ポンコツヤンデレ君の日記
_____今日も素敵だな。
放課後の帰り道。一人家路につく氷室凛を電柱の影から覗き見る。不審者丸出しの行動をしているのは、彼女と同じクラスの白坂透。彼は凛に歪んだ恋心を抱いていた。
透はいつもドジばかりで肝心な所でミスをしてしまう。
例えば、テストの解答欄がズレていて赤点だったり、備品を運んでいる最中足を滑らせて壊してしまったり。
幼い頃からこの調子で、大抵の人間はそんな透を見て呆れて離れていくか、はたまた馬鹿にして嘲笑うかのどちらかだ。
小学校からの友人でさえ、透のポンコツに呆れ顔を隠さない。まぁ、彼の場合は呆れつつも助けてくれるのだからまだ優しい方なのだが。
____けれど、凛はそれよりも優しい。
透がどれだけポンコツをやらかしても、呆れるでも嘲笑うでもなく、心配そうに手を差し伸べてくれる。そして怪我を有無を確認してくれたり、一緒に後始末をしてくれたり…。
助けてくれたお礼を言えば「気にしないで」と女神の様に微笑んでくれる。透が彼女に惚れてしまうのも無理はない。
しかし透は自分が彼女に到底釣り合わない人間だと理解していた。そして一生かかっても彼女に釣り合う様な人間になれる事はない、と悲観していた。
それでも凛への想いは肥大していくばかりで。いつしかソレは歪んだ形へと変わってしまった。
彼女をもっと知りたくって、彼女の姿を一分一秒でも多く目に焼き付けたくって、ストーカー行為までしている。
今日も透は学校帰りの凛をストーカーして悦に浸る。
綺麗、歩き方まで美しい、彼女が歩く道だけレッドカーペットみたい、素敵、好き、好き、大好き……。
透は瞬きもせず凛を見つめている。彼女の姿を網膜に焼き付けようと必死である。
凛の姿に夢中になっていた透だが、ふと手の甲に違和感を覚える。電柱に置いていた手を見る。
____でっかい蜘蛛が透の手の甲を這っていた。
「ぎゃああああ!?」
思わず声を上げてしまう。ブンブンと蜘蛛を振り払う様に手を振る。
「___白坂くん?」
「っ!?」
大声を出したせいで凛に見つかってしまった。透は慌てて誤魔化そうとするが、上手い言い訳が出てこず、「あの」「いや」などと吐き出す。
そんな彼を見て、凛がくすりと笑った。
「白坂くんも今帰りなの?駅まで一緒に帰らない?」
「え!?」
憧れの人からの下校のお誘いに、透は驚き、慌てる。そんな彼を見て凛が眉を下げる。
「あ、嫌だったら……」
「嫌だなんてそんな事!!」
思わず大きな声で否定をしてしまう。凛はパチパチと瞬きを繰り返した後、「なら良かった」と微笑んだ。
「それじゃあ、行こっか」
凛に促され、透はおずおずと彼女の隣に並んだ。
そして彼らは他愛のない話をしながら駅までの道をゆっくり歩いた。
今日のお弁当のおかずがなんだった、とか。
コンビニの新作スイーツが美味しかった、だとか。
今日の数学で出された宿題の話だとか。
残念ながら透は気の利いた返答も出来ず、ただただ「ああ」とか「うん」としか答えられなかったが、凛は気を悪くした様子もなく、楽しそうにお喋りしていた。
「それじゃあまた明日」
「う、うん…また明日」
駅に着いたものの、勿論彼女を引き止める事など透に出来るはずもなく。凛は和かに手を振って、透とは別の改札口に向かって行った。
10分にも満たない、短い時間。しかし透からしてみれば夢のような時間で。
余韻に浸っていた彼は、一人帰る凛をまた尾行する事も忘れ、駅前でポーっと佇んでいた。
・・・・・
「___よし」
自宅の台所。透は腕捲りをして気合いを入れる。
今日は休日。折角なので凛に渡すお菓子を作ろうと思い至った。
急にお菓子を渡すなんて引かれてしまうかもしれないが、幸いな事に明日は調理実習がある。それで作ったカップケーキだと偽って渡せば警戒されないだろう。
なぜ本当に調理実習で作ったものを渡さないのか。それは調理実習では出来ない“隠し味”を入れる為だった。
材料を間違えないように何度も確認しながら生地を作る。数度の失敗を経て、漸くまともに作れた生地をかき混ぜ終わると、透はおもむろに包丁を手に持つ。
彼は生地が入ったボウルの上に腕をやる。そしてそのまま、包丁を自分の腕に当てる。
