしかしたら、と思い荷物から魔導書の一つを取り出し開く。
この魔導書は「ヴィオニッチ魔法生物図鑑」という魔導書である。
中身は魔力をもつ生物が載っている、魔導書というより挿絵付きの分かり易い生物図鑑である。
不死の生物の項を開き目を見開き挿絵で探す。
……見つけた。
どうやらあの獣はムーン・ビーストという名前らしい。
ムーン・ビーストは肉食の極めて狂暴な生物で、夜に月の魔力を吸収して不死身の肉体を手に入れている。そのため雲の難い高原に住んでいる。魔法は肉体の強化・回復に当てているため魔法は使えず、弱点は攻撃魔法全般である。
と、書かれている。
しかし、魔法が弱点と言われても私は魔法を使えない。だが、相手の不死身の秘密を知った以上、この前の失態はとらない。むしろ次こそは勝つ!!
意気込みとともに跳ね上がり、またテントに頭をぶつけた。
神の加護か私が丈夫だからなのか分からないが、驚くべき事に傷は塞がって腫れもしていなかった。ただ大事を取ってもう一日様子を見る事にし、ムーン・ビーストの倒し方を考えて過ごした。
ようやくあの因縁の場所にたどり着く。
先方もどうやら待ちかまえていた様で、私が入るなりいきなり飛び出してきた。
襲いかかろうと突き出した両腕を剣で薙ぐ。
両腕は円を描き地面に落ちた。
ムーン・ビーストは、そんなものは意味がないぞと嘲りの表情を見せ、大口を開け
私を噛み砕こうとしている。
私は姿勢を低くし、ムーン・ビーストの下顎から脳天までを槍で貫いて口を無理やり閉めさせた。
ムーン・ビーストはこれには驚き逃げようとするが、追撃の刃で足を取られすっころんでしまった。
さらに私ははムーン・ビーストの首を切り取った。
しかしまだ生きている。体は転がって逃げようとし、首は触手をこちらに向けてくる。
魔法が使えればこんなことしなくて良いのだろうが、まず、手と足を思い切り放り投げる、そして足で抑えている胴体を、さっきとは違う方向へ蹴り飛ばす。どうやら山を下っていったらしい。そして頭は槍を突き刺したまま地面に埋める。これでしばらくは復活出来ないだろう。
晴れやかな気持ちのまま山道を進んでいく。
どんどん標高が高くなるが、道はまだ続いているので間違ってはいないだろう。
途中ムーン・ビーストに出会ったが蹴り飛ばすと山道から転がり落ちてった。
ここは戦闘が楽で良い、空気は薄いが。
此処に来て道が途切れる。一応進むべきだろうと思われる道は二つ有る。片方は底の見えない崖でもう片方は頂上の見えない崖である。
よし、登ろう。
そう思ってゴツゴツとした岩肌に手をかける。命綱無しのロッククライミングの始まりである。
槍を岩肌に突き刺しその上に足や手を掛け登っていく。あんな小さい場所に手が掛けられないと気づき、安全策を取った。槍のスペアはいっぱいあるので気にする必要もない。
ようやく頂上に付いた。
頂上は竹林のようだ。満月が出て竹林を照らし幻想的な世界が広がっている。
ちょっと寒いが竹林をキャンプにしましょうと、竹林に入ると地面が振動し盛り上がり始めた。
慌てて横に飛ぶと、地面から竹が急成長し私の立っていた場所を跳ね上げた。もうその場所には十メートルを越す竹が生えている。
竹ってこんなに成長が早かったけ?
と、とぼけているとまたもや地面が振動し始めた。
どうやら衝撃を感知して急成長をするらしい。
急いで竹林を突っ切る。背後では次々と竹が急成長をとげ地面を空高く跳ね上げる。
このままでは私も跳ね上げられお陀仏である。それだけは勘弁願いたい。
もう一生懸命に何も考えず走っていると出口が見えてきた。
こうなりゃ自棄だ、と出口に向かって頭から飛び込む。
なんと出口は崖で、私は山頂から奈落へ真っ逆さまに落ちていく。
暫くの自由落下の後背中に強い衝撃が加わる。
もしかしてまた真っ二つなのかな、とぼんやり思う。
意識は朦朧としている。
何か黒い生物がこちらへ向かって来る。
黒い生物は私の顔を覗き込んできた。
その黒い生物は顔がない。真っ黒である。
黒い生物は私の顔の前でのっぺらぼうの顔を縦に割き、鋭い牙を露出させた。
私の記憶はここで途切れた。