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第9話 魔王城への道中と移動式実験室大作戦

「ルナ、その荷物は一体何なんだ……?」


出発から三日目の朝、勇者エドガーが呆然とした顔で私の荷馬車を見つめていた。


「あら、これ? 移動式錬金術実験セットよ!」


私が自慢げに指差したのは、普通の荷馬車を魔改造した代物だった。

車輪の側面には試薬棚、屋根には蒸留装置、後部には小さな炉まで設置されている。

見た目はもはや錬金術の実験室が馬車と合体したような奇怪な乗り物。


「……これ、本当に馬車として機能するの?」

暗殺者リリィが疑い深そうに車輪を確認している。


「もちろんよ! 移動しながら実験ができるなんて、効率的でしょう?」


「効率的というより危険なのでは……」

僧侶ミラが不安そうに呟く。


彼女の懸念はもっともだった。

なにしろ昨夜、キャンプで作った『携帯用回復薬』のテスト中に、テントが虹色に光って周囲一帯の動物たちが大騒ぎになったばかりなのだ。


「大丈夫よ! 今度は『走行安定化ポーション』を開発したから」


私が小瓶を取り出すと、中で青い液体がゆらゆらと光っている。


「それ、本当に安定化いたしますの?」


カタリナが心配そうに眉をひそめる。

彼女は昨夜のテント事件で、髪の先端がまた虹色になってしまい、朝からご機嫌斜めなのだ。


「信じて! 今回は絶対に——」


「ルナちゃんの『絶対に』は信用ならないって、もう学習したよ」


魔法使いマーリンが苦笑いしながら杖で馬車を叩く。

すると、設置された錬金術器具がカランカランと音を立てた。


「でも、理論上は完璧なのよ。馬車の振動を魔法的に中和して、実験中の薬品を安定させる——」


その時、馬車の馬が突然いななき始めた。


「おや、お馬さんたちも興味津々ね」


私が馬に近づこうとした瞬間——


——ドガガガガッ!


馬車全体が激しく揺れ始めた。

設置した実験器具が踊るように跳ね回り、試薬瓶同士がぶつかり合う。


「うわあああ! 何これ!?」

「馬が暴れてる!」

「ルナ、何をした!?」


混乱する一行の中、私は必死に『走行安定化ポーション』を馬車に振りかける。


「これで落ち着くはず——」


——バチバチバチッ!


青い電撃のような光が馬車を包み、今度は馬車自体が宙に浮き始めた。


「え……?」

「浮いてる! 馬車が浮いてる!」


リリィが指を差して叫ぶ。

確かに、馬車は地面から三メートルほど浮上し、ふわふわと空中で回転している。


「あら……安定化じゃなくて、浮遊化しちゃったのね」


私が冷静に分析していると、空中の馬車から色とりどりの煙が立ち上り始めた。


「おい、あれヤバくない?」

エドガーが右手を額にかざしながら見上げる。


「ルナさん、早く何とかしてくださいませ!」

カタリナが慌てて袖を引っ張る。


「分かったわ!『緊急着陸ポーション』を——」


私が次の小瓶を取り出そうとした時、空中の馬車からぽろぽろと何かが落ちてきた。


「あ、実験道具が……」


落下してきたのは、昨日仕込んでおいた『植物成長促進剤』の瓶だった。

地面に落ちて割れると、緑の液体が辺りに飛び散る。


「みんな、離れて!」


しかし、時すでに遅し——


——ボワァァァァッ!


周囲の草木が一斉に巨大化し始めた。

普通の雑草が人の背丈ほどに伸び、木々は見る見るうちに巨木となり、花は手のひらサイズまで巨大化。


「うおおお! 森がジャングルになった!」

「これじゃあ道が通れませんわ!」


空中でくるくる回る馬車と、ジャングル化した街道を見て、一行は完全にパニック状態。


「ルナ、責任取れ!」

「え、えーっと……『植物縮小化ポーション』なら——」

「もういいから、まず馬車を降ろして!」


マーリンが杖を振り上げ、魔法で馬車を強制的に地面に降ろそうとする。

しかし、私の『走行安定化ポーション』の効果が残っているらしく、馬車はまるでゼリーのようにぷるぷると揺れながら着地を拒否している。


「あ、分かった!『効果中和スプレー』があるわ!」


私が背負っていたリュックから新しい小瓶を取り出す。

透明な液体の中に、小さな泡がぷくぷくと浮いている。


「今度こそ大丈夫ですわよね……?」

カタリナの不安そうな声を聞きながら、私はスプレーボトルに液体を移し替える。


「えいっ!」


空中の馬車に向かって勢いよく噴射——


——シュワワワワッ!


今度は泡だらけの虹色の霧が立ち込め、辺り一帯がまるで巨大なお風呂のような状態に。


「もう何が何だか……」

ミラが頭を抱える。


しかし、効果はあったらしい。

馬車がゆっくりと地面に降りてきて、ドスンと着地した。

同時に、巨大化していた植物たちも元のサイズに戻っていく。


「やったわ! 成功よ!」


私が喜んで手を上げた瞬間——


——ボンッ!


