お祭り
ずうっとずっと昔のお話です。
東の国の山おくのそのまたおくに、小さな村がありました。
さくらの花にうもれる春がきて,畑しごとにせいをだす夏がすぎ,山が赤黄色に
そまる秋になると、いつもは静かな村が、にわかににぎやかになります。酒にうかれた
男しゅうのいわい歌、女しゅうの楽しげなおしゃべりが、あちらの家こちらの家から
聞こえてきます。村の真ん中の鎮守の森からは、心はずむふえやたいこの音も。
テンツクテンテン、テンツクテン
ドンドコドンドン、ドンドコドン
ピーヒャラピーヒャラ、ピーヒャララ
今日は年に一度の豊年祭り。行く年のめぐみをかんしゃして、来る年の豊作をきがんする、
大事な村のお祭りです。村人はこの日を楽しみに,一年あせ水たらしてはたらくのです。
この日ばかりは日ごろのくろうも忘れ、大人も子どもも男も女も,わずかばかりの酒とさかなを
持ちよって、一ちょうらの晴れ着きて、歌っておどって大わらい。お祭りの音は,あっちの山から
こっちの山おく深くまで、とぎれることなくひびき渡るのです。
うさぎの親子が,切りかぶにちょこんとすわり、長い耳をピンと立て,木々の間を渡ってくる
音を聞いています。
「お父さん,あれは何の音」
「人間どもが,お祭りをしているんだよ」
「何だか楽しそう。私もやりたいなあ」
お山のてっぺんの広っぱで、きつねの兄弟が手と手をつなぎ,ピョンピョンはねておどっています。
「兄ちゃん,あれは何の音」
「人間が,お祭りをやっているのさ」
「何だか楽しくなっちゃうね。ぼくもやりたいなあ」
大きなくぬぎの木の枝で,リスのふうふがなかよくからだをよせあって、うっとりしながら
耳をかたむけています。
「あなた、楽しそうね」
「人間たちの,年に一度のお祭りだからね」
「私たちもやりたいわ」
あなから顔を出したたぬきの子が,丸い目玉をクリクリさせて、お母さんを呼びにいきました。
「お母さん,あれは何の音」
「人間のお祭りって言うんだよ」
「楽しそうだね。ぼくもやりたいなあ」
ふもとの村から聞こえてくるお祭りの音に聞き入る山の動物たちを、夜空のお月さまが
にっこり笑って見ていました。
東の国の山おくの、そのまたおくの小さな村で,人間のお祭りがあった次の日のばん。
村はねしずまり、きのうのにぎわいがうそのようにひっそりとしています。夜空には,
夕べと同じお月さまが,こうこうと光をはなち,こぼれるほどの赤や黄色の星たちも、
キラキラとかがやいています。
おや、あっちのお山の方から,小さいけれど何やら音が聞こえてきます。おや、こっちお山からも。
ポンポコポンポコ、ポンポコポン
まるで、たぬきがおなかをたたいているような。
カリカリコリコリ、カリカリコリ
だれかが木をみきをかじっているのでしょうか。
コンコンコーン、コンココーン
夜空にかんだかくひびくすき通った声。
村はずれの家のあかりがとんぼりともり、子どもがおしっこをしようとおき出しました。
ねむい目をこすりこすり、かわやでようを足していると,
ポンポコポンポコ、ポンポコポン
カリカリコリコリ、カリカリコリ
コンコンコーン、コンココーン
「あれ,何か聞こえるぞ。ゆめでも見ているのかな」
ほっぺをつねってもう一度,じっと聞き耳を立てました。
ポンポコポンポコ。ポンポコポン
カリカリコリコリ、カリカリコリ
コンコンコーン、コンココーン
やっぱりゆめではありません。美しい夜空を渡って,たしかに音は聞こえてきます。
「母ちゃあん」
子どもはおしっこも半分に,ねているお母さんをゆすります。
「ねえねえ、おきてよ。あれは何の音」
すぐに目をさましたお母さんは,子どもの頭をやさしくなでて
「あれは山の動物たちが,人間のまねをしてお祭りをやっているんだよ」
と言いました。
「おいらたちがやったみたいにかい」
「そうだよ。あいつらは、人間のことをよく見ているのさ。そして何でもまねをしたがるのさ」
「楽しそうだねえ」
わらぶとんにくるまり、あたたかい胸にしがみついてねむる子どもの耳に,山のお祭りは,
子守唄のようにいつまでも聞こえていました。
そんな東の国の山おくの、そのまたおくの小さな村のできごとを,まん丸お月さまが
うれしそうに見ていましたとさ。