第8話 勇者一行と運命の出会い
「お嬢様、街道に奇妙な一行が現れたそうです」
執事のハロルドが、いつもより慌てた様子で書斎に駆け込んできた。
私は手元の『万能解毒剤(試作7号)』の調合を一時中断して振り返る。
「奇妙な一行?」
「はい……自称『勇者』を名乗る青年と、その仲間たちが屋敷の前で『魔王討伐のため、錬金術師の協力を求む』と叫んでいるそうで……」
ああ、ついに来たか。
異世界転生もので定番の勇者一行との遭遇イベント。
胸がどきどきしてきた。
「それは面白そうね! すぐに会いに行きましょう」
「お嬢様、その手に持っているのは何ですか……?」
ハロルドの視線の先には、私が握りしめている試作中の解毒剤があった。
緑色にぼんやりと光り、時々ぷくぷくと泡を立てている。
「ああ、これ? 万能解毒剤よ。毒を中和するだけじゃなくて、体力回復効果も——」
「お嬢様、それを持ったまま外に出るのは……」
「大丈夫よ! 何かあった時のお守りみたいなものだから」
ハロルドの反対を振り切って、私は小瓶を握りしめたまま屋敷の玄関へ向かった。
屋敷の門前で待っていたのは、確かに「奇妙な」四人組だった。
まず目に入るのが、黒いマントを翻し、右手を額にかざしてポーズを決めている青年。
年齢は私とそう変わらないだろうに、なぜかものすごく厨二病くさい。
「くっ……我が右手が、また疼いている……」
うわあ、本当に言った。
隣に立つ女性——暗殺者風の黒装束なはずなのに……なんか派手——が呆れたようにため息をついている。
「エドガー、またその決めポーズ? さっきから三回目よ」
「うるさい、リリィ! 勇者たる者、常に格好良くあらねばならんのだ!」
派手な黒装束の女性——リリィが、今度は大げさに肩をすくめた。
「私たち、本当に魔王倒せるのかしら……」
その後ろでは、杖を持った白髭の老人が何やらぶつぶつ呟いている。
「ふむふむ、この屋敷の魔力反応は……おや、先ほどから妙な煙が……」
そして最後に、僧侶服を着た女性が一行を疑い深そうに見回している。
「本当にここの錬金術師が信頼できるの? また騙されるんじゃ……」
「あの……皆さん、お疲れ様です」
私が声をかけると、四人がいっせいに振り返った。
「おお! 君が噂に聞くルナ・アルケミか!」
厨二病勇者——エドガーが大げさに手を広げる。
その瞬間、私の手の中の解毒剤がぽこぽこと音を立てた。
「あら、この子ったら、新しい人に会って興奮してるのね」
私が小瓶を軽く振ると、中の液体がキラキラと光る。
「……その『この子』って何?」
リリィが眉をひそめる。
「万能解毒剤よ。毒を中和して、体力も回復する優れ物なの」
「ほう、それは興味深い」
白髭の魔法使い——名前をマーリンと名乗った——が杖でつんつんと小瓶を指す。
「その光り方、ただの解毒剤じゃありませんね?」
「えへへ、実は私オリジナルの改良を少し……」
その時だった。
マーリンの杖の先端が小瓶に触れた瞬間——
——パシィッ!
小さな電撃のような光が走り、私の手の中で解毒剤が激しく泡立ち始めた。
「あ、あれ? なんか様子が……」
「ねえ、それヤバくない?」
リリィが後ずさりする。
僧侶の女性——ミラも慌てて聖書を取り出した。
「え、えーっと、多分大丈夫だと思うけど……」
私が小瓶を見つめていると、中の液体がどんどん光を増していく。
そして——
——ボッカーン!!
