第71話 初めての冒険者ギルド
「ルナさん、おはようございます!」
学院の休日の朝、実験室で薬草の整理をしていると、カタリナが優雅に扉を開けて入ってきた。
続いてエリオットも現れる。
「おはよう、カタリナ、エリオット」
私の足元で、薬草ウサギのハーブが「ピューイ」と鳴いて二人に挨拶した。
茶色のふわふわした毛がとても可愛い。
「冒険者ギルドに行ってみませんか?」
「冒険者ギルド?」
私は手に持っていた薬草を思わず落としそうになった。
冒険者ギルド…その響きに、前世の記憶がよみがえる。
確か、読んでいたライトノベルにも出てきた。
主人公が異世界転生して、最初に向かう定番の場所。
「あ、ああ…そう言えば行ったことなかったなぁ、定番なのに」
思わず呟いてしまった。
「え?何か言いましたか?」
「あ、いえいえ!何でもないの」
慌てて手をひらひらと振る。危ない危ない、前世のことは秘密だった。
「ふみゅ?」
ふわりちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
「剣術大会で冒険者の方々の強さを見て、とても興味が湧きましたの。実際にギルドがどのような場所なのか見てみたいと思いまして」
確かに、大会で戦った冒険者の人たちは皆さん個性的で面白そうだった。
「僕も興味があります。工房の仕事で冒険者の方々から依頼を受けることもあるので」
「でも、学院生が冒険者ギルドに行っても大丈夫なの?」
「問題ありませんわ。見学は自由ですし、簡単な依頼なら学生でも受けられると聞いたことがあります」
「ピューイ!」
ハーブも賛成してくれているようだった。
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王都の冒険者ギルドは、無骨な石造りのこれまた頑丈そうな建物だった。
入口には『王都冒険者ギルド』と刻まれた看板が掛かっている。
中からは賑やかな声が聞こえてきた。
「うわあ、なんだか緊張する」
ハーブを抱っこして、私が扉の前で立ち止まっていると、カタリナが背中を押してくれた。
「大丈夫ですわ、ルナさん」
髪の中に居るふわりちゃんも「ふみゅ〜」と小さく励ましてくれているような気がした。
扉を開けると、想像以上に活気のある光景が広がっていた。
革鎧を着た冒険者たちがテーブルで酒を飲み、壁一面に貼られた依頼書を見上げる人、受付で何やら手続きをしている人。
「うわあ、まさに小説で読んだ通り…じゃなくて、想像していた通りね!」
まさに前世で読んだラノベそのままの光景。
異世界転生もののお約束シーンが現実になっているなんて、なんだか不思議な感じ。
「おお、学院の制服か。珍しいな。それに可愛いウサギじゃないか」
近くのテーブルにいた髭面の男性が声をかけてきた。
ハーブは「ピューイ」と愛想よく鳴いて、冒険者たちの注目を集めていた。
「あ、はい。見学に来ました」
「見学なら受付のメアリーに声をかけるといい。親切に説明してくれるぞ」
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受付カウンターには、明るそうな女性が立っていた。
「いらっしゃいませ!王立魔法学院の生徒さんですね。私はメアリー、ここの受付を担当しています。あら、可愛いウサギさんも一緒なのね」
「はじめまして。見学させていただきたくて。この子はハーブ、薬草ウサギです」
「薬草ウサギ!珍しいですね。ギルドでも魔物をパートナーとして連れている冒険者は多いんですよ」
「ピューイ!」
ハーブが嬉しそうに鳴いた。
「でも、せっかくですから簡単な依頼から体験してみませんか?」
メアリーさんが依頼書の束を見せてくれた。
「これは『薬草採取』の依頼です。王都近郊の森で『癒しの葉』を10枚採取してきてもらうお仕事。報酬は銀貨5枚です」
「薬草採取!」
私の目がキラリと光った。
薬草なら得意分野だ!しかも、これって異世界転生もののお約束第一歩のアレよね、
今更経験するとか、遅い気もするけど。
「あの、これって初心者向けの定番依頼ですか?」
「そうですね。安全で簡単な依頼として人気です」
やっぱり!前世で読んだ小説と全く同じパターン!
髪の中でふわりちゃんが「ふみゅふみゅ」と何かを言っているような気がしたけど、今は集中しないと。
「ルナさん、やる気満々ですのね。でもなぜそんなことを…?」
カタリナが不思議そうに首を傾げている。
「いえいえ、ただの勘よ!女の勘!」
慌てて誤魔化した。前世の知識なんて説明できるわけがない。
「でも安全な依頼ですし、学生さんにはちょうど良いと思います。ただし、登録が必要ですね」
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簡単な登録手続きを済ませると、私たちは立派な冒険者見習いになった。
「これが冒険者の証明書です。大切に保管してください。あと、貴族の方々なのですね。大変失礼いたしました」
「あ、いいんです。気にしないでください。口調も普通にいつものメアリーさんで問題ありませんから」
そして銅製の小さなプレートを受け取った。『見習い冒険者』と刻まれている。
「うわあ、本当に冒険者プレートよ!」
思わず感動してしまった。
前世で読んだ小説でも、主人公が最初にもらう大切なアイテム。
まさか自分が手にする日が来るなんて。
「ピューイピューイ!」
ハーブも一緒に喜んでくれている。
「ルナさん、そんなに嬉しいんですか?」
「だって、これで正式に冒険者の仲間入りよ!」
「まだ見習いですけどね」
エリオットが苦笑いしながらツッコミを入れた。そうそう、この流れも定番!
