八話
なるほど狂気山脈と呼ばれる意味が分かってきた。
もう十日は歩いている。夜以外は休まずに進み、進行スピードもかなり早い。にもかかわらず麓に着かない。山は近づく度に大きくなるだけでいっこうにその麓を現さない。つまり、とてつもなく巨大な山々が連なって出来た、かなり遠方に有る山脈なのである。街から見た景色ともらった地図を見ると、街に近い山だと勘違いする人が続出するだろう。だがその道のりは十日経っても近づかない狂気的な遠さの道である。道路も壊れて無くなってしまっている。
畜生。と声に出して毒づくいて、そのまま無言の行進を続けた。
十日も歩くうちここの草原には特に危険な生物がいないことが分かった。
虹色をした人間の顔より大きい蝶や、山羊の角ような身体からから触手が生えた何か、かなり小さい子供のベヒモスなどが生息しているが、これらの生物は何もしてこないらしい。特に山羊角触手と私が勝手に呼んでいる生物は、私が近づくと脱兎の如く逃げていってしまう。見た目は岩に張り付いてるイソギンチャク似ているがかなり素早く動く。一度背後からバレずに忍び寄り、近づいたところ、こちらに気づいた瞬間、角から生えている触手を蜘蛛のように動かし地平線の彼方まで消えていってしまった。このようにあまり害の有る生物は居ないため進行自体は、問題が無い。むしろあの山脈はどれほど離れていて、どれほど巨大なのか見当も付かない。とにかく明日は着けますようにと、バテスト様にお祈りをして今日はもう眠ろうと思った。
結局大した事件もなく麓に辿り着いたが、もう街を出てから15日は経っていた。
麓の村もしくは街は、例の如く壊滅していた。もし不自然に瓦礫が積み重なっていなかったら、人が暮らしていたとは思わなかったかもしれない。
それにしてもこの山である。
雲を突き抜け、天にそびえ立つこの山は木が一本も生えていなく、代わりに苔のような植物が生え岩肌を覆っている。それのせいで全体の景観は緑という印象を受ける。
しかし山脈というのだから、見上げるのに首が痛くなるほど高い山が連なっているかと思い少し不安になる。だが世話になった神や一族のためにこの山脈を攻略せねばならぬ。とりあえず今日は明日の登山に備え早めに眠る事にした。
早朝、シャンタク鳥の汚い鳴き声にたたき起こされ、爽やかとは言えない目覚めを享受しなければならなかった。
早速テントから出て、朝の不快な目覚めを強制させられた、瓦礫にとまっている原因を弓矢で射殺し朝食とする事にした。
シャンタク鳥は馬の頭部と蛇の鱗を持つ鳥であり、食用だが肉の味はあまりよくない。食感も焼くとゴム、煮るとプラスチックの様な感じである。そのため殆どの場合刺身にされる。私もこのアホ鳥を刺身にしてあまり上等ではない朝食を終えた。
不味い朝食の後は、山の寒さに耐えるためワンピースの上から巫女服を着て、さらに毛皮をはおった。靴は木の靴だが、これしかないので仕方有るまい。
いよいよ登山開始である。登山道は一応あるらしいが、おそらく野放図だろう。だがそれ以外の道が無いのだから仕方ない。ほかの道を探すより、形は保っている登山道を通ろう。そう決めて進み始めた。
奇跡的に山道が無くならず存在している。森や草原ならともかくここは山脈である。もし道が存在せねば私はシャンタク鳥の朝食になっていただろう。
地図ではこの山道を歩いていけば海まで出られると書いてある。その後、海を渡り都市を二、三個抜ければアーカムである。
だが今の問題はこの山道、どれほど長いのかである。知っての通りこの山脈はかなり巨大である。地図の山道では山を三領越える事になっている。
とりあえず進もう。必ず辿り着ける。
山道の中を進みながらそう思った。
しばらく進んでいると開けた場所に出た。どうやら崖と崖の谷間らしい。
突然、巨大な獣が崖から降ってきて襲いかかってきた。
その獣は皮膚は白で毛が生えていなく細長く鉤爪がある腕と折れそうな足、手足に不釣り合いなでっぷりとした肥えている身体。そして顔は鰐のようで目が有るべきところにはびっしりと触手が生えて蠢いていた。
この見る者に名状し難き恐怖を与える、飛びかかってきた獣の腹を槍を取り出し突き刺し、さらにその槍が根本まで突き刺さるように蹴り飛ばす。
獣は崖に派手な音を立てぶつかるが、平気らしく槍が刺さっているにもかかわらず、もう一度突進してきた。
獣は私に向かって鉤爪を振り下ろした。
私はその風切り音がなる爪を横に避けて回避し、弓矢を構え、射る。
弓矢は右足に命中したが、獣は意に介さずまたもや私に近づいてくる。
もう一発、次は左足に当てたが全く効いていないように見える。
さらにもう一発、今度は頭である、だが後ろに少し後退しただけでまた走り出してきた。
獣の一撃を命からがら転がり回避し弓を剣に持ち換える。
そうして獣に走って近づき腹に回し蹴りをいれる。
獣は倒れ、起きあがろうとしている。
私はその隙に獣の首をはねた。最早生きれまい。
だが獣はまだ死なない。勝利したと思って背を向けた私に、鉤爪の一撃を食らわし、毛皮や服を破き、肉を削いだ。
痛みで声にならない声が漏れる。
痛みをこらえ体制を立て直すも、獣は自分の首を抱えて逃げていってしまった。
戦闘は終了したらしい。
背中の傷はあまり深くない。急いで服を脱ぎ、手持ちの薬草と酒を練り合わせて傷口に塗る。包帯を巻き止血も完了した。獣の爪は雑菌だらけである。消毒したとはいえ、しばらく熱が出て動けなくなるだろう。下手すれば化膿して死ぬかもしれない。だが安静にするにはここはさっきの獣が来て危険かもしれない。道をすこし下り、そこをしばらくベースキャンプとする事にした。
テントで熱を帯び始めた傷口から包帯を換えながら、あの獣は何なのか、何が弱点なのかと考えるが纏まらない。
だがこの山を抜ける以上アイツとは戦わなければならない。
朦朧とする意識の中それだけはハッキリと考えていた。