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第78話 森の精霊たちの狂乱の秋祭り

仮装舞踏会が盛り上がりを見せていたその時、王都大広場の端にある『金色の酒場』から、やたらと賑やかな声が響いてきた。


「我こそは紅葉の精霊なりー!飲めや歌えやー!」

「あれ?あの声、何だか聞き覚えが……」


私は光るカボチャお面を小脇に抱えて、酒場の方角を見つめた。

肩に乗ったふわりちゃんも「ふみゅ?」と首をかしげている。


「ルナさん、あちらから妙な魔力を感じますわ」

カタリナが眉をひそめる。確かに、普通じゃない雰囲気が漂ってきている。


「ピューイ〜」

足元のハーブも不安そうに鳴いた。

小さなカボチャのアクセサリーがゆらゆらと揺れている。


「ちょっと様子を見に行ってみよう!」


私たちは酒場へ向かった。扉を開けると――


「うおおおお!秋だー!祭りだー!酒だー!」


そこは完全に異世界だった。


紅や黄金に輝く葉っぱの髪をした精霊たちが、テーブルの上で踊り狂っている。

栗の精霊らしき小さな生き物は大ジョッキを両手に持ってぐるぐる回っているし、きのこの精霊は帽子をくるくる回しながら歌っている。


「これは……森の精霊たちですわね」

カタリナが呆然と呟く。


「でも、精霊ってもっとこう、神秘的で厳かな存在じゃなかったっけ?」


「理論上はそうなのですが……」

エリオットも困惑している。


酒場の店主のおじさんは既に諦めた顔で、精霊たちにお酒を注ぎ続けていた。


「あー、お客さん!精霊さんたちが突然現れちゃって……どうしたらいいのやら……」

「我らは秋の恵みを祝いに来たのだ!」


一際大きな声で叫んでいるのは、見るからに紅葉の精霊らしき美しい女性だった。

赤や橙の葉っぱでできたドレスを着て、頭には小さな花冠を乗せている。


「そうだそうだ!祭りには酒が付き物だろう!」


どうやら森の精霊たちは、王都の仮装舞踏会に触発されて、自分たちも祭り気分になってしまったらしい。

でも選んだ場所が酒場だったせいで、完全に飲み会になってしまっている。


「あの、精霊さんたち……」

私が声をかけようとしたその時、栗の精霊が私を見つけた。


「おお!光る乙女よ!我らと共に踊らぬか!」


「え、でも私……」

「遠慮することはない!秋の夜は短いのだ!」


気がつくと、私は精霊たちに囲まれてテーブルの上に押し上げられていた。


「ふみゅー!」

ふわりちゃんも一緒に持ち上げられて、小さな翼をばたばたさせている。


「ピューイー!」

ハーブも慌てて跳び跳ねている。


「待って待って!私、踊れないよ!」

「案ずるな!酒が入れば誰でも踊れる!」


「私、お酒飲めません!」

「ならばこれを!森の恵みの果汁じゃ!」


差し出されたのは、きらきらと光る美しい液体だった。甘い香りがして、とても美味しそう。


「あ、ありがとう……」

一口飲んでみると、とても爽やかで美味しい。

まるで秋の森を歩いているような、清々しい気分になった。


「美味しい!これ、何の果汁ですか?」

「秘密じゃ〜」


きのこの精霊がにやりと笑う。


そんな私たちを見て、カタリナとエリオットも呆れ顔だった。


「ルナさんったら、もう完全に巻き込まれてますわね……」

「精霊との交流は貴重な経験ですが……」


「おお!美しき乙女たちよ!そなたたちも参加せぬか!」

今度は紅葉の精霊がカタリナたちに声をかけた。


「いえいえ、私たちは……」

「遠慮するでない!今宵は皆が友じゃ!」


結局、カタリナもエリオットも精霊たちのペースに飲み込まれてしまった。


「これは……予想外の展開ですわね」


「ピューイ♪」

ハーブは諦めたように鳴いている。


夜が更けるにつれて、精霊たちの宴会はますます盛り上がった。

