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復讐の勇者と魔神の僕  作者: フルーツミックスMK2


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バルクエ洞穴

 バルクエ岬は平坦な地形を呈していた。大陸の最先端に位置するだけあって人気(ひとけ)はなく、大都市のような雄渾(ゆうこん)さもない。景色は潮騒を立てる海が果てしなく広がり、かつて何かが建っていたであろう大地には、砂が入り混じった塵芥を残すばかりである。


「クロード、そっちに一匹いったわ!」

「了解!」

 クロードが聖剣で何体目かの魔物を斬り伏せる。

 バルクエ岬へ到着した勇者一行の前に立ちはだかったのは、ミノタウロスではなく「スライム」と呼ばれる小型の魔物の大群だった。


「ちっ、キリがないな...!」

 襲いかかるスライムを切り捨てながら、エルリックが悪態を吐く。

 スライムは体内にある核を壊せば生体機能を停止する。透明な液体状の体から核の位置も把握しやすく、仕組みさえ理解していれば初心者でも討伐可能である。しかし、こうも立て続けに湧いてくると、対応するのも億劫になってくる。


 暫くの間、剣と魔法がせめぎ合う。スライムの猛攻が留まる事は無かったが、一匹避けては蹴散らし、また一匹と葬っていく。

 やがて、辺り一面に水たまりが広がった頃、クロードが剣を鞘に収めた。


「ふう...ようやく片付いた。皆、怪我はないかい?」

 彼がリーダーとして仲間の安否を確認する。

「私は平気よ、クロード」

「こちらも問題ないよ、クロード君」

 レイラとエルリックが身の安全を伝える。Eランクの魔物相手に、勇者一行が苦戦する要素はなかった。


 そんな時、仲間の回復を担う聖女だけが異を唱えた。

「私は駄目かも...」

「レイソン嬢、どこか怪我でもされたんですか?」

 クロードが心配する。聖女はスキルの力で万人を癒やす事が出来るが、あくまでそれは他人にしか作用しない。

 その為、彼女が負傷することは、パーティの機能が大きく損なわれる事となる。


「俺がもっと敵視を引き付けていれば、こんなことには...」

 クロードが自らの非を責めるも、ミリーが彼へ不満を露わにする。

「本当よ、どうしてくれんのよ!」

「申し訳ありません...」

「お陰で服が汚れちゃったじゃない。せっかくお気に入りのやつだったのに...」

「えっ?」

 自慢の一張羅が汚れた事を悔いるミリー。よくよく見ると、彼女の体には傷一つなく、服の袖先が僅かに濡れているだけであった。


「ちょっとミリー様ぁ?紛らわしい発言はやめて下さいね?」

「聖女は常に綺麗でないと教会の品位まで下がってしまうでしょ?身嗜みが大事なのよ」

「戦いの最中に身嗜みを気にしている場合じゃないでしょうに...」

「何よ!あなたなんか年中ローブのくせに!」

「これが一番動きやすいんです!」


 思わぬ形で口論するレイラとミリー。服など戦闘に適していれば何でもいいのでは?そう思うクロードだったが、迂闊に首を突っ込むと痛い目に合いそうなので口を閉ざした。

 代わりに、ミリーの恋人であるエルリックが仲裁に入る。


「大丈夫さミリー。服ならまた新しいのを買ってあげるよ」

「本当!?エルリック様大好き!」

「ははは、私もだよ」

 仲睦まじく抱擁を交わす二人。随分と緊張感のない光景だが、正直助かったと胸を撫で下ろすクロード。改めて、彼女の手綱を握れるのはエルリックしかいないと感じるのだった。


 口論が収まったところで、クロードが周囲に視線を向ける。


 バルクエ岬は海に面した場所という事もあり、水を好む魔物が集まりやすい傾向にある。スライムの大量発生もそれに伴うものだろう。

 特にこの一帯は比較的水嵩も浅く、魔物の水飲み場としてうってつけの環境といえる。この近辺に件のミノタウロスが生息している要因も、これに考えられた。


 その事を踏まえて、クロードが気を取り直す。


「皆、ミノタウロスが何処に潜んでいるか分からない。警戒しながら進もう」

 リーダーの言葉に仲間が静かに頷く。毎度、この切り替えの早さにはクロードも関心を覚えずにはいられなかった。



 勇者一行が岬の周辺を探索していると、やがて平坦な地形から少し斜面に差し掛かった。

 足元の漣は勢いを増していき、水嵩も高くなっていく。辺りに霧は出ていないが、空気中には多分な水気が含まれており、湿った風が僅かに居心地を悪くする。気が付くと、岬の最先端まで入り込んでいたようだった。


