第94話 冬至祭・雪の祭り
一年で最も夜が長い冬至の日、王都は光の祭りで溢れかえっていた。
石造りの建物という建物に魔法の灯りが飾り付けられ、広場には職人が丹精込めて作った氷細工がきらめいている。
「今年の冬至祭も素敵ですわね」
カタリナが感嘆の声を上げながら、光る氷の彫刻を眺めている。
今年のテーマは「希望の光」らしく、どの作品も暖かな光を放っていた。
「ルナさん、何か特別な出し物を考えているとお聞きしましたが?」
エリオットが少し身構えるような表情で尋ねる。
初めてこの祭りで錬金術の実演をすることになった。学院からの推薦だったけれど、正直とても緊張する。
「ふふふ!『光の花火錬金術』を披露する予定なの」
昨夜から準備していた特製の調合薬を、空間収納ポケットから取り出してみせる。
瓶の中で金色の液体がゆらゆらと揺れている。
「花火…ですか」
セレーナが不安そうな表情を浮かべる。彼女の直感は大抵当たるのよね。
「大丈夫よ!今度こそ完璧な仕上がりだから」
そう言いながら、私たちは中央広場の特設ステージへ向かった。
既に大勢の観客が集まっていて、みんな期待に満ちた表情をしている。
「ふみゅ〜♪」
肩の上のふわりちゃんが祭りの雰囲気を楽しんでいる。
今日は特別に小さな花冠を付けているの。とっても可愛い。
「ピューイピューイ!」
ハーブもポケットの中で興奮している。きっと美味しそうな屋台の匂いがするのね。
「それでは皆様、お待たせいたしました!」
司会の人が声を張り上げる。
「今年は特別に、王立魔法学院の錬金術研究で話題のルナ・アルケミお嬢様が初参加してくださいます!」
観客席から拍手が沸き起こる。初めての大舞台で緊張するけれど、やっぱり嬉しいわ。
ステージに上がると、兄の姿が観客席に見えた。隣にはハロルドも心配そうな顔で見守っている。
「今年は皆様に、光の花火をお見せします!」
私は錬金術セットをステージ上に並べ始めた。
『星屑の粉』『虹の雫』『光の結晶』、そして今回の目玉である『冬至の炎』。
「まず、星屑の粉と虹の雫を混ぜ合わせて…」
二つの材料を合わせると、美しい七色の煙が立ち上った。
観客席からおお、という感嘆の声が漏れる。
「次に光の結晶を加えて、魔力を込めた火で煮詰めます」
鍋の中でぐつぐつと煮える液体が、だんだん輝きを増していく。ここまでは完璧!
「そして最後に、冬至の夜にしか取れる特別な『冬至の炎』を…」
私が小瓶から青白い炎を注ぎ込んだ瞬間—
シューーーッ!
予想以上に激しい反応が起こった。鍋の中の液体が泡立って、みるみる膨れ上がっていく。
「あ、あれ?こんなはずでは…」
「ルナさん、鍋から何か出てきてますよ!」
エリオットが指差す先を見ると、鍋から光る何かがもこもこと這い出してきている。
「え、ええええ?」
それは光でできた小さな生き物たちだった。まん丸な体に小さな羽根が生えていて、ふわふわと空中を舞っている。
「ひかり〜♪」「きらきら〜♪」
光の妖精たちが可愛らしい声で鳴きながら、ステージを飛び回り始めた。
「これは…光の精霊ですわね」
カタリナが驚きながら分析している。
「でも、なんで勝手に生まれてきたのよ〜?」
私が困惑していると、光の精霊たちはどんどん数を増やして、ステージから観客席へと散らばっていく。
「きゃあ!可愛い!」「光ってる!」
でも観客の皆さんは大喜び。精霊たちは人の肩に止まったり、頭の周りを飛び回ったりして、会場全体を幻想的な光で包み込んでいる。
「お嬢様、これはこれで素敵な演出では?」
セレーナが慌てながらも、状況を前向きに捉えようとしている。
「そうね!でも、この子たちいつまで存在するのかしら…」
その時、光の精霊の一匹が私の鍋に戻ってきて、何かを訴えるように鳴いている。
「きらり〜♪きらり〜♪」
「どうしたの?」
精霊が指し示す方向を見ると—鍋の中で、まだ何かが調合されている!