最後に小さな爆発が起こり、私たち全員が泡まみれになった。


「……ルナ」

エドガーが泡を拭いながら、低い声で呟く。


「今度こそ、『普通の』馬車で行こう」

「え~、でもせっかく作ったのに……」


「却下」

リリィとミラとカタリナが同時に答える。


「でも、移動しながら実験できたら便利よ?」


「危険すぎます」

マーリンまで反対に回る。


「ちぇー……」


仕方なく、私は魔改造馬車から実験器具を取り外し始める。

ただし、小さな携帯用セットは密かにリュックに詰め込んでおいた。


普通の馬車に乗り換えて半日後、私たちは小さな村で休憩することになった。


「やっと平和な移動ができる……」

エドガーがほっと息をつく。


「本当に疲れますわね、ルナさんと一緒の旅は……」

カタリナも安堵の表情。


しかし、その平和は長くは続かなかった。


「あの……皆さん」


村の入り口で、一人の村娘が慌てて駆け寄ってきた。

「実は、村に病気が蔓延していて……誰か、お薬を作れる方はいらっしゃいませんか?」


私の目がキラリと光る。


「お薬なら、私にお任せを!」

「ルナ、まさか……」

「大丈夫よ! 今度は絶対に爆発させないから!」


勇者一行の不安そうな視線を背に、私は村の薬草園に向かった。


そして一時間後——


——ドッカーーーン!!


村の上空に巨大なピンクの雲がもくもくと立ち上り、甘い香りが村全体を包み込んだ。


「またか……」


一行の深いため息が、夕焼け空に響いたのだった。


「でも結果的に、村人の病気は全部治ったわよ?」

その夜、キャンプファイヤーを囲みながら私は胸を張った。

確かに、ピンク雲事件の後、村人たちは皆元気になり、感謝の言葉と共に食料を分けてくれた。


「治ったのはいいんだけど……全員の髪がピンク色になったのはどうなの?」

リリィがため息をつく。


「一週間で元に戻るわよ、きっと」

「『きっと』って何よ!」

「まあまあ、結果オーライということで……」


私がのんびりと答えていると、森の奥から奇妙な気配が近づいてきた。


「おや、誰かが来ますね」

マーリンが杖を構える。


現れたのは、黒いローブを纏った美しい女性だった。

長い黒髪、紫の瞳、そして背中には小さな黒い翼。


「あら……あなたたちが噂の勇者一行ね」


女性は優雅に微笑む。


「そして、村をピンク色に染めた錬金術師も一緒みたいね」

「え……まさか、あなたは……」


エドガーが身構える。


「私?魔王よ。魔王セレスティアと申します」

あっけらかんと名乗る魔王に、一行は唖然とする。


「あの……魔王様って、もっとこう……恐ろしい感じじゃないんですか?」

ミラが恐る恐る尋ねると、セレスティアは苦笑いした。


「皆さん、勘違いしてるようですが……私、別に世界を滅ぼそうなんて思ってませんのよ?」

「え?」

「最近、勝手に『魔王討伐』とか言われて困ってるんです。話し合いで解決できないかと思って、お会いしに来たんですが……」


魔王が常識人だった。


「あの……それじゃあ、戦わなくていいんですか?」

「戦う必要なんてありませんわ。それより——」


セレスティアの視線が私に向けられる。


「あなたの錬金術、とても興味深いですね。村がピンク色になる薬なんて、初めて見ましたわ」

「あ、あはは……あれは事故で……」

「事故でも、あれだけの効果を出せるなんて、相当の才能ね。もしよろしければ、私のお城で一緒に研究してみませんか?」


「え!」


突然のスカウトに、私は目を丸くする。


「魔王城には、珍しい魔法素材がたくさんあるんです。きっと面白い実験ができますわよ」

「それは……興味深いわね」


「ちょっと待て!」

エドガーが慌てて割り込む。


「魔王と仲良くなってどうするんだ!」

「でも、魔王様は悪い人じゃなさそうよ?」


「そうそう、私は平和主義者ですから」

セレスティアがにっこり笑う。

「それに、この錬金術師さんがいれば、きっと世界がもっと面白くなりそうですし」


「面白くって……」

カタリナが不安そうに呟く。


「あ、そうそう」

私が手を叩く。


「せっかくだから、魔王様に私の新作を試してもらいましょうか!」

「新作って……」


私がリュックから取り出したのは、『友好促進ポーション』と書かれた小瓶だった。


「これを飲めば、きっとみんな仲良くなれるわ!」

「それ、本当に大丈夫ですの……?」


一行の不安をよそに、私はセレスティアに小瓶を差し出す。


「ありがとうございます。いただきますわ」

セレスティアが一口飲むと——

「あら、美味しい。少し甘くて……って、あれ?」


次の瞬間、セレスティアの頬がほんのりピンク色に染まった。そして——


「みなさん、本当に素敵ですね! 特にルナさん、あなたって天才ですわ!」


急に親しげになって、私の手を握ってくる魔王。


「あ、ありがとうございます……」


「それから勇者さんも格好良いし、暗殺者さんも美人、魔法使いさんは博識、僧侶さんは心優しい! みんな大好きですわ!」


完全にテンションが上がった魔王が、一人一人に抱きついていく。


「これ……本当に『友好促進』なのですか?」

カタリナが青ざめて尋ねる。


「えーっと……多分、ちょっと効きすぎたのかも……」


「ルナさん、私もあなたのお友達になりたいですわ! 一緒に魔王城で実験しましょう!」

セレスティアが私の腕にしがみついている。


「あ、あはは……」


こうして、予想外の展開で私たちは魔王と友達になってしまった。


しかし、この『友好促進ポーション』の効果は一体いつまで続くのだろうか。

そして、魔王城での錬金術実験は、果たして無事に済むのだろうか。


——答えは、おそらく「NO」である。

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