『地味な私』を邪魔者扱いするクールな生徒会長が、実は私のガチ恋ファン(登録者100万人)だった件。~「君の歌だけが癒しだ」と毎晩重いDMが届きますが、それ隣の席の私ですよ?~
「――おい、佐伯。ちょっとどいてくれないか」
昼休みの教室。
頭上から降ってきた冷ややかな声に、私はビクリと肩を震わせて顔を上げた。
そこに立っていたのは、この学園の頂点に君臨する男、生徒会長の一ノ瀬蓮。
整いすぎた顔立ちに、切れ長の瞳。背は高く、制服の着こなしも完璧。
けれど、その瞳は氷のように冷たい。
「あ、ご、ごめんなさい……一ノ瀬くん」
「……」
私は慌てて通路を開ける。
彼は礼も言わず、私など視界に入っていないかのように通り過ぎていった。
周囲の女子たちが「キャーッ! 一ノ瀬様、今日もクールで素敵!」と黄色い声を上げる。
私は、佐伯あまね。
黒髪に黒縁メガネ、少し長めの前髪で顔を隠した、クラスで一番地味な女子生徒。
友達は少なく、教室では常に空気のような存在だ。
(……はぁ。今日も通常運転ね、一ノ瀬くん)
私はため息をつきながら、自分の席――そう、彼の隣の席に座り直した。
彼にとって私は、ただの邪魔な障害物でしかないらしい。
――でも。
一ノ瀬くん。あなた、知らないでしょう?
あなたが毎日「邪魔だ」と思っているこの地味女が、今夜あなたが必死にメッセージを送る相手だということを。
帰宅後。
私は自室に入った瞬間、メガネを外し、髪をほどいた。
そして、防音設備の整った配信ブースへと入る。
私のもう一つの顔。
それは、動画サイトで登録者数100万人を超える覆面歌い手、『雨音』だ。
「……さて、今日も来てますか」
PCを立ち上げ、SNSのDMボックスを開く。
そこには、数え切れないほどのファンレターに混じって、一件の「固定常連」からのメッセージが届いていた。
アカウント名は『R』。
アイコンは初期設定のままの卵マーク。
『雨音さん、こんばんは。今日もお疲れ様です。
学校でひどく疲れることがありましたが、帰宅してあなたの新曲「ミッドナイト・ブルー」を聴いたら、澱んだ心が浄化されました。
あなたの声は、僕にとって唯一の光です。
もしあなたが引退したら、僕は世界を呪って死ぬかもしれません』
「……重い。今日も愛が重いわ、一ノ瀬くん」
私は画面の前で頭を抱えた。
そう、この『R』の正体こそが、あの氷の生徒会長・一ノ瀬蓮なのだ。
以前、彼が教室でスマホを開いていた時、うっかりこのアカウントの画面が見えてしまって以来、私は彼の「裏の顔」を知ってしまっている。
(学校ではあんなに冷血漢なのに、ネットだとポエマーなのね……)
私は複雑な気持ちで、当たり障りのない返信を打った。
『Rさん、いつもありがとうございます。死なないでくださいね(笑)』
送信ボタンを押した瞬間、即座に「既読」がついた。
……早すぎる。勉強しなさいよ、生徒会長。
翌日。
一限目の授業中、私は猛烈な睡魔と戦っていた。
昨夜、リクエストに応えて深夜配信をしてしまったせいだ。
(……うう、眠い。あと五分だけ……)
コクン、と船を漕ぎかけた、その時。
「……また新曲が上がっている」
隣の席から、信じられないほど微かな、でも熱のこもった呟きが聞こえた。
一瞬で目が覚めた。
横目でチラリと見ると、一ノ瀬くんが教科書の影でこっそりとスマホを見ている。
(えっ、授業中だよ!? あの優等生が生徒会長が!?)
「……はぁ。尊い」
聞こえてますよ。
あの氷の絶対零度ボイスで「尊い」とか言わないで。心臓に悪いから。
彼が見ている画面には、間違いなく私の動画のサムネイルが表示されている。
彼は愛おしそうに画面を撫でると、小さく息を吐いた。
「……会いたいな」
ブッ!!
私は思わず吹き出しそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「……? うるさいぞ、佐伯」
一ノ瀬くんが、いつもの冷徹な瞳で私を睨んだ。
さっきまでのデレデレ顔はどこへ行ったのよ。
「す、すみません……」
「授業に集中しろ。……気が散る」
彼は冷たく言い放ち、プイと顔を背けた。
その耳が、少しだけ赤いことに気づいてしまったのは私だけだろう。
(気が散るって……あなたが私の動画を見てるからでしょうが!)
