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復讐の勇者と魔神の僕  作者: フルーツミックスMK2


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2/8

勇者への憧れ

 大地を伸びる広大な樹海。神の息吹は颯爽と通り抜け、鮮やかな翠を優しく撫でると、漣は雄々しく音を奏でる。それらは自然の産物。悠久の時が生みだした一つの恵みであった。森の傍らで鳥の囀りが喜びを顕にする。傍には水の綺麗な川があり、周囲を飾る花々もあった。


 飛び立つ二羽の夫婦。羽ばたきは阻まれる事なく、何処までも自由にその躰を運ぶ。周囲に根を張る巨木へ、一面を彩る蒼穹から陽の光が差し込む。その一筋の光は森の神秘を翠に輝かせると、悠久の時を経ても尚、変わらない恩恵を命へ齎した。それはまるで遥か上の場所──天界から差す光のようであった。


 人と魔族が生きる広大な世界ハルジオン。この世界は、大別した三つの大陸から成り立っていた。

 東から南西にかけて大きく平臥するレグイット大陸。その北側から円形に広がる魔族大陸。そして、南東に位置するスコルピア大陸。


 各々の大陸には名を同じくする国家が存在する。


 強大な武力をもって他国へ名を馳せている軍事国家レグイット帝国。豊かな大地と自然に囲まれ、魔族という種族で構成される魔王国。そして、両国に比べると小さいが、独自の技術力で生活基盤を向上させるスコルピア王国である。



 各国は時には対立し、時には友好関係を結び保ちながらも、各々が歴史を作り上げてきた。その中でも昨今、勢いが著しいのは軍事国家レグイット帝国だろう。

 広大な土壌に潤沢な資源。その両方を惜しみなく糧とする帝国は、名を冠する軍事力は勿論のこと、科学力、経済力でも他国の追随を許さない。

 

 そんな大国の辺境北部に位置する小さな村落。名をカカオット村という。


 豊かな自然に囲まれ、水も資源も豊富にある土地ではあるが、冬の厳しい季節には氷雪によって閉ざされてしまう。その為、村人達は動きやすい夏の間に作物を作り、秋には森の獲物を狩って蓄えをする。古くから存在する村落ではごく当たり前の生活である。


 村の一角にある、川沿いに建てられた一軒の家。その敷地内にある小さな畑で、鍬を振るう少年の姿があった。

「ふう、大体こんなもんかな」

 柔らかくなった土を眺めながら、額の汗を手で拭う少年クロード。

 (うなじ)の辺りまで伸びた髪は黒く、それに同調する漆黒の瞳は夜空のように深い。若干顔立ちが幼いのは最近十四歳を迎えたばかりであるが、他の村人と比較しても整った容姿をしていた。


「クロード、少し休憩したらどうだい?」

 一休止つく彼の元へ聞き慣れた声が届く。水田を跨いだ敷地に立っていたのは、黒髪を所々白く染めた中年の女性だった。

「うん、そうするよ。ミナルお母さん」

 凹凸のある切株に鍬を立てかけ、母ミナルの元へと駆け出すクロード。もっとも、彼女との間に血の繋がりはないのだが、捨て子であった彼からすれば、他に母親と呼べる存在はいなかった。


