第84話 王女様のお茶会と記憶のすれ違い
王城での表彰式から一週間後、今度は薄紫色の美しい封筒が届いた。
王女様の個人的な印章が押されていて、明らかに格式の高いお手紙だ。
「お嬢様、王女殿下からのお茶会のご招待です!」
セレーナが興奮して封筒を持ってきた。虹色の髪がきらきらと輝いている。
「お茶会?王女様の?」
私は肩に乗ったふわりちゃんと顔を見合わせた。
「ふみゅ?」
ふわりちゃんも首をかしげている。
封筒を開けると、美しい筆跡でこう書かれていた。
『親愛なるルナ・アルケミ様
来る日曜日の午後、ささやかなお茶会を催します。
ぜひご参加ください。
ノエミ・セレヴィア』
「うわあ、本当に王女様からだ……でも、なんで私が?」
「ピューイ?」
ハーブも不思議そうに鳴いている。
その時、玄関から上品な足音が聞こえてきた。
「ルナさん、いらっしゃる?」
カタリナの優雅な声が響く。彼女は堂々とした様子で応接間に入ってきた。
「カタリナ!ちょうど良いところに!」
「あら?ルナさんも招待されましたの?私も王女様のお茶会に招待されましたのよ。ご一緒いたしませんこと?」
カタリナはいつものように落ち着いていて、全く緊張した様子がない。
とはいえ、王女様のお茶会なんて初めてだ。
どんな作法があるのか、何を話せばいいのか、全然わからない。
日曜日の朝、私は何度も服を着替えた。
結局、セレーナが選んでくれた淡い青のドレスに決めたけれど、緊張で手が震えている。
「ふみゅ〜、ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんが私を励ますように鳴いてくれる。この子だけでも一緒に来てくれて心強い。
カタリナと王城の門で待ち合わせたが、私とは対照的に彼女は堂々としていた。
「ルナさん、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわよ。ノエミ様はとてもお優しい方ですから」
縦ロールの赤茶色の髪を優雅に直しながら、カタリナが微笑む。
「カタリナは王女様とお知り合いなの?」
「ええ、社交界ではよくお会いしますもの。お茶会でもご一緒させていただいたことが何度も」
「侯爵家のお嬢様は違うのね。私なんて王女様とお話しするだけで緊張しちゃう」
「慣れの問題ですわ。ルナさんも以前にお茶会で一度ノエミ様にお会いしていますし、もう何度かお会いすれば、きっと自然にお話しできるようになりますのよ」
「えっ……?」
カタリナの落ち着いた様子だ。嘘ではない様だ。
私が忘れているだけか……?だいぶ失礼だな、私は。
二人で――といっても私だけがちがちに緊張しながら、王城の奥にある王女様の私室へと案内された。
「ノエミ王女殿下のお部屋です」
メイドさんが扉を開けると、そこは想像以上に可愛らしい部屋だった。
薄いピンクを基調とした家具に、美しい花々が飾られている。
「いらっしゃいませ、ルナ様、カタリナ様」
振り返ったのは、美しい金髪に青い瞳をした上品な少女だった。
確かに私たちと同じくらいの年齢に見える。
「は、はじめまして!ルナ・アルケミです!」
「ごきげんよう、ノエミ様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私は慌ててお辞儀をしたが、カタリナは完璧な社交界の作法で優雅にお辞儀をした。
「そんなに堅くならないで。私、ノエミです。今日は楽しくお茶しましょ。カタリナはいつも通り、リラックスしていてくださいね」
王女様は優しく微笑んでくださった。
でも、やっぱり王女様のオーラは独特で、自然と背筋が伸びてしまう。
カタリナだけは慣れた様子で、優雅に微笑み返している。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが私の肩から顔を出すと、王女様の目がぱっと輝いた。
「まあ!この可愛い子は?」
「あ、私のお友達のふわりちゃんです。ご迷惑でしたら……」
「とんでもない!とても可愛いわね。さあ、お座りになって」
美しいティーセットが並べられたテーブルに案内されて、私は恐る恐る椅子に座った。
カタリナは慣れた様子で、自然に椅子に腰掛ける。
「実は、ルナ様とは以前にもお会いしたことがあるのよ」
紅茶を注ぎながら、王女様がにっこりと微笑んだ。
「え?以前に?」
確かにカタリナが言っていたなぁ。でも、王女様とお会いした記憶が全然ない。
「ええ、確か去年の春の園遊会でしたわね。あの時、とても印象的でした」
「え、えーっと……」
私は必死に記憶を辿ろうとしたが、園遊会の記憶が曖昧だ。
確か行ったような気もするけれど……あれ?お茶会じゃなかったけ?
