第92話 雪玉と錬金術と暴走する雪だるま軍団
王立魔法学院の中庭は今日、雪合戦大会で大賑わいだった。
1年生から3年生までの全クラスが参加する、年に一度の冬の大イベントだ。
「ルナさん、どんな作戦でいきますの?」
カタリナが雪玉を作りながら尋ねる。
「普通の雪合戦じゃつまらないでしょ?秘密兵器を作って来たわ!」
私は空間収納ポケットから小瓶を取り出した。中には虹色に輝く液体が入っている。
「まさか、また実験薬ですか…」
エリオットが不安そうな表情を浮かべる。
「失礼ね!これは『雪玉強化薬』よ。雪玉の威力を3倍にする画期的な発明なの」
実は昨夜、屋敷の実験室でこっそり作ったのよ。『雪の結晶』『硬度の石』『弾力の草』を組み合わせて—
「お嬢様、昨夜の実験は成功だったのですか?」
そこにセレーナがお弁当を持ってやってきた。白い髪に雪の結晶が付いて、まるで雪の妖精みたい。
「もちろんよ!今度こそ完璧な出来栄えだったわ」
「…その言葉、聞き覚えがありますが」
セレーナが疑わしそうな目を向ける。失礼ね、今回は本当に完璧だったのに。
「それより、ハロルドはどこ?応援に来るって言ってたのに」
「ハロルド様は『お嬢様の実験薬が関わる以上、救護班の準備が必要』とおっしゃって、医療テントの設営をしております」
あら、ハロルドったら心配性なんだから。
「ふみゅ〜♪」
肩の上のふわりちゃんが嬉しそうに鳴く。雪景色が気に入ったみたい。ポケットの中のハーブも「ピューイピューイ!」と興奮している。
「では、作戦会議をしましょう」
エリオットが真剣な表情で地図を広げる。中庭は大きく4つのエリアに分かれていて、各チームが陣地を守りながら戦う形式となる。
「相手は3-Aの『魔導師団』と2-Bの『騎士団』、それに1-Bの『暗殺者組』ですわね」
カタリナが敵チームの配置を確認する。どのチームも強敵だ。
「よし、まず雪玉を作りましょう」
私は『雪玉強化薬』を雪にふりかけて、ぎゅっと固めた。すると…
「あら、普通の雪玉と変わりませんわね」
「えー?おかしいな、昨夜はちゃんと効果があったのに」
私が首をかしげていると、大会開始の合図が鳴った。
「とりあえず始めましょう!」
最初の相手は1-Bチーム。彼らは忍者のような動きで雪陰に隠れながら攻撃してくる。
「そっちがその気なら—『花咲の魔法』!」
カタリナが杖を振ると、雪の中から光る花びらが舞い上がり、相手チームの視界を遮った。
「今よ!」
私は『雪玉強化薬』をかけた雪玉を投げつけた。雪玉は真っ直ぐ飛んで—
ーーボカーン!
予想以上の大爆発が起こった。雪玉が当たった場所に巨大な雪のクレーターができている。
「え、ええええ?」
「ルナさん、これは雪玉強化薬ではなく爆発薬では?」
エリオットが青い顔をしている。
「あー、そういえば昨夜『弾力の草』を『爆発の草』と間違えたかも…」
「やっぱりですか…」
セレーナが遠くから呆れた声を上げている。
でも効果は抜群!1-Bチームは爆発の威力に驚いて、あっという間に降参した。
「よし、調子がいいわね!」
次の相手は2-Bの騎士団。彼らは重装備で、雪玉の攻撃をものともしない。
「普通の攻撃では通用しませんわね」
「なら、こっちも本気で行くわよ!」
私は空間収納ポケットから別の薬を取り出した。『巨大化薬』よ。
「今度は何ですの?」
「雪だるまを巨大化させて、騎士団を圧倒するの!」
私は急いで雪だるまを作り始めた。普通のサイズの可愛い雪だるまが完成すると、そこに『巨大化薬』をかける。
すると雪だるまが見る見るうちに大きくなって—
「わあああ!」
3メートルを超える巨大雪だるまの完成!
「すごいですわ!これなら騎士団も—」
でも、巨大雪だるまは私たちの方を振り返ると—
「あ、あれ?なんか目が光ってない?」
雪だるまの石で作った目が青く光り、突然動き出した!
