第86話 侯爵令嬢の慈善活動と伯爵令嬢の薬草大暴走
「お嬢様、今日はどのような実験をなさるおつもりですか?」
朝食後、セレーナがを虹色の髪を靡かせながら、鋭く尋ねてきた。
「『植物成長薬』を改良して作ろうと思うのよ。薬草をもっと効率よく栽培できるようになるかもしれないし」
「それは素晴らしいアイデアですね。でも、くれぐれも爆発にはお気をつけください」
「ふみゅ〜」と肩の上のふわりちゃんが心配そうに鳴く。
「大丈夫だよ。爆発要素ないもの」
私は屋敷の中庭で実験の準備を始めた。
「今回の材料は『成長促進草』『土の精霊粉』『生命の雫』……」
ポケットの中で「ピューイピューイ」とハーブが興奮している。薬草の匂いが大好きなのだ。
「お嬢様、本当に大丈夫なんでしょうか?」セレーナが心配そうに見守っている。
「大丈夫!今度こそ完璧に作ってみせる」
私は小さな銅の鍋に材料を入れ、魔力を込めた火で温めていく。
すると、青緑色の綺麗な光が立ち上った。
「いい感じ!このまま10分ほど煮込んで……」
ところが、鍋から『ぼこぼこぼこ』という音が聞こえてきた。
しかも音がどんどん大きくなっている。
「あれ?おかしいな……」
その時、
ーーぽーーーんっ!!
という大きな音がして、虹色の煙が王都の空高く舞い上がった。
「お嬢様ああああ!」
煙が晴れると、アルケミ家の中庭の植物たちが全て巨大化していた。
バラが大木のように高く伸び、薬草が森のように茂っている。
「うわああああ!やり過ぎちゃった……」
「お嬢様!街の方からも声が聞こえてます!」セレーナが青ざめている。
確かに、遠くから人々のざわめきが聞こえてくる。どうやら虹色の煙は王都中の人々に目撃されたようだった。
「やばい……王都全体に迷惑をかけちゃったかも……」
その時、屋敷の門を激しく叩く音が響いた。
ハロルドが慌てて出迎えに行く。
「アルケミ家の方はいらっしゃいますか!?」
聞き覚えのある声だった。
やってきたのは、息を切らしたカタリナとジュリアだった。
「ルナさん!やはりあなたの実験でしたのね……」
「カタリナ!どうして……?」
「孤児院にいたときに、あの虹色の煙が見えましたの。そして街中の植物が一斉に巨大化し始めて……」
ジュリアが続ける。
「孤児院の薬草園も影響を受けて、子どもたちが大騒ぎになってしまって……」
「えええ!?王都全体に影響が……?」
「ルナさん、一体何をなさったんですの?」カタリナが厳しい表情で問い詰める。
「植物成長薬を改良しただけなんだけど……計算を間違えちゃって……」
事態の深刻さを理解した私は、カタリナと一緒に被害状況の確認に向かうことになった。
まず最初に向かったのは『光の園孤児院』だった。
「緊急事態ですから、特別にお連れしますわ」カタリナが厳格に言った。
「でも、これは私の慈善活動とは全く別の問題解決行動ですのよ」
孤児院に着くと、中庭の薬草園が完全にジャングル化していた。
巨大化したミントやバジルの間で、子どもたちが大はしゃぎしている。
「すげー!森みたい!」
「秘密基地だ!」
「カタリナお姉ちゃん、見て見て!」
困り果てたシスター・マルゲリータが私たちを迎えた。「カタリナさん、一体何が……」
「申し訳ありません、シスター。こちらルナさんの実験の影響でして……」
「はじめまして……本当にごめんなさい」私は深く頭を下げた。
子どもたちは私を見つけると興味深そうに集まってくる。
「お姉ちゃんがこの魔法使ったの?」
「すごいね!お姉ちゃん、肩の上の子可愛い!」
「ふみゅ〜」とふわりちゃんが翼をぱたぱた。子どもたちから「わあ〜」と歓声が上がった。
『みんな〜、楽しんでくれて嬉しいよ〜』
『一緒に遊ぼう〜』
巨大化した薬草たちの声が聞こえてくる。
「薬草たちも喜んでるから、危険はないと思う。多分3時間くらいで元に戻るはず……」
「3時間!?」カタリナが記録用のノートを取り出す。
「それまでこの状態が続くということですの?」
その時、王都の中心部から鐘の音が響いてきた。緊急事態を知らせる音だった。
「まずいですわね……王都全体に影響が及んでいるようですわ」
シスターが言った。「子どもたちは喜んでいますが、他の場所では混乱が起きているかもしれませんね」
私は責任を感じて立ち上がった。「私が責任を取って、王都を回って説明してきます」
「一人では危険ですわ。ご一緒させていただきますわ」カタリナが決然と言った。
それから2時間、私たちは王都を駆け回った。
商業地区では巨大化したプランターの植物に商人たちが困惑し、貴族街では庭園が一時的にジャングル化して執事たちが慌てていた。
しかし意外にも、多くの人々は巨大植物を楽しんでいた。
「わあ、いい香り!」
「子どもが喜んでるよ」
「こんな綺麗な花、初めて見た」
特に、巨大化したラベンダーから放たれるアロマ効果で、街全体がリラックスした雰囲気に包まれていた。
「不思議ですわね……混乱よりも、むしろ癒しの効果の方が大きいようですわ」
カタリナがノートにメモを取る。
ところが、市場近くで異変が起きた。
巨大化したローズマリーが『ぽんぽんぽん』と小さな爆発を始めたのだ。
「また香り爆弾!」
でも爆発からは更に濃厚なハーブの香りが広がり、市場の人々は「いい匂い!」と喜んでいた。
予想通り3時間後、王都の植物たちは全て元の大きさに戻った。
街にはまだ良い香りが残っていて、人々は名残惜しそうにしていた。
「まあ、結果的には王都全体のアロマテラピーになりましたわね」
カタリナがため息混じりに笑った。
孤児院に戻ると、子どもたちが私の周りに集まってきた。
「ルナお姉ちゃん、また来てくれる?」
「今度はどんな実験見せてくれるの?」
「えーっと……」
「今回は緊急事態でしたから特別でしたが」カタリナが厳格に言った。
「今後もし何かあるなら、必ず事前にご相談くださいませ」
「はい……本当にごめんなさい」
帰り道、カタリナが記録をまとめながら言った。
「今日の騒動と結果をまとめますと、『植物成長薬・改』は王都全体に効果が及ぶほど強力で、一時的に植物を巨大化させ、薬効成分を濃縮する効果がある、ということですわね」
「規模の計算を完全に間違えちゃった……」
「でも、王都の人々には概ね好評でしたし、新たな発見もありましたわ」
「次回は絶対に規模を抑えます」
「それと、ルナさん」カタリナが振り返る。
「今日のような緊急事態でなければ、私の慈善活動は私個人の時間です。それをご理解くださいませ」
「はい、わかりました」
「でも」カタリナが少し表情を和らげる。
「今日の子どもたちの笑顔を見ていると……機会があれば、正式にお誘いすることもあるかもしれませんわね」
肩の上でふわりちゃんが「ふみゅ〜」と鳴き、ポケットの中でハーブが「ピューイ」と返事をしている。
今日の実験は王都全体を巻き込む大事件になってしまったけれど、結果的にたくさんの人を笑顔にできた。
そしてカタリナの慈善活動についても、心の奥にある優しさを再認識できた。
次の実験では、絶対に規模を間違えないようにしよう。
でも、人々を笑顔にする実験は続けていきたい。