第88話 王女様の舞踏会と爆発音ワルツの大披露
「お嬢様、今日は王女様の舞踏会の日ですが…」
セレーナが朝食後に虹色の髪をきらきらと輝かせて聞いてきた。
「そうなのよ。この間のダンスを披露しなくてはならないの」
「そこで、セレーナにお願い事があるのだけど」
「お願い事ですか?」
ー2時間後、王城ー
王女ノエミ・セレヴィア様の舞踏会
王宮の大広間は豪華なシャンデリアが煌めき、貴族たちが色とりどりのドレスに身を包んで集まっている。
私も久しぶりに正装用のドレスを着て、ふわりちゃんを肩に乗せて参加していた。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも特別におめかしして、小さなリボンを付けている。
その愛らしさに、すれ違う貴族たちが皆「まあ、なんて可愛い!」と声を上げていく。
「ルナさん、準備はよろしくて?」
カタリナが上品な笑みを浮かべながら近づいてくる。
彼女の赤茶色の縦ロールは今日も完璧で、深いブルーのドレスが蒼い瞳を一層美しく見せていた。
「う、うん…頑張るよ……」
正直、まだ信じられない。あの爆発音に合わせた謎ダンスが「革新的舞踏」として王女様の舞踏会で披露されることになるなんて。
「大丈夫ですわ。エリオット君も協力してくださいますし」
振り返ると、エリオットが少し緊張した表情で立っていた。
銀髪を整え、正装に身を包んだ彼はとても上品に見える。
「理論的には、音楽のリズムに合わせた身体の動きは、魔力の流れを活性化させる効果があるはずです」
さすがエリオット、どんな状況でも学術的な考察を忘れない。
その時、華やかなファンファーレが響いた。
「王女ノエミ・セレヴィア様のご入場です!」
会場がざわめく中、美しい金髪の王女様が優雅に現れた。
純白のドレスに身を包み、まさに絵本から抜け出してきたような美しさだ。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
王女様の澄んだ声が広間に響く。
「今宵は特別に、話題の『革新的舞踏』を披露していただく予定となっております」
えっ、もう紹介される!?
会場がざわざわと騒がしくなる。貴族たちの視線が私たちに集まってくるのが分かる。
「あの噂の…」「ローゼン家とアルケミ家が開発したという…」「一体どんなダンスなの?」
ひそひそ声が聞こえてくる。私の心臓はドキドキと高鳴っていた。
「では、ローゼン家のカタリナ様、アルケミ家のルナ様、シルバーブルーム家のエリオット様、どうぞ」
王女様が手を差し伸べて促してくださる。もう後には引けない。
「頑張りましょう」
カタリナが小さく声をかけてくれる。
「理論上は問題ないはずです」
エリオットも励ましてくれる。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも応援してくれている。
私たちは広間の中央に歩み出た。楽団が控えめに演奏を始める。普通のワルツの美しいメロディーだ。
でも問題は、爆発音がないことだった。
あのダンスは爆発音のリズムがあってこそ成り立つ。普通の音楽では、ただの変な動きになってしまう。
「緊張しますわね…」
カタリナが小さくつぶやく。会場の視線がますます集中してくる。
「大丈夫。秘策を用意しておいたから」
「?」
その時、会場の入り口から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「お待たせいたしました〜!」
振り返ると、セレーナが大きな革のバッグを抱えて駆け込んできた。
髪は相変わらず虹色で、魔力が高まっているのか、うっすらと光を放っている。
「セレーナ!」
「お嬢様ご要望の、適切な『音響効果』をご用意致します!」
彼女がバッグから取り出したのは、見慣れた錬金術の道具と材料だ。
「『音響爆発薬』を調合いたしました!安全で美しい音と光の効果を演出できます!」
素晴らしい!さすがセレーナだ。
「でも、ここで錬金術を?」
エリオットが心配そうに尋ねる。
「ご安心ください!バルナード侯爵様とメルヴィン副校長様のご許可をいただいております!」
見ると、会場の端でバルナード侯爵が興奮した表情で手を振っている。
隣にはメルヴィン副校長が「ショータイムじゃ〜!」と叫んでいる。
王女様も「興味深いですね」と微笑んでいる。
「それでは…始めます!」
セレーナが手早く調合を開始する。
彼女の手際は見事で、あっという間に美しい虹色の薬液が完成した。
「『音響爆発薬』、投入いたします!」
ーードーン♪ーー
美しい音色とともに、虹色の光の花が宙に咲いた。まるで花火のようで、とても上品だ。
「おおお〜!」
会場からため息のような歓声が上がる。
ーードン♪ドン♪ーー
続いて連続する美しい爆発音。私たちは練習通りにステップを踏み始めた。
右に跳んで、左に回って、くるりと華麗に舞う。爆発音のリズムに合わせた私たちの動きは、なぜか今日はとても優雅に見えた。
ーードドーン♪ーー
大きな音とともに、セレーナの調合から星屑のような光が舞い上がる。
その光に照らされて踊る私たちの姿は、確かに幻想的だった。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも肩の上でリズムを取って踊っている。
その可愛さに、会場の貴族たちがメロメロになっているのが分かる。
カタリナの『花咲の剣技』を応用した動きは、爆発音と光の効果と完璧に調和している。エリオットも理論通りの正確なステップで、全体のバランスを保ってくれている。
ーーパーン♪ドーン♪ドドドーン♪ーー
セレーナの調合もクライマックス。会場全体が虹色の光に包まれる中、私たちは最後の決めポーズを取った。
「…」
一瞬の静寂の後、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
「素晴らしい!」「これぞ革新的舞踏!」「美しい!」
貴族たちが口々に賞賛の声を上げる。
「まあ…なんて美しいダンスでしょう」
王女様も感動した様子で手を叩いてくださっている。
「音と光と踊りの完璧な調和…これは芸術です」
「お嬢様〜!大成功です!」
セレーナが嬉しそうに駆け寄ってくる。虹色の髪がキラキラと輝いている。
「やりましたわね、ルナさん」
カタリナも満足そうな笑顔だ。
「理論通りの結果でした」
エリオットもほっとした表情を見せている。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも得意げだ。
その後、舞踏会は大いに盛り上がった。
多くの貴族が私たちに「ぜひあのダンスを教えてほしい」と声をかけてきた。
特にバルナード侯爵は「これを王国の正式な舞踏として認定したい!」と大興奮で、メルヴィン副校長は「学院の体育大会でも披露してもらおう!」と張り切っていた。
「まさか爆発音ダンスが、こんなに評価されるなんて…」
私は今でも信じられない気持ちだ。
「でも確かに美しかったですわ。セレーナさんの調合技術と、私たちの連携があってこそですわね」
カタリナの言葉に、皆でうなずく。
「これも錬金術の力ですね」
エリオットが学術的な結論を述べる。
王女様からも「また機会がございましたら、ぜひ披露してください」とお声をかけていただいた。
こうして、思いがけず王宮で大成功を収めた私たちの「爆発音ワルツ」。
錬金術と友情、そして少しの偶然が生み出した奇跡の舞踏会だった。
帰り道、ふわりちゃんが満足そうに「ふみゅ〜」と鳴いているのを聞きながら、私は心から思った。
やっぱり錬金術って、人を幸せにする素晴らしい学問なのかもしれない。
こうして秋は少し冷たくなった風とともに去って行った。