心の中でツッコミを入れつつ、私は変な優越感を感じていた。
あんなに私を冷たくあしらっているけれど、あなたの「最推し」は、今あなたの隣で消しゴムを落としましたよ?
その日の夜。
また『R』からDMが届いた。
『今日、学校の隣の席の女子が授業中に寝ていました。
だらしがない。雨音さんのような、神秘的で努力家な女性とは大違いです。
どうして現実の女というのは、あんなに地味でつまらないんでしょうか』
「……喧嘩売ってんのかコラ」
私は笑顔でスマホの画面を握りつぶしそうになった。
よし、分かった。
そんなに「現実」がお嫌いなら、徹底的に「理想」で沼らせてやる。
秋。
学園は文化祭の準備で浮き足立っていた。
我が校の文化祭は、生徒会が主催する一大イベントがあり、毎年「シークレットゲスト」が呼ばれるのが恒例となっている。
「ねえねえ、今年のゲスト誰か知ってる?」
「噂だと、有名なバンドらしいよ!」
クラスの女子たちが盛り上がる中、私は黙々と看板の色塗りをしていた。
こういう裏方は、地味子の独壇場だ。
「――おい、佐伯」
まただ。
背後から一ノ瀬くんの声。
振り返ると、彼は眉間に深いシワを刻み、今まで見たことがないほど憔悴していた。
「……はい、なんでしょう」
「生徒会室まで来い。……頼みたいことがある」
「え?」
頼み事? あの何でも一人で完璧にこなす彼が?
私はペンキまみれの手を拭き、おずおずと彼について行った。
生徒会室に入ると、彼は重い扉を閉め、深いため息をついた。
「……単刀直入に言う。文化祭のゲストが、急病でキャンセルになった」
「ええっ!?」
「代役を探しているが、あと一週間しかない。プロのアーティストは全滅だ」
それは大惨事だ。
生徒会長としての彼の責任問題にもなるだろう。
でも、なぜ私に?
「僕も手を尽くした。……だが、一人だけ。どうしても連絡がつかない人物がいる」
彼は真剣な眼差しで、私を見つめた。
嫌な予感がする。背筋がゾワゾワする。
「『雨音』という歌い手を知っているか?」
(ぎくっ)
「……い、いえ。知りませんけど」
「そうか。ネットで活動している覆面歌手だ。彼女なら、顔出しなしのシルエット出演でも、全校生徒を納得させられるだけの実力がある」
彼は机の上の書類――私の(ネット上の)プロフィール資料を握りしめた。
「公式のアドレスに何度メールしても返信がない。DMも送ったが……『R』という名前では、ファンに埋もれて気づかれていないのかもしれない」
(気づいてます。毎日読んでます。むしろ重すぎて返信しづらいだけです)
「そこでだ、佐伯。お前、パソコンが得意だと聞いた」
「は、はあ……まあ、少しは」
「あらゆる手段を使って、彼女の『裏連絡先』か『中の人の情報』を特定してほしい」
「はあああ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
なんてこと?
生徒会長権限で、推しの「身バレ(特定)」を依頼してくるなんて!