「お疲れ様。進捗はどうだい?」

 水の入った木製の器を手渡しながら、ミナルが尋ねる。

「いい感じだよ。今年は土の具合も良くて、春に撒いておいた肥料が効いてるよ」

「そうかい、それは収穫が待ち遠しいね」

 朗らかな反応に頷きながら、クロードが冷たい水で喉を一気に潤す。農作業は過酷なものであるが、彼にとって毎度この瞬間は格別なものだった。


「クロードはいつも頑張っていて偉いね」

「ちょっとミナルお母さん、恥ずかしいから撫でないでよ。俺はもう十四歳なんだから」

 僅かに引っかかる手の感触を感じながら、彼が恥ずかしそうに首を逸らす。

「あら、じゃあまだまだ子供ね」

「もう...からかわないでよ」

 膨らんだ頬が指で突かれる。その温かなやり取りは、端から見ても仲睦まじい母と息子の様子である。

 森の辺境に赤子を捨てるなど、およそ人の所業とは思えないが、女手一つで育ててくれた母を前にすると、クロードはそんな過去も気にならない想いだった。


「もうすぐ秋ね。今年は魔物が少ないといいけども...」

 ミナルが憂わしげに言う。村では毎年、秋の季節に近隣の森へ狩猟に出るのだが、近年はそれが難しい状況になりつつあった。

 原因は魔物と呼ばれる存在にある。


 数十年前、長きに渡る戦争の影響で生まれた種族の事である。魔物の個体は多種多様で力の度合いも様々だが、基本的には人々の住処を襲って糧を奪う性質がある。その為、村人達は危険性の高さから狩猟への機会を失いつつあった。

 もっとも、カカオット村は他村に比べて集落面積が狭い方なので、比較的魔物と遭遇する機会は少ない方なのだが、被害が出ないに越したことはない。村に住まう人々は常日頃、村周辺を囲う柵に真新しい傷跡が付かない事を祈るばかりであった。



「大丈夫だよお母さん、あと二年経てば俺も成人を迎えるんだもの。そうしたら俺が皆を守ってあげるよ!」

 握り拳で母を励ますクロード。この世界では十六歳で成人を迎える際、一躍大きな行事に参加する権利を得る事が出来る。それは通称「選定の儀」と呼ばれるもので、「女神セレアリス」からスキルを授かる事が出来るという国が定めた儀式である。


 スキルとは、個人が一つだけ所持する特殊能力の事を指し、その種類は多種多様である。例えば、聖騎士や魔導師などの〈戦闘型〉は、魔力を用いて特殊な剣技や魔法を扱う事が可能となり、魔物の討伐や治安維持の大きな手助けとなってくれる。

 一方で鍛冶や採掘、栽培や裁縫などの〈生産型〉には、戦いを有利に運ぶ能力はないが、その分野に通じる才能を発揮する事が可能となり、身の回りの生活基盤や国の経済力を向上させたりと、国の発展へ大きく貢献できるのだ。


「俺がここまで生きてこられたのも、ミナルお母さんや村の皆のお陰だもの。だから将来は皆を助けられるような人間になりたいんだ」

 クロードが決意を固めたように言う。辺鄙な村での生活は決して裕福とは言えず、村人達は自給自足のなかで慎ましい生活を送っている。


 村人は全員、作物や捕獲した鳥獣などを地方へ卸すことで収入を得ているが、それは決して多いとは呼べない額だった。それでも、村長を始めとする村の大人達は自分達の生活の一部を犠牲にしてまで、子供達の未来の為に鋭意努力している。その恩恵を受けている当人の一人でもあるクロードが、彼等へ恩返しをしたくなるのはごく自然の事だ。


 しかし、彼がそんな想いを抱く一方で、ミナルの顔色は優れないままだった。


「私はそんな事は気にしないで、出来ればクロードには自由に生きてもらいたかったんだけどね」

「何言ってるのさお母さん。お母さんのお陰で俺はもうとっくに自由に生きてるよ?」

「...そうだね。それはそうと、今日も素振りをするのかい?」

「もちろん。皆を守る為には力を付けないといけないからね!」

 クロードが嬉々として告げると、家の敷地内にある使い古しの木剣を持ってくる。彼は村の畑仕事を終えると、決まって、木剣の素振りを続けていた。


「クロード。皆の為に頑張るのは良いけど、あまり無茶な事はしちゃ駄目よ?」

「大丈夫だってミナルお母さん。俺、選定の儀では絶対に”勇者のスキル”を引き当ててみせるから!」

 豪語するクロードだったが、すぐにミナルが小さくため息を吐いた。

「またあんたはそんな事を言って...スキルは狙って引き当てられるものではないのよ?」

「うっ、それはそうなんだけどもさ」

 正論をつかれて肩を落とすクロード。しかし、頑なに剣を手放さない横顔に諦念はなく、ミナルはそれに刮目するしかなかった。


「...そんなに勇者になりたいのかい?」

「うん!俺は将来は『勇者クロウ』みたいな人になりたいんだ!」

 掌を強く握り締めるクロード。彼の掌には胼胝やマメが幾つも出来ており、畑仕事や木剣の素振りで身に付いたものである。それらの努力はひとえに、彼が憧れている人物へ近づくためであった。