「ユキダルマ…ユキダルマ…」
「しゃ、しゃべった!?」
巨大雪だるまは味方も敵も関係なく、手当たり次第に雪玉を投げ始めた。しかもその雪玉は私の爆発薬の効果で、当たるたびに大爆発!
「お嬢様!雪だるまが暴走しています!」
セレーナが慌てて駆け寄ってくる。
「どうして動き出したのよ〜!」
「きっと『巨大化薬』に魔力が含まれていて、雪だるまに生命を与えてしまったのですわ!」
カタリナが分析している……場合じゃない!巨大雪だるまは他の雪だるまたちにも影響を与えて、中庭の雪だるまが次々と動き出している!
「ユキダルマ軍団、出撃!」
「ユキダルマ〜!ユキダルマ〜!」
もう雪合戦どころじゃない。参加者全員が雪だるま軍団から逃げ回っている。
「ルナ、また何かやらかしたな」
兄が呆れ顔で現れた。
「違います!これは予想外の副作用で—」
ーードカーン!
私の隣に爆発雪玉が炸裂して、雪まみれになってしまった。
「ピューイー!」
ハーブがポケットの中で悲鳴を上げている。
「ふみゅー!」
ふわりちゃんも慌てている。
「どうしましょう、ルナさん!」
「えーっと、『雪だるま鎮静薬』を作ればいいのよ!」
私は慌てて錬金術道具を取り出した。『静寂の雪』『安らぎの氷』『眠りの水』を混ぜ合わせて—
「急いで! 雪だるまがこっちに来ます!」
エリオットが鋼の剣で雪玉を切り払いながら叫ぶ。
薬が完成すると、周囲に穏やかな夜のような香りが漂った。
「雪だるまさんたち、これを飲んで大人しくなって!」
私は薬を霧状にして周囲に撒き散らした。すると—
「ユキダルマ…眠い…ユキダルマ…」
雪だるまたちがゆっくりと動きを止めて、元の普通の雪だるまに戻っていく。
「やった!成功よ!」
でも気がつくと、中庭は雪だるまの爆発で大変なことになっていた。地面にはクレーターがいくつもあいて、雪は溶けて水浸し。
「これは…」
グリムウッド教授が現れて、惨状を見回している。
「ルナ・アルケミさん?説明していただけますか?」
「えーっと…実験の副作用で…」
「またですか」
教授の呆れ声が空に響く。
結局、雪合戦大会は中止になってしまった。でも、参加者のみんなは「今年は一番盛り上がった」と言ってくれたから、それはそれで成功よね?
「お疲れ様でした、お嬢様」
ハロルドが医療テントから出てきた。今回は怪我人がいなくて良かったわ。
「ところで、なぜ『巨大化薬』に生命を与える効果があったのでしょう?」
エリオットが疑問を口にする。
「あー、それなんだけど…『巨大化薬』を作る時に『生命の草』を間違えて入れちゃったの」
「やっぱりですか…」
セレーナの疲れた声が聞こえる。
「でも、結果的にすごいものができたじゃない!動く雪だるまなんて、世界初の発明よ」
「確かに学術的価値は高いかもしれませんが…」
カタリナが苦笑いを浮かべる。
その夜、屋敷に戻ると—
「お嬢様、明日は平和な一日にしませんか?」
セレーナが心配そうに言う。
「うーん、明日は『雪花栽培実験』をしようと思ってるのよ。絶対に安全よ」
「…その言葉、何度聞いたことか」
ハロルドが深いため息をつく。
「でも今回は本当に安全よ!花を咲かせるだけだもの」
「ピューイ〜」
ハーブが不安そうに鳴く。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも心配そうだ。
でも、予想外の展開があるから錬金術は面白いのよ。雪だるまが動くなんて、想像もしてなかったもの。
翌朝、中庭を見ると昨日の巨大雪だるまが一体だけ、まだそこに立っていた。でも今度は本当に動かない、普通の雪だるま。
きっと昨日の騒動を覚えているのかしら。なんだか友達みたいに見える。
「今度は一緒に遊ぼうね」
私がそう話しかけると、雪だるまの顔がほんの少し、笑ったような気がした。