第99話 封印失敗!大悪魔現る
「急いで!急いで!」
私たちは必死にライトダンジョンへ向かって走っていた。
デビィが私の肩に止まって、小さな鍵を大事そうに抱えている。
「間に合うかなあ…」
「大丈夫よ、デビィ君!」
でも正直、とても不安。
さっきから空が暗くなってきているし、なんだか不気味な風が吹いている。
「お嬢様、結界の震えがさらに激しくなってます!」
セレーナが振り返りながら叫ぶ。虹色の髪が風でなびいて、とても心配そう。
「プルルン!プルルルン!」
スライムキングも一緒に来てくれている。友達のデビィを助けたいのね。
ライトダンジョンの入口に到着すると、既に冒険者ギルドの人たちが避難誘導をしていた。
「ルナ様!危険です、近づかないでください!」
ギルドマスターが慌てて止めようとするけれど—
「大丈夫です!封印の方法が分かったんです!」
私たちは急いでダンジョンの最深部へ向かった。
でも、昨日とは全く違う雰囲気。
通路全体が薄暗くて、壁からは黒いオーラのようなものが漂っている。
「うわあ…なんだか怖いですわね…」
カタリナが私の腕にしがみついてくる。
いつもの完璧お嬢様も、さすがにこの雰囲気には動揺している。
「ここまで魔界の影響が…」
エリオットが壁の変化を観察している。
そして最深部に着くと—
「あああ!もう遅い!」
デビィが絶望的な声を上げる。
魔法陣の中央の閉じたはずの黒い穴が、昨日の3倍くらいの大きさになっていた。
そこからは真っ黒な煙がもくもくと立ち上って、低い唸り声が聞こえてくる。
「グオオオオ…グルルルル…」
「まだ完全には現れてないわ!急いで鍵を!」
私はデビィに声をかけた。
「う、うん!」
デビィが震える手で鍵を魔法陣の中央に向かって飛んでいく。でも—
「グオオオオオオ!!」
突然、黒い穴から巨大な手が現れて、デビィを掴もうとした!
「デビィ君!」
「キャー!」
間一髪、デビィは手を逃れたけれど、鍵が宙に舞い上がってしまう。
「鍵が!」
エリオットが『軌道修正』の魔法で鍵の軌道を変えようとするけれど、黒いオーラに阻まれて上手くいかない。
「『花咲の魔法』!」
カタリナが光の花びらで黒いオーラを払おうとするけれど、これも効果が薄い。
その時—
「グオオオオオオオ!!」
ついに大悪魔の頭が黒い穴から現れた。
「うわああああ!でっかい!」
大悪魔は私たちの想像をはるかに超える大きさだった。
頭だけでダンジョンの部屋いっぱい。真っ赤な目が爛々と光って、口からは炎が漏れている。
「人間ども…よくも我を封印してくれたな…」
大悪魔の声がダンジョン全体に響く。
「あの…すみません…」
デビィが小さな声で謝る。
「デビィよ…お前のせいで我がこの世界に来ることができた…褒めてやろう…」
「え?褒める?」
なんだか話が違う?
「我は魔界第三位の大悪魔、ベルゼポンプ様だ!この世界を我が支配下に置いてやろう!」
「ちょっと待って!」
私は前に出た。
「あなた、本当に悪いことをするつもりなの?」
「当然だ!人間ども、我の前に跪け!」
ベルゼポンプが咆哮する。でも、なんだか演技っぽい?