「ねえクロード。こんな事を言うのは何だけども、無理に選定の儀を受けなくても良いんじゃないかい?」

「えっ?」

 忽然と告げる母の言葉に首を傾げるクロード。

 選定の儀で優秀なスキルを授かる事は、この村に大きく貢献出来る足がかりとなるのに、何故そんな事を言うのか?


 そんな疑問を抱える彼に、ミナルが憂いを帯びた表情で告げる。


「だってね、仮にクロードが勇者のスキルを授かったとしたら、この国の為に各地を回らないと行けなくなるでしょう?私はそれが心配なのよ」

 

 勇者のスキルは通常のスキルとは扱いが異なり、国が最も重要視するスキルの一つでもあった。大昔から伝えられている英雄の力は大きく、国はスキル発現者へ各地に蔓延る魔物の討伐を義務付けていた。


 ──救世の旅である。


 そんな英雄の一人に選ばれたとなれば、同じ村に住まう人々は鼻が高い気持ちにあるかも知れないが、母親であるミナルからすれば心配事の方が勝っていた。

 そんな母へクロードが屈託のない笑顔を向ける。

「大丈夫だよお母さん。その為に毎日木剣を振るったり、狩猟に出て腕を磨いてきたんだから。それに仮に戦闘型のスキルを授かれなかったとしても、別の形でこの村に恩返しをするつもりだからさ」


