第1話 異世界転移
俺の名前は一ノ瀬 進。
ごく普通の高校に通う、17歳の男子高校生だ。
学力は平凡。
運動もそこそこ。
だけどクラスではそれなりに人気者で、毎日そこそこ楽しく生きていた。
——あの日までは。
その日は、いつも通りの授業中だった。
突然、校舎の中心に黒い“穴”が現れた。
まるでブラックホール。
光すら吸い込むような、底の見えない闇。
「な、なんだあれ——」
誰かがそう言った瞬間だった。
悲鳴が上がる暇もなく、
生徒、教師、職員——高校にいたすべての人間が、その闇に飲み込まれた。
⸻
気づいたとき、俺たちは見知らぬ場所に立っていた。
足元は冷たい石造りの床。
見上げるほど高い天井。
周囲には、見覚えのある制服姿が無数にある。
ざっと見渡して、息を呑んだ。
クラスどころじゃない。
学年でもない。
——高校全体だ。
生徒だけじゃない。
教師も、事務員も、保健室の先生もいた。
ざわめきと恐怖が、広間を埋め尽くしていた。
「……ここ、どこだ?」
誰かの呟きが、妙に大きく響いた。
その声に答えるように、
俺たちの前に一人の男が姿を現した。
王冠を被り、豪奢な衣装を纏った中年の男。
どう見ても、普通の人間じゃない。
威厳に満ちた表情。
だが、その目の奥には——
切迫した焦りが滲んでいた。
「えー……ここはだな。
お前たちがいた世界とは、別の世界になる」
その言葉に、広間が一気にざわつく。
「ふざけるな!!」
別のクラスの男子が前に出た。
「あんたが俺たちを呼んだのか!?
今すぐ元の世界に返せ!!」
「すまないが、それはできん。
……こちらにも、事情があってな」
一瞬だけ、男は広間の奥——
まるで**“見えない何か”**を見つめた。
「知るかよ!!
この世界の人間でどうにかしろよ!!」
「それができるなら、とっくにそうしておる」
その声には、はっきりとした疲労が混じっていた。
この時になって、ようやく教師たちが動いた。
「落ち着きなさい!!」
数人の教師が前に出て、生徒たちを庇うように立つ。
「あなたは何者ですか!
生徒たちに何を——」
だが、教師の声は途中で止まった。
男——王の視線が、
一瞬、教師たちに向けられただけだった。
言葉を失い、
教師たちはそれ以上前に出られなかった。
空気そのものが、違った。
「……てか、お前誰だよ」
誰かが、震える声で聞いた。
男は小さく息を吐き、姿勢を正した。
「わしはこの国の王。
ソル・グラン・イグニートだ」
ざわ、と空気が揺れる。
「……やっぱ王様か。
言葉遣いよく分かんねぇから、イグニートでいい?」
「かまわん」
王は短く答え、
今度は俺たち全体を見渡した。
その視線は、
まるで人を選別するかのようだった。
「ところでお前たち。
ステータス画面は見えておるか?」
「ステータス?
なんだそれ?」
「“ステータスオープン”と唱えてみよ」
言われるがまま、全員が口にする。
「「「ステータスオープン」」」
次の瞬間、
至る所で驚きの声が上がった。
クラスメイトたちの前に、
光るウィンドウのようなものが浮かび上がっている。
……俺の前には、何も出ない。
嫌な予感が、背中を這い上がった。
「……あれ?」
俺は恐る恐る、王に声をかけた。
「王様。
俺だけ、何も表示されないんですけど……
そんなこと、あるんですか?」
王の目が、
一瞬だけ揺れた。
そして、冷たく言い放つ。
「それはな——
何の能力も持たぬということじゃ」
「……え?」
頭が、真っ白になった。
「じゃあ俺、能力なしってことですか?
この世界で……どうやって生き残れって……」
王は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……時間がない」
その呟きは小さく、
ほとんど誰にも届かなかった。
「お前は処分だ」
——その言葉には、迷いがなかった。
「使えぬゴミを置いておいても、仕方がない」
だがその瞬間、
王の指がわずかに震えたのを、俺は見逃さなかった。
「……なんでだよ!!」
俺は叫んだ。
「勝手にこの世界に召喚しといて!
それで処分!?
あまりにも自分勝手すぎるだろ!!」
「そうだ!!」
クラスメイトが前に出て、俺を庇った。
「進は何も悪くない!!
そんなの、おかしい!!」
教師の一人も、声を張り上げた。
「やめてください!
生徒に危害を加えるなど——」
王は、視線を逸らしたまま言った。
「……この世界が滅びれば、
お前たちの世界も無事では済まぬ」
ざわめきが走る。
だが——
それ以上の説明は、なかった。
「では、頼んだ」
王が背を向ける。
「かしこまりました」
部下が呪文を唱える。
「——深淵よ。
今こそ、顕現したまえ」
床が歪み、
再び“闇”が現れる。
ブラックホールのような奈落。
「や、やめ——」
抵抗する間もなく、俺は掴まれた。
まるで——
役目を終えた道具を捨てるみたいに。
俺の身体は闇へと投げ込まれた。
視界が、真っ暗になる。
落ちていく感覚の中、
最後に見えたのは——
王が、拳を強く握り締めている姿だった。




