第81話 秋の実りと予想外の大騒動
秋風が心地よい季節になって、王都では「秋の味覚錬金グランプリ」なる催しが開催されることになった。
メルヴィン副校長が企画した行事で、学院生が秋の味覚を使った錬金術で競い合うというものだ。
「お嬢様は何を作られるのですか?」
セレーナが虹色に染まった髪をかき上げながら尋ねてきた。
彼女の魔力上昇のおかげで、最近は実験の準備がとても楽になっている。
「うーん、やっぱりサツマイモかな?甘くて美味しいし、錬金術との相性も良さそうだもん」
私は肩に乗ったふわりちゃんを撫でながら答えた。
ふわりちゃんは「ふみゅ〜」と嬉しそうに鳴いて、小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせている。
「ピューイ!」
ハーブも私の足元でくるくる回りながら、サツマイモの話に興味深そうだ。
この子は薬草が大好きだけど、甘いものにも目がないのだ。
数日後、王都広場は色とりどりの屋台で埋め尽くされていた。
学院生たちが思い思いの秋スイーツを披露する特設会場が設けられ、観客たちが楽しそうに見物している。
「それでは皆さん、第1回秋の味覚錬金グランプリの開幕です!」
メルヴィン副校長の威勢の良い声が響き渡る。
相変わらずカラフルな服装で、まるでサーカスの団長のようだ。
「ルナさん、準備はできていますかしら?」
隣の屋台からカタリナが声をかけてきた。
彼女の前には美しいチョコレートケーキが並んでいて、まるで芸術品のような仕上がりだ。
「うん、大丈夫!今回の自信作を見ててよ!」
私は錬金術用の鍋に材料を投入し始めた。
サツマイモ、ハチミツ、そして秘密の材料である「活力の粉」を少々。
この活力の粉は、食べた人に元気を与える効果があるのだけど、量を間違えると……まあ、きっと大丈夫でしょう。
「ふみゅ?ふみゅみゅ?」
ふわりちゃんが首をかしげながら私の作業を見つめている。
この子も勘は鋭いから、もしかして何か気づいてるのかな?
魔力を込めた火で材料をじっくりと煮詰めていく。
すると、鍋の中で何かがもぞもぞと動き始めた。
「あれ?なんか材料が……」
突然、鍋の中からオレンジ色の物体がぴょんと飛び出した。
よく見ると、それは小さな足が生えたスイートポテトだった。
「え?えーっ!?」
私が驚いている間に、そのスイートポテトは屋台から飛び降りて、てくてくと歩き始めてしまった。
「ピューイピューイ!」
ハーブが慌てたように鳴きながら、逃げるスイートポテトを追いかける。
「あ、待って!戻ってきて〜!」
私も慌てて後を追いかけたが、そのスイートポテトは意外に足が速い。
観客の間を縫うように走り回って、会場中が大騒ぎになってしまった。
「きゃー!お芋さんが逃げてる!」
「可愛い〜!でも追いかけてくる〜!」
観客たちは最初こそ驚いていたが、だんだんと楽しそうな表情に変わっていく。
確かに、歩き回るスイートポテトなんて、めったに見られるものじゃない。
「セレーナ!手伝って!」
「承知いたしました!」
セレーナが先回りをして、スイートポテトの進路を塞ごうとする。
しかし、その小さな逃亡者は器用に避けて、さらに会場を駆け回った。
一方、カタリナの屋台では……
「さあ、皆様!私の特製チョコレートケーキをどうぞ!」
カタリナが自信満々に審査員たちにケーキを配っている。
その美しいケーキを一口食べた審査員たちの表情が、みるみるうちに変わっていった。
「なんて……なんて美味しい……」
最初はうっとりとした表情だったのだが、次の瞬間、ケーキを食べた審査員の周りに淡いピンクの花びらが舞い始めた。
「わあ!綺麗!」
観客たちが感嘆の声を上げる中、審査員たちの様子がさらに変わってきた。
どうやらカタリナのケーキに含まれていた糖分が、魔法と反応して予想外の効果を発揮しているようだ。
「踊りましょう〜♪」
「歌いましょう〜♪」
審査員たちが突然立ち上がって、踊り始めてしまった。
その楽しそうな様子を見て、観客たちも次々と踊りの輪に加わっていく。
「あらあら……」
カタリナも困ったような、でも少し嬉しそうな表情を浮かべている。
「ふみゅーっ!」
ふわりちゃんが突然人型に変化した。
真っ白なふわふわの髪と水色の瞳、小さな翼を持つ天使のような姿に、周りの人々がひざまずき始める。
「な、なんと神々しい……」
「天使様だ……」
「ふわりちゃん〜、人型になったんだね〜。でも今はスイートポテトを捕まえるのが先よ!」
「ふみゅ♪」
ふわりちゃんが小さく手を伸ばすと、逃げ回っていたスイートポテトがぴたりと止まった。
どうやら、ふわりちゃんの神聖な力で「本来あるべき姿」に戻されたらしい。
「やったー!ありがとう、ふわりちゃん!」
スイートポテトを無事回収した私だったが、会場はもはやお祭り騒ぎ。
カタリナのケーキの魔法的効果で、王都広場全体が巨大な踊りの会場と化していた。
「これは……まさに『砂糖漬けの街』ですね」
セレーナが苦笑いしながら呟く。
「まあ、結果的にみんな楽しそうだからいいんじゃない?」
私は歩くスイートポテトを抱えながら、踊り狂う人々を眺めた。
ハーブも嬉しそうに「ピューイ♪」と鳴いて、小さな体で踊っている。
結局、この日の「秋の味覚錬金グランプリ」は優勝者を決めることができないまま、王都全体を巻き込んだ大きなお祭りに発展してしまった。
後に史書には「王都砂糖漬け事件」として記録され、「カタリナ・ローゼンの奇跡により、一夜にして王都がスイーツフェスティバル会場と化した」と書かれることになった。
まあ、誰も怪我をしなかったし、みんな楽しそうだったから、結果オーライということで。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そうに鳴いて、また小さな姿に戻っていく。
きっとこの子も、みんなの笑顔を見て嬉しかったんだろう。
私たちの錬金術は、いつも予想外の展開を巻き起こすけれど、それもまた楽しい日常の一部なのだった。