 物心付いた頃から、この気持ちは変わっていない。

 自分を突き動かすものは、常に誰かの力になりたいという毅然たる意思だ。


 そんな彼の意思を目の当たりにして、ミナルがそれ以上言及する事はなかった。その代わりと言わんばかりに、息子への愛情を伝える。

「...あなたは本当に優しい子ね」

「わっ、だから子供扱いしないでってば」

 再び頭を撫でられたクロードが戸惑う。全く嫌な気持ちはないが、こう何度も子供扱いされては気恥ずかしいものがある。


 ミナルがその様子に小さく笑いを零す。


「それじゃあ、クロードの人生が良いものになるように、お母さんがお守りをあげる」

「お守り?」

 首を傾げる彼の元へ、一つのペンダントが差し出される。


 ペンダントには碧色をした宝石が施されており、澄み渡る海のように綺麗なものだった。


「わあ...!凄く綺麗なペンダント。本当に貰っていいの?」

「ええ、これをいつも首から下げておきなさい。きっとクロードの助けになってくれるはずよ」

「うーん、よく分からないけど...有り難く貰っておくね。ミナルお母さん、ありがとう!」

 満面の笑みで喜びを示す我が子を見て、ミナルが一層柔らかな笑みを浮かべる。この二人の血が繋がっていないと言ったところで、村の住人以外には信じてもらえないだろう。


 二人が親子睦まじく過ごしていると、土手の向こうから甲高い声が届く。

「あっ!クロードってば何か貰ってる!」

 不躾に指を差してそう言ったのは、綺麗な茶髪と黒い瞳をした少女だった。

「げっ、レイラ」

「失礼ね!『げっ』てなによ、『げっ』って」

 レイラがクロードに詰め寄る。

 幼い顔立ちと小柄な体格からは想像も付かないが、歳はクロードと同じく十四を迎えており、彼とは幼馴染の間柄にあった。



「こんにちはレイラちゃん、今日も元気そうね」

「こんにちは!ミナルおばさん。元気なのは私の取り柄の一つでもありますから」

 元気に挨拶を交わすレイラ。その仕草は彼女の笑顔と相まって、その場の雰囲気を明るくするものだった。


「取り柄の一つって...元気しか取り柄がないの間違いじゃないの?」

「何か言った?」

「いたたた、頬をつねらないでよ」

 軽口を叩く幼馴染の頬をつねるレイラ。

「あらあら」

 その光景を眺めながらミナルが小さく笑いをこぼす。クロードの母であるミナルにとって、こうして息子と歳の近い子が分け隔てなく接してくれるのは有り難い事であった。


「それでレイラちゃんは今日はどうしたの?」

「特に用事があるってわけではないんですけど、どっかの誰かさんが悪さしてないか気になっちゃいまして」

「誰かさんって誰のことさ」

「あんた以外にいる?」

 薄目でクロードの方を見るレイラ。すぐに彼が首を振るう。


「俺は別に悪さなんかしてないよ」

「ふーん、つい最近無茶して勝手に森の魔物と戦って、村の皆からこっ酷く叱られたのは誰だったかしら?」

「うっ...」

 図星を突かれて肩を上下するクロード。彼は以前に、村の皆へ早く恩返しがしたかったという理由から、一人森に入って魔物と戦った事があった。

 その際は運良く魔物が弱い個体であった事もあり大事には至らず、後から駆けつけた村の大人達によって討伐されたのだが、村に戻ったクロードは大人達から厳しい叱責を受ける事となった。


「確かにあの時は悪いことをしたと思ってるよ。でも、どうしても早く皆に恩返しがしたかったんだ」

 バツが悪そうに頭を掻くクロード。そんな彼の胸にレイラが指を突き立てた。

「そんなこと言って死んじゃったら元も子もないでしょ。あんたに何かあったらミナルおばさんが心配するし、それに...私だって...」

 レイラが目を逸らす。彼女の言葉は、最後の方は聞き取れない声量だった。


「ん?私が...何だって?」

「う、うっさい!とにかく、もうあんな無茶はやめてよね!」

「わ、分かってるって。もうあんな無茶はしないよ」

 肩を落として頷くクロード。その様子から彼が十分反省している事は見て取れた。


「ふん、分かればいいのよ。それよりさっきから気になってたけど、そのペンダントはどうしたのよ。何かミナルおばさんから貰っていたけども」

「お守りだってさ」

「へえ!凄く綺麗な宝石ね。ちょっと近くで見せてよ」

 碧い宝石を見て目を輝かせるレイラ。まるでお宝を見つけた子供のような反応である。

「いいけど、壊さないでよ?」

「そんな事しないわよ。私はこう見えても賢者を志しているんだから」

「いや、別に賢者は関係なくない?」

「うっさい!」

 仲睦まじくやり取りを交わすクロードとレイラ。そんな二人の様子を、遠くから眺めるミナルの姿があった。


「勇者、そして賢者...か。人は所詮、神が定めた盤上の駒に過ぎないのかしらね...」

 見上げた空を二羽の鳥が飛び交う。その羽ばたきは何処までも自由なものだが、次第にその姿が見えなくなると、そこにはただ空虚な空が広がるだけである。


 この翌年、彼女はクロードの選定の儀を待つまでもなく、流行り病でこの世を去る事となった。


 魔力とはスキルを使用する上で欠かせない媒体のことで、いわばエネルギーのようなものを指す。人は活動する上でエネルギーを消費し続けるように、ハルジオンに生きる人々は誰もが魔力を持っているのだ。魔法とは魔力を使って発動する超常現象の一つであって、これも特殊能力の一端に過ぎない。


 選定の儀とは、そんなスキルを覚醒させるための儀式であり、帝都の教会本部にある女神像の前で祈りを捧げる事で、初めてスキルの発現が可能となる。儀式は教会の最高権力者である教皇が執り行い、一定額の献金さえ納めていれば誰でも受ける事が出来る。

 さらに、儀式は成人を迎えた後でも随時受ける事ができ、成人直後に献金が間に合わなかった者でも後からスキルを授かる事が可能である。それはここカカオット村も例外ではなく、古くから村人達は教会へ献金を収め続けているので、おかげで村の子供達は選定の儀に参加する権利を得ているのだ。


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