今度は屋敷の庭全体を巻き込む大爆発。
緑色の煙が空高く舞い上がり、甘酸っぱい香りが辺り一面に広がった。
「きゃああああ!」
「うおおおお!」
「これは一体何事じゃ!?」
「ほ、ほら! やっぱり怪しかったのよ!」
四人の勇者一行が煙の中でてんやわんや。
私も慌てて手をひらひらと振る。
「だ、大丈夫よ! 解毒剤だから体に害はないわ!」
「害がないって問題じゃないでしょ!?」
煙が晴れてくると、勇者一行の姿が見えてきた——そして、私は目を丸くした。
「あ、あら……皆さん、なんだかとても元気そう……?」
確かに、爆発前はどことなく疲れた様子だった四人が、今はピンピンしている。
エドガーの右手は本当に光っているし、リリィの動きは以前より機敏、マーリンの魔力は輝きを増し、ミラの聖なる力もオーラとして見えるほど。
「これは……体力が完全回復している……?」
マーリンが驚嘆の声を上げる。
「それだけじゃない。魔力も聖なる力も、すべてが増強されてる」
ミラが手のひらに光の玉を作って確認している。
「すごい! なんかめちゃくちゃ調子いいわ!」
リリィがくるくると宙返りを披露する。
「くっ……これが、真の錬金術師の力か……」
エドガーが再び決めポーズ。
でも今度は本当に格好良く見える。
なぜなら本当に光ってるから。
「あはは……実は私も、こんなに効果があるとは思ってなくて……」
私は苦笑いしながら、空っぽになった小瓶を見つめる。
「でも皆さん、魔王討伐の旅をしてるのよね? 私にできることがあれば……」
「本当か!?」
エドガーが目を輝かせる。
「我々は確かに、優秀な錬金術師を探していた。君のような才能があれば——」
「ちょっと待って」
リリィが手を上げる。
「この人、確かにすごいけど……爆発させすぎじゃない? 旅の途中で毎回こんなことになったら……」
「あ、あはは……普段はもう少し控えめよ? 今日はたまたま、魔法使いさんの杖と反応しちゃって……」
「ふむ、確かに予想外の化学反応でしたな」
マーリンが髭をさすりながら頷く。
「しかし、結果的に我々の能力を大幅に向上させた。これは偶然とは思えません」
「そうですわね」
突然、後ろから聞き慣れた声。
振り返ると、カタリナが優雅に歩いてきていた。
相変わらず、完璧な縦ロールだ。
「カタリナ! どうしてここに?」
「爆発音が聞こえたので、心配になって……って、案の定でしたのね」
彼女はため息をつきながらも、勇者一行を見回す。
「皆さん、初めまして。私はカタリナ・ローゼンと申します。このルナさんの……監視役のようなものですわ」
「監視役!?」
「冗談ですわ。でも、ルナさんと一緒にいると、毎日がこんな調子ですのよ」
カタリナが苦笑いしながら説明すると、勇者一行は顔を見合わせた。
「……つまり、この錬金術師は常に爆発する、と?」
「でも効果は抜群、と?」
「危険だけど有能、と?」
「まあ、そんなところですわ」
カタリナがあっけらかんと答えると、私は慌てて手を振る。
「ちょっと待ってよ! 私だって、ちゃんと安全に実験することもあるのよ!」
その時、屋敷の方から執事のハロルドが慌てて駆けつけてきた。
「お嬢様! 今度は何を……って、お客様が……」
彼が勇者一行を見て、さらに庭の惨状を見て、深いため息をついた。
「……また庭の手入れが必要ですね」
「あ、あはは……ごめんなさい、ハロルド」
「いえいえ、もう慣れましたから」
ハロルドの達観した態度に、勇者一行はますます困惑顔。
「あの……この屋敷、毎日こんな感じなんですか?」
ミラが恐る恐る尋ねると、ハロルドは遠い目をして答えた。
「ええ、平穏な日は……月に二日ほどでしょうか」
「二日って!?」
「でも慣れると、意外と楽しいものですよ」
そんなハロルドの言葉に、私は胸を張る。
「そうよ! 毎日が発見と驚きに満ちているの! きっと魔王討伐の旅も、私がいれば退屈しないわよ!」
勇者一行は再び顔を見合わせ、そして……
「……面白そうじゃないか」
エドガーがにやりと笑った。
「確かに、普通の旅じゃつまらない」
リリィも悪戯っぽく微笑む。
「学術的にも興味深い」
マーリンが頷く。
「……神様、お許しください」
ミラが天を仰いだ。
「じゃあ、決まりね! 私も魔王討伐の旅に参加するわ!」
「ちょっと待ってください!」
カタリナが慌てて手を上げる。
「ルナさん、あなた一人で大丈夫ですの? 私も一緒に——」
「カタリナも来るの?」
「ええ。あなたを一人にしておいたら、世界が爆発してしまいそうですもの」
「世界は爆発しないわよ! ……多分」
「『多分』って何ですの!?」
こうして、予想外の展開で私たちの冒険の旅が始まることになった。
勇者エドガーと暗殺者リリィ、魔法使いマーリンに僧侶ミラ。
そして錬金術師の私と、監視役(?)のカタリナ。
「それじゃあ、出発の準備をしましょう! 旅に必要な薬や道具を——」
「お嬢様、それは『爆発しない』道具にしてくださいね」
ハロルドの切実な願いに、私は曖昧に笑って答えた。
「えー、でも爆発した方が効果的なのよ?」
「それが心配なのです!」
勇者一行の苦笑いと、カタリナの深いため息、そしてハロルドの諦めの表情に見送られ——。
私たちの魔王討伐への旅は、こうして幕を開けたのだった。
果たして世界は無事に済むのだろうか。
(多分、大丈夫……きっと)