____そう。これこそが“隠し味”。血という自分の体液が彼女の身体に入り、その一部となる。その喜びを想像しながら、彼は腕を切り付けて………。
「痛っ!?……あ!深く切りすぎた!?血が、血が止まらな……救急箱ーー!!」
うっかり深く切りすぎて、深手を負った彼は泣きながら腕の手当てをする羽目になった。
“隠し味”とは言えない量の血が入ってしまった生地はもう使えない。勿体ないが片付けるしかない。
何度も間違えて、漸く分量も材料も間違えずに作れた生地だったのに……。もう材料もないから諦めるしかないかな……。
何もかも上手くいかない。腕の痛みも相俟って半ベソになりながら、透は台所を片付けた。
・・・・・
結局、“隠し味”を入れたお菓子作りは失敗に終わってしまった。仕方なく、透は正真正銘調理実習で作ったカップケーキを凛に渡そうと考えた。
同じ班だった友達がサポートしてくれた事もあって、何とかちゃんとしたカップケーキが作れた。あとはこれをどうやって凛に渡すかが問題だ。
“日頃のお礼”と称してスマートに渡す心づもりであったが、いざ渡そうとすると緊張して話し掛ける事すらままならない。おまけに凛は人気者で、学級委員として頼りにされている。つまり忙しい身なので、中々捕まらない。
「……いっそ下駄箱の中に?」
「いや、下駄箱ん中に食べ物入れるとか不衛生だろ」
「確かに…。じゃあ、机の中?」
「机ん中だろうがなんだろうが、そもそも心当たりのない手作りの食べ物が入ってても食わんだろ。怖すぎる」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「直接渡せよ」
透の唯一の友人とも言えるクラスメイト___宏和が、スマホをいじりながら面倒くさそうに答える。
「直接渡せないから考えてるんじゃない…」
項垂れる透に、宏和はため息をついた。
「分かった分かった。オレが氷室を呼び出してやるから、そこで渡せ」
「え!?で、でもそれだと結局直接渡す事にならない?」
「そこは頑張れよ。氷室が好きならちゃんと自分の手で渡せ」
宏和はピシャリと言ってのける。真っ当な彼の言葉に、透は「うぅ……」と情けなく声を上げる。
「やっぱり無理だよ……。もう凛さんの家の郵便受けに入れておく」
「いや机ん中より郵便受けに知らねぇ食べ物入ってる方が怖いわ」
「少しは男見せろ」と宏和は透の頭を軽くはたく。その様子から見るに郵便受け云々は本気に取っていないようだ。透は真面目に言っていたのだが。
「とにかく、ちゃんと渡せば氷室なら受け取るくらいはしてくれるだろ。ビビらずいけ」
宏和は「折角オレがサポートしてやったんだからな」と笑うと、席を立った。凛に声を掛けるつもりなのだろう。
____上手く渡せる自信はないけど、頑張るだけ頑張ってみよう。
折角友人が協力してくれているのだ。透は小さく覚悟を決めた。
・・・・・
放課後。部活動の声が響く中、透は空き教室で凛と向かい合っていた。
「白坂くん、用って何かな?」
「え、ええっと……」
透は凛を前にしてしどろもどろになってしまう。何度もシュミレーションした筈なのに、用意した言葉は何一つ出てこない。
____やっぱり無理!あとで彼女の家の郵便受けに入れよう!!そうしよう!!
あと一歩が踏み出させなくて、透は諦めて「なんでもない」と答えようとして____。
ぽすん。後ろ手に隠していたカップケーキを落としてしまった。
「あれ?何か落ちたけど……」
「わっ!待って!!」
凛が拾い上げようとするのを慌てて止める。凛は困惑しながらも動きを止めてくれたので、これ幸いと透は自分で拾い上げようとしたのだが。
「うわっ!?」
バランスを崩して転んでしまった。
「大丈夫!?白坂くん!」
大きな音を立てて転んだ透に凛が駆け寄る。透は情けなさや転んだ痛みで流れそうになる涙をグッと堪えながら、彼女の手を取って立ち上がる。
「ご、ごめん……。ありがとう、氷室さん」
「怪我は……してないみたいだね。でも、痣になってる所があるかもしれないから、あとでちゃんと確認してね?」
「うん」
____あぁ、やっぱり優しいな。
凛の天使の如き優しさに触れ、ウットリしていた透は忘れていた。落としたカップケーキの事を。
「あ、そういえば…白坂くん、さっき何か落としてたよね?