紅葉の精霊は即興で詩を詠み始めるし、栗の精霊は手品を披露する。

きのこの精霊は踊りながら胞子をまき散らして、酒場中がきらきらと光った。


「ふみゅみゅ〜♪」

ふわりちゃんも楽しそうに鳴いている。

精霊たちはふわりちゃんの可愛さにメロメロになりながらも、何故かひれ伏すことはなかった。


「さすが精霊同士、格が違うのかしら……」

カタリナが感心している。


「そういえば、実験で使える材料とかありませんか?」

私が恐る恐る聞いてみると、精霊たちは目を輝かせた。


「おお!錬金術師よ!実は良いものがあるのじゃ!」

「しかし、それはお前が我らと朝まで飲み明かしてからじゃ!」


「朝まで!?」


結局、私たちは精霊たちと一緒に夜明けまで過ごすことになった。

といっても私は果汁しか飲まなかったし、カタリナとエリオットもお茶を飲んでいただけなので、酔っ払ったりはしていない。


でも精霊たちは違った。


朝日が昇る頃には、全員が酒場の床に転がって唸っていた。


「うう……頭が……」

「二日酔いじゃ……」

「我らとしたことが……」


普段は神秘的で高貴な存在のはずの精霊たちが、みんな情けない顔で転がっている光景は、なんだかシュールだった。


「あの、大丈夫ですか?」

「すまぬ……お前たちに迷惑をかけてしまった……」


紅葉の精霊が申し訳なさそうに頭を下げる。


「お詫びと言っては何だが……これを受け取ってくれ」

差し出されたのは、美しく光る紅葉の葉っぱだった。まるで宝石のように輝いている。


「これは……」


「『紅葉の涙』じゃ。年に一度しか採れない、秋限定の伝説級素材よ」

「え、そんな貴重なものを……」


「いや、受け取ってくれ。我らの馬鹿騒ぎに付き合ってくれた礼じゃ」


私は恐縮しながら『紅葉の涙』を受け取った。

手に取ると、ほんのりと温かく、心が落ち着くような感覚があった。


「これ、二日酔いにも効くんじゃない?」

なんとなくそう思って、苦しんでいる栗の精霊に『紅葉の涙』の欠片を分けてあげた。すると――


「おお!頭痛が治った!」

「本当じゃ!これは素晴らしい!」


他の精霊たちも次々と『紅葉の涙』を分けてもらい、全員がすっかり元気になった。


「これは二日酔い薬としても優秀なのですね」

エリオットが感心している。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも満足そうに鳴いた。


「ピューイ♪」

ハーブも嬉しそうだ。


「本当にありがとう、人間の娘よ」


紅葉の精霊が深々とお辞儀をする。


「また来年の秋も、よろしく頼むぞ」


「はい!でも次は酒場じゃなくて、森でお祭りしませんか?」

「それは良い考えじゃ!」


精霊たちは笑いながら、きらきらと光る粒子になって森へと帰っていった。


「いやー、思いがけない出会いだったね」

私が『紅葉の涙』を見つめていると、セレーナが慌てた顔でやってきた。


「お嬢様!夜通し行方不明になっていたと聞いて……」

「あ、セレーナ!心配かけてごめん!でも素晴らしい材料をもらえたよ!」


「……また実験ですね」

セレーナが苦笑いを浮かべる。虹色の髪がきらきらと光っていた。


こうして、予想外の精霊たちとの出会いで、私の秋はますます楽しくなった。


『紅葉の涙』を使った新しい実験が今から楽しみだ。きっとまた何か面白いことが起きるに違いない。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも同じことを考えているみたいで、小さく鳴いて微笑んだ。


王都の朝日が、私たちを優しく照らしていた。

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