「これは生徒会の正式な依頼だ。報酬は弾む。……頼む、彼女以外に、僕の……いや、この学園の危機を救える人間はいないんだ」
あのプライドの高い一ノ瀬くんが、私に頭を下げている。
その耳は真っ赤だ。
公私混同も甚だしいけれど、その必死さは本物だった。
(どうしよう……。断ったら文化祭は失敗。でも、引き受けたら……)
私はゴクリと唾を飲んだ。
これは、最大のピンチであり、千載一遇のチャンスかもしれない。
「……分かりました。やってみます」
「本当か!」
「ただし、条件があります。私がもし連絡をとれたら……当日のステージ演出は、全て私に任せていただけますか?」
一ノ瀬くんは驚いた顔をしたが、すぐに力強く頷いた。
「ああ、構わない。雨音さんを呼べるなら、お前の好きにしていい」
(言ったわね、一ノ瀬くん)
私は心の中でニヤリと笑った。
それなら、見せてあげましょう。
あなたが「地味でつまらない」と言った隣の席の女が、あなたの「神様」に変わる瞬間を。
そして迎えた文化祭当日。
講堂は満員の生徒で埋め尽くされていたが、空気は最悪だった。
ゲストが来ないという噂が広まり、ブーイングが起き始めていたのだ。
舞台袖で、一ノ瀬くんが青ざめている。
「……佐伯、やはり連絡はつかなかったのか?」
私は照明機材の影に隠れながら、彼にインカム(無線)で答えた。
「大丈夫です、会長。彼女はもう、ステージにいますよ」
「なに?」
私がスイッチを押すと、会場の照明が落ちた。
暗闇の中、ステージ中央にスポットライトが当たる。
そこに立っているのは、スクリーン越しのシルエットだけ。
『――こんにちは、学園の皆さん』
マイクを通した私の声が響いた瞬間、会場のざわめきがピタリと止んだ。
一ノ瀬くんが目を見開くのが見える。
『今日は、ある男の子のお願いで歌いに来ました。……聴いてください。「スターライト・シンドローム」』
イントロが流れる。
私は深呼吸をして、歌い出した。
普段の地味な私じゃない。歌姫『雨音』としての、本気の歌声を。
透き通るような高音と、激しいビート。
サビに入ると、生徒たちが総立ちになり、ペンライトの海が揺れた。
一ノ瀬くんは、舞台袖で震えていた。
感動で涙ぐみながら、それでも生徒会長として必死にステージを見守っている。
……その顔を見たら、なんだか愛おしくなってしまった。
(もう、いいよね)
曲のラスト。
私は、シルエットを映していたスクリーンを、自分自身の手で振り落とした。
バサッ!!
現れたのは、メガネを外し、メイクをして、煌びやかなドレスをまとった私。
会場が静まり返る。
そして、誰かが叫んだ。
「えっ……あれ、佐伯さん!?」
「地味子の佐伯!? 嘘だろ、めっちゃ可愛いじゃん!」
「っていうか、歌うますぎ! 本物の雨音だ!!」
大歓声が爆発する中、私は一ノ瀬くんの方を向いて、ウィンクを飛ばした。
彼は口をパクパクさせて、腰を抜かしていた。
ライブ終了後の、舞台裏。
一ノ瀬くんは、壁に手をついてうなだれていた。
「……信じられない。まさか、雨音さんが……佐伯、だったなんて」
顔が真っ赤だ。耳まで茹でダコみたいになっている。
私が近づくと、彼はビクッと後ずさりした。
「そ、そんな……。じゃあ、僕が送っていたDMも、全部……」
「ええ、読んでましたよ。『R』さん」
私がニッコリ笑うと、彼は「うあぁぁ……」と呻いてしゃがみ込んだ。
「死にたい……。あんなポエムを、毎日隣の席の女子に送りつけていたなんて……。しかも、君のことを『地味でつまらない』とか……」
「ふふっ。傷つきましたよ? でも、あなたの言葉に救われていたのも事実です」
私はしゃがみ込み、彼の目線に合わせた。
彼は、潤んだ瞳で私を見上げた。いつもの冷徹さはどこにもない。ただの恋する男の子の顔だ。
「一ノ瀬くん。幻滅しましたか? 神様の正体が、こんな地味女で」
「……するわけないだろう!」
彼は叫んだ。
「地味なんかじゃない! 君は……君は、僕の光だ。ネットの中でも、現実でも……ずっと見ていたんだ」
彼は私の手を恐る恐る握った。
その手は熱くて、震えている。
「佐伯……いや、あまねさん。ファンとしてではなく、一人の男として言わせてほしい。……好きだ。付き合ってくれないか?」
「……はい。あんなに熱烈なファンレターをもらって、断れるわけないじゃないですか」
私が答えると、彼は今までで一番情けない、でも最高に幸せそうな顔で笑った。
翌日から。
生徒会長の様子がおかしいと、学園中で話題になった。
隣の席の地味子――ではなく、超人気歌い手になった私を見る目が、とろけそうなほど甘いのだ。
「あまね、教科書見せてくれないか?」
「持ってるでしょ、自分の」
「君のが見たいんだ。……あと、昨日の新曲の感想を1万文字書いたから、後で読んでくれ」
……どうやら、私の彼氏は「クールな生徒会長」から「重すぎる溺愛彼氏」に進化したらしい。
まあ、悪くはないかな。
今日も私は、隣の席で彼の熱視線に耐えながら、幸せなため息をつくのだった。
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