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第74話 歌うハリネズミの大合唱

Tri-Order結成から三日後、私たちは初の調査任務に向かっていた。

王都から馬車で一時間ほどの草原地帯、そこに『歌うハリネズミ』の群れが住んでいるという。


「ルナさん、調査道具の確認をお願いしますわ」

カタリナが優雅に馬車の座席に座りながら、手帳を開いている。


「はい!錬金術キット、観察用の拡大鏡、それから…あ、これも重要ね」

私は空間収納ポケットから小さな瓶を取り出した。中には薄紫色の液体が入っている。


「それは何ですか?」

エリオットが興味深そうに覗き込む。


「『音響増幅薬』よ!魔物の鳴き声をより詳細に分析するために作ったの。これを耳に一滴垂らすと、聴覚が一時的に強化されるのよ」


「さすがルナさんですわね。準備が完璧ですの」


「でも、副作用はないんですか?」

エリオットが心配そうに尋ねる。


「大丈夫よ!前回の実験では、セレーナの聴力が三日間だけ異常に良くなっただけだから」


「それ、副作用じゃありませんの?」

カタリナが慌てたような声を上げる。


「ふみゅ〜?」

私の肩にちょこんと座っているふわりちゃんも心配そうに首を傾げた。


「大丈夫、大丈夫!今回はちゃんと調整したから」

実は少し不安だったけれど、研究のためには多少のリスクは必要よね。


目的地に到着すると、そこは見晴らしの良い草原だった。風に揺れる緑の草の中から、時々美しい鳴き声が聞こえてくる。


「♪ピルリリ〜、ピルリリ〜♪」


「まあ、本当に歌っているみたいですわね」

カタリナが感嘆の声を上げる。


「文献によると、この種族は群れで協調した鳴き声を出すそうですね」

エリオットがメモを取りながら説明する。


「よし、それじゃあ早速調査開始ね!まずは『音響増幅薬』を…」

私が瓶の蓋を開けた瞬間、強い風が吹いて中身が全部こぼれてしまった。


「あ…」


「ルナさん…」

「大丈夫よ!予備があるから!」


慌てて別の瓶を取り出したけれど、ラベルをよく見ると『実験用爆発液・危険』と書いてある。


「これは違うわ…あ、これね!」


三番目の瓶を取り出す。今度は『時間加速薬・未完成』だった。


「ルナさん、一度落ち着きましょうか」

カタリナが苦笑いを浮かべる。


「そうですね。まずは肉眼での観察から始めましょう」

エリオットの提案で、私たちは草むらに身を潜めた。


しばらく待っていると、草の間から小さな茶色い生き物がひょこひょこと現れた。

手のひらサイズのハリネズミで、背中の針が朝日を受けてキラキラと輝いている。


「可愛い…」


思わず声が出てしまった。


「♪ピルリリ〜♪」


ハリネズミが私たちに気づいて、美しい声で鳴いた。

すると、草むらの至る所から同じような声が響き始める。


「♪ピルリリ〜、ピルルル〜、ピルリリ〜♪」


「まるで合唱団みたいですわ」

カタリナがうっとりとした表情で聞き入っている。


私は魔物との意思疎通能力を使って、最初に現れたハリネズミに話しかけてみた。

《こんにちは。私たちはあなたたちのことを調べに来ました》


ハリネズミがきょとんとした表情で私を見つめる。


《あなたたち、どうして歌うの?》


「♪ピルリリ〜?ピルルル、ピルリリ!♪」

《ああ、お天気が良いから気持ちいいのね》


「何かわかりましたか?」

「えーっと、お天気が良いから歌ってるみたい」


「それだけですの?」

カタリナが拍子抜けしたような声を出す。


その時、草むらからもう一匹、少し大きなハリネズミが現れた。

こちらは背中の針が金色に輝いている。


《私はこの群れのリーダーです。人間の方々、何のご用でしょうか?》


おお、こちらの方がちゃんと会話できそう。


《私たちはあなたたちの生態を調査しています。学術研究のためです》

《学術研究…ふむ、それは興味深い。我々の歌声に興味がおありで?》

《はい!とても美しい歌声ですね》


金色のハリネズミが胸を張った。


《我々の歌声は特別なのです。聞く者の心を癒し、時には魔力を高める効果もある》


「魔力を高める効果?」

私が驚いて声に出すと、エリオットが身を乗り出した。


「どういうことですか?」


「このハリネズミさんが言うには、歌声に魔力増強効果があるそうよ」


「それは貴重な情報ですね!」

エリオットが興奮して羽ペンを走らせる。


その時、私のお腹がぐうぅと大きな音を立てた。朝食を抜いて調査に来たことを思い出す。


《あの、お腹が空いたんですけど、この辺りで何か食べ物は…》

《ああ、それなら甘い実がありますよ。ただし》


金色のハリネズミの目が少し意地悪く光った。


《我々の歌声コンテストに参加していただけるなら、ご案内しましょう》

《歌声コンテスト?》


「ルナさん、何をお話ししているんですの?」

「えーっと、歌声コンテストに参加すれば、甘い実をくれるそうです」


「歌声コンテスト?」

カタリナとエリオットが顔を見合わせる。


《人間の歌声も聞いてみたいのです。勝負しませんか?》


気がつくと、私たちは草原の真ん中で、数十匹のハリネズミたちに囲まれていた。

どのハリネズミも期待の眼差しでこちらを見ている。


「ど、どうしてこんなことに…」

エリオットが青ざめている。


「ルナさんが『面白そう』って言ったからですわよ」

カタリナが呆れたような声で言う。


「だって、貴重な研究機会じゃない!魔物と人間の音楽交流なんて、前例がないのよ」


《それでは、まず我々が歌います。よく聞いていてくださいね》

金色のハリネズミが指揮者のように前足を上げる。


「♪ピルリリ〜、ピルルル〜、ピルリリピルル〜♪」