えーっと……これかな?」
「あ!?」
凛が落としたカップケーキを拾い上げる。透は顔を青くさせた。
「カップケーキ…?あ、もしかして今日の調理実習で作ったの?凄い!美味しそうだね」
「う、うん」
しげしげとカップケーキを見つめながら褒めてくれた凛だったが、その視線があるものに留まる。
「“氷室凛さんへ”……?」
彼女の視線の先にあるのは、ラッピングの際付けたメッセージカード。そこには堂々と“氷室凛さんへ”と宛名が書いてある。
「____もしかして、私にこれを?」
「っ!え、えっと……いつものお礼というかなんというか………」
透は顔を赤くさせながら答える。次第に視線は下に、声は小さくなっていた。
____うぅ、こんな形で渡すことになるなんて……。
自分の情けなさに落ち込んでいる透は、凛の顔を見る事すら出来ない。
数秒の沈黙の後、凛の弾んだ声が響いた。
「___ありがとう」
その言葉にハッと顔を上げると、カップケーキを大事に抱えてはにかむ凛の姿が目に映る。
「カップケーキ好きだから嬉しいな。ラッピングも可愛い!」
____喜んで貰えた!!
透は凛の姿を目に焼き付けようと瞬き一つせず彼女を見つめる。凛はそんな透の様子に突っ込む事もなく、「大事に食べるね」と言った。
「もしかして、用事ってこのカップケーキの事?」
「う、うん」
「そっか。もー!こんな美味しそうなもの早く渡してよー」
揶揄うように凛が笑う。透は見蕩れるばかりで何も言う事が出来なかった。
彼女は気付いているだろうか。
カップケーキが好きな彼女の為に、いくつかあった料理の選択肢の中から、宏和に協力を仰いでまで班の皆を説得し、カップケーキを作ったこと。
チョコレートも好きな彼女の為に、チョコチップカップケーキにしたこと。チョコチップも多めに入れたこと。
ラッピングの包装紙を彼女の好きな水玉模様にしたこと。リボンも彼女の好きな色を選んだこと。
メッセージカードには彼女が好きなキャラクターのスタンプを押したこと。
____そう、このカップケーキには、僕がどれだけ貴女の事を知っているか、貴女を思っているかが詰まっている。
想いの表現として入れたかった“隠し味”が入れられなかった事が悔やまれるが、それ以外は完壁と言えるだろう。
透は目にハートを浮かべて、カップケーキを持つ凛を見ていた。
・・・・・
「ただいま!」
上機嫌に挨拶をしながら、凛は母の返事も待たずに自分の部屋へと駆け込む。
自室のベットに制服のまま仰向けに寝転がり、透から貰ったカップケーキを掲げて、「ふふふ」と笑みをこぼす。
「貰えるとは思ってなかったから、嬉しいな」
凛はラッピングされたカップケーキにキスをする。
「調理実習で作ったやつだから“隠し味”が入っていないのはちょっと残念な気もするけど。“隠し味”入り、どんな味なのか気になるし」
「まぁでもいっか。昨日といい、いいもの見れたし」
凛は起き上がると、机に置かれたパソコンを起動する。そして何かの動画を再生する。
「___あぁ……何度見ても良いね、この時の白坂くん」
そこには、昨夜“隠し味”入りのカップケーキを作ろうとしていた透の姿が映っていた。
透が“隠し味”を入れようとして失敗し、泣きながら救急箱を手に取っているシーンを見て、凛は妖艶な笑みを浮かべる。
「血を入れようとして失敗するなんて……本当に、愚かで可愛い白坂くん」
一通り動画を見終わると、凛は引き出しからノートを取り出す。
「さて、今日の分も書いておかないと」
ノートの中身は日記帳の様だった。
○月✕日、白坂くんが大声を出して尾行に失敗していた。さり気なく話を聞いてみると蜘蛛に驚いたらしい。蜘蛛に驚いて最後まで私をストーカー出来ないなんて可愛いな
○月✕日、白坂くんが私の鞄に盗聴器を仕掛けようとしていた。でも、間違って私の友達の鞄に入れていた。ドジっていうよりアホなのかな?そんな所が可愛いんだけど
○月✕日、白坂くんが私の家の近所の人に不審がられて通報されていた。私の家の周りを彷徨いていたらしい。私が「友達です」と言ったら解放されたけど。何しに私の家に来たんだろ。監視カメラや盗聴器でも仕掛けに来た?それともゴミから個人情報を漁りに?なんにせよ失敗してて可愛い。
などなど。ノートにはこれまで透が行っていたヤンデレ的行動と、それが失敗した様子が時に彼の泣き顔付きで綴られていた。
それを眺めながら、凛は満足そうに息を吐く。
「やっぱり……白坂くんの泣き顔、良いなぁ」
べそべそ泣いている姿も、涙を堪えている姿も、涙目になっている姿も、全部が可愛い。
もっと近くで見たい。写真や動画も勿論良いが、やはり肉眼に勝るものは無い。この目に、彼の愚かで情けなくて可愛い姿を焼き付けていたい。
こんな本性を透や他のクラスメイトに知られたらさぞ幻滅され、恐れられる事だろう。何せ氷室凛は“優しくて頼れるお手本のような学級委員”なのだから。
幻滅されるのは困る。白坂くんに近寄れなくなったら、もう彼の可愛い顔を肉眼で見る事が出来なくなってしまう。
____だから、彼の思い描く“氷室凛”のままでいるから。
明日も、可愛いお顔を私に見せてね?