「ふみゅ…ふみゅみゅ?」
ふわりちゃんが首をかしげている。
彼女の直感は鋭いから、きっと何か感じ取っているのね。
「プルルン?」
スライムキングも困惑している。
その時、私は気がついた。
この大悪魔、よく見ると目が泳いでいる。まるで台本を読んでいるような…
「あの、ベルゼポンプさん?」
「様をつけろ!」
「ベルゼポンプ様、もしかして…初めてこっちの世界に来たの?」
「な、なんだと?」
大悪魔の声が少し上ずる。
「やっぱり!あなた、本当は世界征服なんてしたくないでしょ?」
「ば、馬鹿な!我は大悪魔だぞ!悪いことをするのが仕事だ!」
でも声がどんどん弱々しくなっている。
「デビィ君、ベルゼポンプ様って普段どんな方なの?」
「えっと…実はベルゼポンプ様は魔界一の心配性で…みんなの面倒見がとても良くて…」
「デビィよ!余計なことを言うな!」
ベルゼポンプが慌てる。
「あら、優しい方なんですのね」
カタリナが微笑む。
「そ、そんなことはない!我は恐ろしい大悪魔だ!」
でも、もう完全にバレバレ。
「ベルゼポンプ様、もしかして魔界のみんなに『人間界を征服してこい』って言われて、仕方なく来たんじゃない?」
私の言葉にベルゼポンプがビクッとする。
「そ、そんなわけ…」
「図星ですわね」
カタリナがクスクス笑う。
「うう…実は…その通りだ…」
ついにベルゼポンプが白状した。
「魔界の長老たちに『たまには人間界でも悪さをしてこい』って言われて…でも僕、人を困らせるの苦手なんだ…」
急に普通の口調になった。
「やっぱり!」
「でも、魔界に帰ったら『何もしなかった』って怒られちゃう…」
ベルゼポンプがしょんぼりする。
こんなに大きいのに、なんだかとても可愛い。
「それなら、いいことを思いついたわ!」
私は手を叩いた。
「『悪魔改心薬』を作って、あなたを『改心した悪魔』にしちゃえばいいのよ!」
「え?」
「そうすれば、魔界に帰った時に『人間に改心させられた』って言い訳ができるじゃない!」
「それは…名案かもしれない!」
ベルゼポンプの目がキラキラ輝く。
「でも、お嬢様…そんな薬作れるんですか?」
セレーナが心配そうに尋ねる。
「もちろんよ!『善意の花』『反省の石』『新しい心の水』を組み合わせれば…」
私はさっそく錬金術道具を取り出した。
「ちょっと待ってください、ルナさん。ここで実験は危険では?」
エリオットが止めようとするけれど—
「大丈夫よ!ベルゼポンプ様も協力してくれるもの!」
「そ、そうだ!僕も手伝う!」
ベルゼポンプが嬉しそうに頷く。
私は急いで材料を調合し始めた。
『善意の花』をすり潰して、『反省の石』の粉末と混ぜて…
でも、相手が大悪魔だから、普通の分量じゃ足りないかも。
「よし、特別に強力にしましょう!」
私は『真心の結晶』も追加して、いつもより多めの魔力を注ぎ込んで—
「えいっ!」
ーーードッッカカカーーーン!!!
今度は虹色の大爆発!煙がダンジョン中に広がって、とても良い香りがする。
「きゃー!」
「うわあ!」
「グオオ?」
煙に巻かれてみんなが驚く中、私は満足そうに頷いた。
「完璧!『超強力悪魔改心薬』の完成よ!」
煙が晴れると、美しい虹色の液体ができていた。
「ベルゼポンプ様、これを飲んでください」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。きっと魔界のみんなも納得する『改心っぷり』になるわ」
ベルゼポンプが恐る恐る薬を飲むと—
「あ…あああ…」
急に涙を流し始めた。
「今まで悪いことばかり考えていた自分が恥ずかしい!これからは人助けをして生きていきたい!」
「完璧ね!」
でも、ちょっと効果が強すぎたかも。ベルゼポンプが感動で泣きじゃくっている。
「ありがとう、ルナ!君のおかげで新しい自分になれた!」
「どういたしまして。でも、これで魔界に帰れるわね」
「そうだ!デビィ、鍵を渡してくれ」
ベルゼポンプがデビィから鍵を受け取って、魔法陣の中央にさす。
「『マカイノトビラヨ、フウインサレヨ!』」
魔界語での封印の呪文が響くと、黒い穴がゆっくりと閉じ始めた。
「さあ、魔界に帰ろう、デビィ」
「うん!ルナ、みんな、ありがとう!」
デビィが手を振る。
「また遊びに来てね!」
「きっと来るよ!今度は友達として!」
二人が穴の中に消えていくと、魔法陣の光も消えて、ダンジョンは元の平和な雰囲気に戻った。
「やれやれ…今回も何とかなりましたわね」
カタリナがほっと息をつく。
「でも、まさか大悪魔が心配性だったなんて」
エリオットも苦笑い。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも安心したような声。
「プルルン♪」
スライムキングも嬉しそう。
「それにしても、お嬢様の『悪魔改心薬』、効果てきめんでしたね」
セレーナが感心している。
「えへへ、我ながら良い出来だったわ」
帰り道、私は満足そうに歩いていた。
今回も無事に解決できて良かった。
「ピューイ♪」
ハーブも嬉しそうに鳴いている。
でも、ふと気になることが。あの『悪魔改心薬』、人間にも効くのかしら?
「あ、そうそう。今度『天使召喚薬』っていうのも作ってみたいの」
「お嬢様…」
セレーナがまた頭を抱える。
でも、天使と悪魔が仲良くなったら面白そうじゃない?
そんなことを考えながら、私たちは平和な夕日の中を歩いて帰った。
きっとベルゼポンプとデビィも、魔界で元気にやっているでしょう。