「あの時の爆発、本当に驚きました」
「ば、爆発?」
「ええ、ルナ様の錬金術の実演で、とても美しい虹色の煙が上がりましたでしょう?」
王女様が楽しそうに話してくださるが、私は全く覚えていない。
「あ、あはは……そ、そうでしたっけ?」
カタリナが優雅に紅茶を飲みながら、私を安心させるような視線を向けてくれる。
「その時、私はルナ様にお声をかけようと思ったのですが、周りに人だかりができてしまって……」
「あ、そうだったんですね……」
実は私、園遊会で錬金術の実演なんてした記憶がない。
もしかして、別の人と間違えていらっしゃるのかしら?
「あの美しい香りも忘れられません。バラと……何でしたっけ?」
「え、えーっと……」
私は適当に答えるしかなかった。
「ジャスミン、でしょうか?」
「ああ、そうです!ジャスミンでした!」
王女様が手を叩いて喜んでくださったが、私は冷や汗をかいていた。
「あの時の実験、とても勇気がいったでしょう?」
「は、はい……」
「皆さん最初は驚いていましたが、最後は大喝采でしたものね」
「そ、そうでしたね……」
会話がだんだん危険な方向に向かっている気がする。
私は覚えていない出来事について、適当に相槌を打つしかない。
「ふみゅ?ふみゅみゅ?」
ふわりちゃんが心配そうに私を見上げている。
「そういえば、あの時一緒にいらした方は?」
「え?一緒に?」
「ほら、銀髪の素敵な方が……」
「あ、もしかしてエリオット君のことでしょうか?」
適当に答えてみると、王女様が嬉しそうに頷いた。
「そうです!エリオット様!あの方もとても素敵でしたね」
カタリナが小さく私の袖を引っ張る。
でも彼女の表情は落ち着いていて、『大丈夫、私がフォローしますわ』という安心感を与えてくれる。
「あの時、私も錬金術に興味を持ったんですのよ。それで今日、お招きしたのです」
「そ、そうだったんですか」
「ええ。もしよろしければ、簡単な錬金術を教えていただけませんか?」
「え?こ、ここで?」
私は慌てた。王女様のお部屋で錬金術の実験なんて、とんでもない。
「大丈夫です。小さな実験でしたら、こちらの机をお使いください」
王女様が嬉しそうに机を指差す。
「で、でも、爆発したら……」
「あら、爆発も楽しみですわ。あの時のような美しい爆発でしたら」
王女様が期待に満ちた目で見つめてくる。
「ふみゅ〜……」
ふわりちゃんも困ったような声を出している。
結局、私は王女様の熱いリクエストに押し切られて、簡単な『香りの実験』をすることになった。
幸い、爆発もなく、ラベンダーの良い香りが部屋に広がって、王女様にはとても喜んでもらえた。
お茶会が終わって王城を出る時、カタリナが言った。
「ルナさん、本当に園遊会での実演されたのですか?」
「全然覚えてない……もしかして、私、記憶を失ってる?」
「いえ、多分……」
カタリナが苦笑いした。
「ノエミ様、きっと誰かほかの人と勘違いしてらっしゃるのよ。でも、ルナさんが合わせて話したから、楽しいお茶会になったじゃないですか」
「そ、そうかな?」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんが『よくできました』と言ってくれているような気がした。
後日、実際に園遊会の記録を調べてみると、その日私は体調不良で欠席していたことが判明した。
王女様は完全に別の人と勘違いしていらしたのだ。
でも、おかげで王女様との楽しいお茶会ができたし、結果オーライということにしておこう。
「記憶違いも、時には良いものね」
私は肩のふわりちゃんに話しかけた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも同感してくれているようだった。