 そんな中、傾斜な地形の突き当りで、クロードが遠くに何かを発見した。


「あれは...洞穴?」

 それは一つの巨大な洞穴だった。

 一面が石灰岩から成る岩壁には、長径十メートル程の洞口が空いており、奥へと暗闇が繋がっている。


「かなり大きな穴ね」

 レイラが月並みな台詞を言いながら呆然とする。

 岬の周囲には、同じように空洞のある岩壁が幾つか見られるが、それらは大体長径二、三メートル程のものであって、水流の影響で作られたものだと解る。しかし、この洞穴はそれらと比較にならないほど大きな穴が空いている。作為的なものを感じてならなかった。


「もしかして、ここがミノタウロスの住処なのかしら?」

「間違いないと思う。ほら、入口付近に巨大な足跡が残ってる」

「あ、本当だわ!」

 クロードが指を差した地面の砂地には、幅五十センチ以上の足跡がはっきりと残っていた。さらに足跡の周辺には腐った肉片や骨まで散乱しており、少なくとも、ここを巣窟としている魔物がいる事が予想出来た。


「ミノタウロスの場所が特定出来たのは何よりだが、どうする気だい?暗くて何も見えないぞ」

 エルリックが至極真っ当な意見を口にする。

「手間が掛かりますが、一度街へ戻って松明を準備して来ましょう」

「ふむ...気が進まないが仕方がないな」

 クロードの意見にエルリックが溜息を吐く。洞穴内はかなり見通しが悪く、このまま奥へ進むのは自殺行為であった。


「ええー、また街へ戻るの?私もう、あまり歩きたくないわ」

 その場にしゃがみ込みながら、ミリーがくだを巻く。バルクエに着いてからというものの、今日は領主の一件やらでずっと動き詰めであった。普段パーティの後衛として回復や補助を担う彼女からすれば、慣れない運動に疲労を感じても仕方がないと、前衛のクロードはそう思った。


「大丈夫ですよ。俺が急いで準備してきますので、皆はここで休んでいて下さい」

「え、本当!?」

「はい、元々パーティの運営はリーダーの役目ですから。準備不足は俺の責任です」

 勇者一行のメンバーは、全員が腰に持ち運び用の収納袋を下げているが、中身は戦いの傷を癒やす「回復ポーション」や、魔力の回復を促す「魔力ポーション」。それから、一人分の飲み水が入っているだけである。

 持ち運ぶ量を少なくしているのは、偏に戦いの妨げにならないようにする為であるが、今回のように緊急性を要する場合は対応出来なかったりもする。


 ──荷物を持ってくれる人でも雇えれば良いのだけども、そうなると常に危険に晒してしまう事になるからな。

 いっそのこと、次からは俺が多めに荷物を持った方が良いのかもしれない。


 クロードが今後の方針に頭をひねっていると、エルリックがミリーの肩に手を置いた。

「まあ、そういう事なら我々はお言葉に甘えようか。良かったね、ミリー」

「ええ!クロード、あなたの事をほんの少し見直したわ」

 露骨に顔色を明るくするミリーに、クロードが苦笑する。ちゃっかり岩に座っている辺り逞しい。


「では直ぐに準備してきますね」

「ええ!なるべくゆっくりお願いね」 

 すっかり調子を取り戻したミリーが言うと、クロードが来た道を引き返そうとする。


 そんなとき、パーティの賢者が待ったを掛けた。


「待ってクロード。その必要はないわよ」

「え?」

 全員の視線がレイラへ集まる。彼女はいつもの落ち着いた顔のまま、指先を洞穴の方へ向けると、短く詠唱を始めた。


「天より賜りし光よ、暗闇を照らす道標となれ。──ライト」

 レイラの指先から拳大ほどの球体が現れると、それが洞穴内を明るく照らし出した。

「これで照らしながら進めば、松明は必要ないんじゃない?」

 目配せをするレイラ。彼女が使ったのは、光属性魔法の一つである「ライト」だった。


 ライトとは、火を点ける過程を必要とする松明と違い、比較的短い時間で発動可能かつ、一瞬で視野を確保出来る優れた性能を持つ。その為、今回のように暗い場所では光源として一役買ってくれるのだ。

