ゾフィーは五日で死んだ
王妃は、なぜ騎士と逃げるのでしょう。
贅沢も、権力も、社交界も知り尽くした女が。
若く美しいだけの男ひとりのために、すべてを捨てるのでしょうか。
そんな疑問から書いた短編です。
史実を元にしていますが、内容はフィクションです。
王妃断罪
『エリーゼ! 今日、この時をもって貴様との婚姻を破棄し、我が名において断罪を行う!』
『我が王よ、なにとぞ思料して頂きたく!』
大量の悪役令嬢、聖女たちは消化不良を起こし、今は王妃の断罪モノが好みだ。
煌びやかな宮殿と不可侵の後宮を支配し、贅を尽くした晩餐や流行を生み出すお茶会など、夢のような権力と絶大な資金を持つ究極の遊び人、王妃。
主役には遠く、王の添え物。お飾り感が半端ない。
その実は王の代理人、世継ぎ人の母となる偉人。
『王妃殿下、我が王はご乱心です。どうかお逃げください! 我が息子ジークフリードが貴女様をどこまでもお守りします』
私が読みふけるこの物語は面倒くさい女を体現している。
若い美男子騎士を連れ、逃走は困難を極め、数々の試練が彼女たちを襲う。
しかし、彼の化け物級の活躍で逃げ切るのだ。
やがて愛が二人を結び、辺境で幸せに暮らすが彼は毒キノコを食べ死んでしまう。(中略)やがて彼女は立ち上がり、出生を隠し隣国の女王となる物語。
「阿保くさ」
私はこの手の話が大好きなのは文句をつけるのが楽しいからだ。
毒キノコの殺傷能力はよく分からないが、それはそれでおもしろいので辛うじて許容範囲。
だけど究極の遊び人、贅を知り尽くした女が、金がなく若いだけが取り柄の男になびくだろうか?
辺境に住んで満足するだろうか。
そんなことはありえない。
だから立ち上がって隣国を篭絡し女王まで成り上り社交界に舞い戻ったのだ。
若い騎士との生活は耐えがたく、本当は苦で仕方なかったのだろう。
小鳥と戯れる描写は完全に現実逃避だ。
魔獣の群れを彼の武勇で避けたが、呼び込んで彼に嗾けたのは彼女に違いない。
百歩譲って老後も考えると、若い男はアリかも知れないが金があればそもそも譲る必要がないのだ。
女は権力とお金が好きなんじゃない。その二つを持った男が好きなのだ。
「ふっ、バカな男」
こうしていつも尖った理屈と、誰にも言えない名言を心にしまい悦に浸る。
ベッドで寝返りを何度もうち、与えてもらった邸宅と豪奢な部屋に私は満足していた。
ここは静かな片田舎で、心の穴が開いた状態で人前に出ることもない。
最高のお飾り人生!
「誰か~」
呼び鈴を鳴らす。
喉も乾いたし小腹も空いた。
メイドが来る前に大切な本に栞を挟み、可愛らしい王妃と黒髪の騎士が表紙の本を、私の中に収納した。
「おかしいわね」
人の気配がないのと、私の使用人たちが誰も顔を出さない不気味さは怒りに勝った。
堕落のベッドから降りるとファーの着いた室内履きを履き、トコトコと厳重な扉を開けた。
いや、開かなかった。
「え?」
押しても引いてもだめ。外鍵がかかっているのかビクともしない。
「ちょ、ちょっと誰か! ここを開けなさい!」
扉を叩きながら罵った。
「開けなさいよ! 私はここにいるのよ! ゾフィーよ! だれか!」
爪が割れた。ドアの引手に引っ掛かり割れてしまった。
「くそっ! 一体なんなのよ! あいつ等絶対に許さないわ!」
部屋に閉じ込めるなんて悪趣味もいいところ。
クビにするだけじゃ気が済まない!
それにしてもお腹が空いた。
「水は……水差しがあったわね」
この部屋は窓を付けなかったせいで外の様子は分からない。
唯一天窓から洩れる明かりが外との小さな繋がりだった。
半日は経過した。
ドアの側にわざとらしく座る。
いつでも使用人や夫が飛び込んできてもいいように優雅なポーズを決めたり、なんともないフリで居眠りの真似事もした。
誰も来ない。
来ない。一日が過ぎた。
「ううっ……」
部屋の隅に小水をしてしまった。
この私が、部屋の中で用を足した。
「ふざけるな! バカども!」
ベッドからシーツを引きちぎり、裂き、綿を出す。
気が収まったのは空腹で動きたくなかったからだ。
喉が渇いた。
寝てもお腹が空いて目が覚める。
私の愛読書たちと目が合う。
そのページを破り口に含む。
ネグリジェとカルソン、ドロワーズは脱いでしまった。
お尻を拭くのに使ってしまったから。
体が痒い。
水はもうない。
涙が出なくなった。
これが悪戯なら、許すので開けて欲しい。
もしわざとでないなら、泣かないから開けて欲しい。
「彼が失踪? 嘘、あなたが殺したのよ。知っているんだから」
本に逃げたのはあの人を殺されたから?
私が逃げたのは夫。彼こそ狂気だ。
見えない太陽が眩しい。
カサカサに乾いた黒い血は私の指先からドアまで続いている。
粘着質の唾液すら出ない。
「私はあなたを愛していない……でも、あなたも私を見ていなかったじゃない」
独りごちる。
黒髪のジークフリードが私を見て哂う。
「あなたには権力とお金がある。私には何もない」
私は夫の元を離れてから僅か5日でこの世を去った。
ジョージ1世の妻、ゾフィー・ドロテア・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクは32年間アールデン城に幽閉された、とされているが真相は分からない。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
ゾフィー・ドロテア・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクは、実在した人物です。
ジョージ一世との不和、愛人との関係、幽閉。
記録は残っていますが、彼女が本当に何を思っていたのかは分かりません。
この話では、恋愛物語を冷めた目で見ていた王妃が、最後には誰よりも空っぽだった、という形にしてみました。
きっと彼女は愛を信じていなかった。
けれど、愛されないことには傷ついていたのだと思います。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。