「まさか、『冬至の炎』の効果で連鎖反応が起こってるの?」
ぐつぐつと煮立つ鍋の中から、今度は色とりどりの光の球体が浮き上がってきた。
「あ、あれはまさか…」
ーーーポンポンポン!
光の球体が次々と空中で弾けて、本物の花火のような光景を作り出した。金色、銀色、虹色の光が夜空に踊り、観客席からは歓声が上がる。
「すごいじゃありませんか!本当に光の花火ですわ!」
カタリナが上品に手を叩いて喜んでいる。
でも私の鍋は止まる気配がない。どんどん新しい光の精霊と花火を生み出し続けている。
「この調子だと、王都全体が光でいっぱいになってしまいますわ」
「それは大変!『光消し薬』を作らなくちゃ」
私は慌てて新しい材料を取り出した。『静寂の影』『消滅の水』『安らぎの粉末』を混ぜ合わせて—
「急いでください!精霊たちが街中に散らばってますよ!」
エリオットが心配そうに報告する。確かに、広場を越えて街の向こうまで光る点々が見える。
薬が完成すると、暗い夜のような香りが周囲に漂った。
「みんな〜、お家に帰る時間よ〜」
私が薬を霧状にして撒くと、光の精霊たちが「きらり〜♪」と名残惜しそうに鳴きながら、一匹ずつ光の粒子となって消えていく。
最後に鍋の暴走も止まって、ようやく静寂が戻った。
「やれやれ…」
でも観客席からは大きな拍手が響いている。
「素晴らしい!」「今年一番の出し物だ!」「あの光る妖精、また見たい!」
どうやら今回も結果オーライみたい。
「ルナ・アルケミお嬢様、ありがとうございました!」
司会の人が感激した様子で握手を求めてくる。
「今年の冬至祭は、間違いなく歴史に残る素晴らしいものになりました」
ステージを降りると、兄が待っていた。
「お疲れ様、ルナ。今回は街全体が光の海になるかと思ったぞ」
「でも結果的には成功だったでしょ?」
「まあ、そうだな。観客も喜んでいたし」
ハロルドも安堵の表情を浮かべている。
「お嬢様、今回は比較的被害が少なくて何よりでした」
「失礼ね、被害だなんて」
でも確かに、今回は誰も怪我しなかったし、街も壊れなかった。私としては大成功よ。
帰り道、カタリナが不思議そうに首をかしげる。
「それにしても、なぜ光の精霊が生まれたのでしょう?」
「多分、『冬至の炎』の特殊な性質と、他の材料が予想外の化学反応を起こしたのね」
「化学反応…ですか?」
エリオットが興味深そうに聞く。
「あ~え~と……」
でも詳しく説明するのは面倒だから、話題を変えることにした。
「それより、来年はもっとすごい演出を考えなくちゃ!」
「来年も…ですか」
セレーナが疲れたような声を出す。
「もちろんよ!今度は『虹の雪』を降らせてみたいの」
「ピューイ…」
ハーブが不安そうに鳴く。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんは楽しそうだ。
その夜、屋敷に戻ると—
「お嬢様、今日使った鍋、まだ少し光ってますが…」
セレーナが心配そうに報告する。
確かに、実験用の鍋がほのかに光を放っている。
「きっと『冬至の炎』の残り火よ。明日には消えてるわ」
「本当に大丈夫でしょうか…」
まあ、きっと問題ないわよ。光るくらいなら可愛いものだし。
…でも念のため、明日は『光消し薬』を多めに作っておこうかしら。