 その一方で、発動中は微量ながらも魔力を消費し続けてしまうので、長時間の探索には向かないのが欠点として挙げられる。


 クロードもライトの性能は認識していたが、魔力の消耗を懸念して敢えて避けていた。


「確かにそれなら松明は必要ないけど、魔力の方は大丈夫なのか?」

「私なら平気よ。こう見えても魔力量には自信あるんだから」

 レイラが得意げに言う。その姿は日頃から、魔法を研究している彼女ならではの説得力があり、それを間近で見てきたクロードもまた、根拠のある信頼感があった。


「そういう事なら、明かりの確保はレイラに任せようかな。ただ、定期的に魔力ポーションを飲むこと。戦闘中に魔力不足になったら元も子もないからね」

「ええ、勿論よ」

 話がまとまったところで、クロードとレイラが仲間の方へ視線を向ける。


「そういうわけですので、早速、洞穴内の探索を開始しましょう」

「う、うむ。余計な手間を省けて何よりさ。はっはっは」

 若干頬を引く付かせながら、エルリックが変な笑い声を上げると。

「レイラ、やっぱり貴女に聖女は無理だわ...」

 ミリーもまた、重い腰を持ち上げると、回復ポーションの入った瓶の蓋を開けたのだった。



 梔子色の灯りが周囲を照らし出す。洞穴内は思った以上に暗く、ライトの灯りでも奥の通路までは見えなかった。

「外からだと分からなかったけど、思った以上に暗いわね...」

 目を細めながら、レイラが重々しい口調で告げる。岬の潮が満ちていたのだろうか、岩壁は窪んで風化しており、所々に苔のような緑色が付着している。足許にはざらつく砂が音を立て、湿気も篭ったように強い。


「嫌な場所ね...」

 ミリーが全員の気持ちを代弁するかのように言う。洞穴内は妙に静かで、魔物の呻き声一つも聞こえず、入口の通風が不気味に奥へと抜けるばかりである。さっきまで耳障りなほど聞こえていた潮騒も、今は全く気にならなかった。


「慎重に進もう。レイラはそのまま光源の確保に集中、エルリック殿下は最後尾で周囲の警戒を。レイソン嬢はレイラの補助をお願いします」

「了解」

 全員が頷く。クロードを先頭として、続いてレイラとミリー、エルリックの順である。洞穴内は次第に間隔が疎らになっていき、幅が不規則な空間となっていく。それに伴うように、足場の砂が陰を潜め始めたので、濡れた地面に足を滑らせないようにしながら、細心の注意を払って進んでいく。


 勇者一行が奥へ奥へと慎重に進むこと数分。それは濃すぎる湿気にもようやく慣れ始めてきた頃だった。クロードの足元に重みのある何かが当たる。


「これは...」

 足で小突いたのは固い金属片だった。鉄で作られたそれは随所に傷跡が付いており、不格好ながらも人一人分の急所を守るだけの面積を残している。

「プレートアーマーね」

 クロードの隣でレイラが言う。プレートアーマーとは、帝国では冒険者や騎士団が好んで着用する防具の一つであった。


「肩当てに入った紋章からして、これは騎士団のものね」

「何だと?それは確かなのか?」

 最後尾のエルリックが声を上げながら、地面のプレートアーマーに近づく。レイラが言ったように、肩当ての紋章は現帝国の紋章と一致しており、皇太子の彼が長年見てきたものだった。


「くそ...!我が国の誉れある騎士団がこんな...」

 地面を蹴るエルリック。その怒りは騎士団を襲った魔物に対してのものなのか。はたまた、魔物に遅れを取った騎士団に対してのものなのか。それは彼にしか分からなかった。


「エルリック様、大丈夫ですか?」

「...ああ大丈夫さ、少し冷静さを欠いてしまったようだ。済まないねミリー」

 普段あまり目にする事のない皇太子の取り乱す姿に、クロードが胸を傷ませていると、鎧を見ているレイラが彼の袖を引いた。


「クロード。これ見て」

「ん?」

 レイラが指を差した鎧の断面には、線の太い体毛のようなものが付着していた。色は焦茶色をしており、よくよく注視すると、周辺にも同じものが落ちている。

「まさかこれは、ミノタウロスの?」

「分からないわ。でも可能性は高そうよ。この切り口から想定して、騎士団を襲ったのは尋常でない破壊力を持った魔物だわ」

 若干語尾を震えさせながらレイラが告げる。鉄製の鎧は胸当て部分から中途半端に上の部分を残して、真っ二つに両断されていた。しかし、彼女が恐怖を覚えたのはそこだけではなかった。


「それと、肝心の装備者の遺体がどこにも見当たらないのよ。普通なら、人骨の一つでもあって不思議じゃないのに」

 低い声で告げるレイラに、クロードが固唾を呑む。

「それはつまり...」

「ええ、岬の潮が満ちた時に流されてしまったのか。それとも......」

 そこまで言いかけて、彼女は先の言葉を呑み込んだ。徐ろに立ち上がったクロードが奥の暗闇へ視線を向けると、懐疑的な声で呟く。

「まさか、ミノタウロスは街の食料だけでなく、人そのものを喰っているのか...?」

 洞穴内は照らされているにも関わらず、陰は深みを増している気がした。


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