美しい合唱が草原に響き渡る。

確かに聞いていると心が癒されて、体の奥から力が湧いてくるような感覚がある。


「本当に魔力が高まっているみたいですわ」

カタリナが驚いたような声を出す。


「僕も感じます。これは本当に貴重な発見ですね」


歌声が終わると、ハリネズミたちが期待の目で私たちを見つめる。


《さあ、次は人間の番ですよ》


「え、えーっと…」

私は慌てて空間収納ポケットを探った。確か、声を良くする薬があったはず。


「あった!『美声薬』よ」

小さな青い瓶を取り出す。


「ルナさん、今度は大丈夫なんですの?」

「もちろんよ!これは完成品だから」


自信満々で薬を飲み干す。


「♪あ〜あ〜♪」


試しに声を出してみると…なぜかものすごく低い声になった。


「♪あ〜あ〜♪」(超低音)


「ルナさん?」

「あれ?おかしいわね…」


私の声がオペラ歌手の男性のような重低音になっている。


「ラベル、間違えてませんの?」


カタリナが瓶を確認する。


「『美声薬』じゃなくて『美髭薬』って書いてありますわよ!」

「え?」


慌てて鏡を出して顔を確認すると…確かに薄っすらと髭が生えかけている。


「きゃー!」

「♪きゃー!♪」(超低音)


自分の声にさらに驚く。


《面白い魔法ですね》


金色のハリネズミが感心している。


《でも、歌声コンテストは続けましょう》


「待って!元に戻す薬を…」

慌てて空間収納ポケットを探るけれど、中身が混乱していてどれがどれだかわからない。


「えーい、これでどうかしら!」

適当な薬を飲んでしまう。


すると今度は声が異常に高くなった。


「♪きゃー♪」(超高音)

今度はソプラノ歌手みたいな声だ。


「ルナさん、もう薬はやめましょう」

カタリナが慌てて止めようとするけれど、時すでに遅し。


「大丈夫よ!もう一つ試してみるから!」

三つ目の薬を飲む。


「♪ど〜れ〜み〜♪」


今度は普通の声に戻った…けれど、なぜか歌うと虹色の煙が口から出てくる。


「♪ふぁ〜そ〜ら〜♪」


もくもくと色とりどりの煙が立ち上る。


《綺麗ですね!》


ハリネズミたちが感激している。


「これはこれで幻想的ですわね」

カタリナが苦笑いしながら言う。


「でも、髭はまだ残ってますよ」

エリオットが指摘する。


確かに、鏡を見ると立派な口髭が生えている。


「♪気にしない、気にしない〜♪」


虹色の煙をもくもくと吐きながら歌う。


結局、私の珍妙な歌声(虹色の煙付き)がハリネズミたちに大うけして、コンテストは私たちの勝利となった。


「♪ありがとう〜ございます〜♪」


虹色の煙と一緒にお礼を言うと、金色のハリネズミが嬉しそうに跳ね回る。


《人間の歌声は本当に面白いですね。特にその煙の演出は素晴らしい》


約束通り、ハリネズミたちは甘い実のなる場所まで案内してくれた。

その実は確かに美味しくて、疲れも一気に吹き飛ぶ。


「でも、ルナさんの髭はどうしますの?」


「あ、それなら解毒薬があるから…」

空間収納ポケットを探っていると、間違えて『実験用爆発液・危険』の瓶を落としてしまった。


「あ」


瓶が地面に落ちて割れる。


「みなさん、伏せて!」


ドッカーン!


大爆発が起こって、辺り一面に色とりどりの煙がもくもくと立ち上る。


「だ、大丈夫ですか?」

煙が晴れると、エリオットが心配そうに駆け寄ってくる。


「平気よ!でも…あれ?」

鏡を見ると、髭がきれいに消えていた。


「爆発の衝撃で髭が吹き飛んだんですのね」

カタリナが呆れたような、感心したような複雑な表情を浮かべる。


《爆発も素晴らしい演出でした!》

ハリネズミたちが拍手している。


「結果オーライってことかしら」


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも安堵したように手を振っている。


「ピューイ♪」

ハーブも嬉しそうに跳ね回った。


帰り道、馬車の中でエリオットが調査結果をまとめている。


「歌うハリネズミの生態について、非常に貴重なデータが取れましたね」


「そうですわね。魔力増強効果のある歌声だなんて、学術界でも話題になりそうですの」


「それに、人間との音楽交流が可能だということも証明できたし」


私も満足な気持ちで空を見上げる。


「ただし」


カタリナが厳しい目で私を見る。

「次回からは薬の管理をもう少し慎重にしていただけませんこと?」


「が、頑張ります…」


「特に、ラベルの確認は必須ですよ」

エリオットも苦笑いしながら言う。


「でも、結果的には大成功だったんじゃない?ハリネズミたちとも仲良くなれたし、貴重なデータも取れたし」


「確かにそうですが…」


「それに、爆発のおかげで髭も取れたし、一石二鳥よ!」


「それを狙ったわけじゃないでしょう?」


二人に突っ込まれながらも、私は今日の調査に満足していた。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも楽しそうに歌うような声を出している。


「次の調査も楽しみね!」


「今度はもう少し慎重にお願いしますわ」


「爆発はほどほどに」


二人の心配そうな声を聞きながら、私は次の実験のことを考えていた。

今度は『歌声記録薬』を作って、ハリネズミの歌声を薬として保存できないかしら。


きっと面白い研究になるはず。ただし、今度こそラベルの確認は忘れずにしよう。


Tri-Orderの初任務は、虹色の煙と大爆発付きで大成功に終わったのだった。

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