「それでは森の入口まではギルドの馬車で送ります。案内人もつけますので安心してください」
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王都近郊の『緑陰の森』は、名前の通り緑豊かで美しい森だった。
案内人のガーラント叔父さん(自称)は、ベテラン冒険者らしく森の知識が豊富だった。
「『癒しの葉』は葉っぱが薄い緑色で、触ると少しひんやりする。匂いを嗅ぐと爽やかな香りがするのが特徴だ」
「はい!」
私は張り切って森の奥へ向かった。
ハーブも元気よく跳ねながらついてくる。薬草の知識は自信がある。
もう何回も錬金術で使用しているものだし、きっとすぐに見つけられるはず。
髪の中のふわりちゃんも「ふみゅ〜」と小さく応援してくれているような気がした。
「ピューイ!」
ハーブが何かを見つけたようで、私の足元で鳴いている。
「あった!これですね?」
ハーブが示した場所にあった葉っぱを手に取ると、うん、ひんやりして爽やかな香りがしている。
「正解だ。さすが、薬草に詳しいな。ウサギも利口だ」
ガーラント叔父さんが感心してくれた。
「ピューイ!」
ハーブが得意そうに胸を張った。
その時だった。藪の中から小さな唸り声が聞こえてきたのだ。
「グルル…」
「魔物?」
私たちが身構えると、茶色の毛玉のような小さな生き物が顔を出した。
「あ、『森ウサギ』だ。基本的に無害だが、怯えているようだな」
確かに、小さなウサギは震えている。よく見ると、後ろ足に小さな傷があった。
「怪我してる!」
私は持っていた応急処置用の薬を取り出した。でも、ウサギは警戒して近づいてくれない。
「ピューイピューイ」
ハーブが森ウサギに向かって何かを伝えているようだった。
同じウサギ同士、通じるものがあるのかしら。
「ルナさん、例の特技を使ってみては?」
カタリナが提案してくれた。
そうだ、私は魔物との意思疎通ができるんだった。
「大丈夫だよ、怖くないから」
私が優しく話しかけると、ウサギの耳がぴくぴくと動いた。
「痛いの?治してあげるから、じっとしててね」
不思議なことに、ウサギは大人しく治療を受けてくれた。薬を塗ると、小さな傷はすぐに治った。
「ピューイ!」
森ウサギが嬉しそうに鳴いて、私の膝の上に飛び乗ってきた。ハーブと並んでとても可愛い。
「あらあら、懐かれてしまいましたね」
髪の中のふわりちゃんも「ふみゅ〜」と嬉しそうにしているような気がした。
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薬草採取を続けていると、治療した森ウサギとハーブが案内をしてくれるようになった。
二匹のウサギがまるで『癒しの葉』の在り処を教えてくれているようで、予定よりもずっと早く10枚を集めることができた。
「ピューイピューイ!」
ハーブと森ウサギが仲良く鳴き交わしている。まるでお友達になったみたい。
「君たち、なかなかやるじゃないか」
ガーラント叔父さんも満足そうだった。
「特にルナ、魔物との意思疎通は貴重な才能だ。冒険者として大いに役立つだろう」
「本当ですか?」
「ああ。多くの冒険者は魔物を倒すことしか考えないが、時には意思疎通の方が有効な場合もある」
帰り道、森ウサギは私たちを森の入口まで見送ってくれた。
ハーブと名残惜しそうに鼻を触れ合わせている。
「また会えるといいね」
私が言うと、森ウサギは「ピューイ」と鳴いて森の奥に帰っていった。
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ギルドに戻ると、メアリーさんが温かく迎えてくれた。
「お疲れ様でした!初めての依頼にしては上出来ですね」
「ありがとうございます。とても楽しかったです」
「報酬の銀貨5枚です。おめでとうございます、立派な冒険者の第一歩ですよ」
初めて稼いだお金を手にして、なんだかとても誇らしい気分だった。
「今度はもう少し難しい依頼にも挑戦してみませんか?」
「はい!ぜひお願いします!」
「ピューイ!」
ハーブも一緒に頷いていた。
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屋敷に帰ると、セレーナが玄関で待っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。それから、カタリナ様、エリオット様も」
「ただいま、セレーナ!冒険者ギルドはすごく楽しかったよ!」
「冒険者ギルド…ですか?」
セレーナの眉がぴくりと動いた。これはヤバいパターンの予感。
「見て、初めて自分で稼いだお金よ!」
銀貨を見せると、セレーナは優しく微笑んだ…が、その笑顔がなんだか怖い。
「素晴らしいことですね。でも、森で汚れた服は洗濯に出しておきますから。それから、土の匂いで屋敷が…」
「あ、ありがとう」
やっぱり。セレーナの現実的なツッコミは健在だった。
「ピューイ」
ハーブも少し申し訳なさそうに鳴いていた。
確かに、森で薬草を採ったり、ウサギの治療をしたりで、制服が結構汚れていたし、ハーブの毛にも葉っぱがついている。
「それから、夕食前にお風呂に入ってくださいね。森の香りがしますよ。ハーブちゃんもブラッシングが必要ですね」
セレーナの指摘通り、確かに森の葉っぱや土の匂いが服に付いている。
「冒険者って大変なのね」
「でも楽しかったでしょう?」
カタリナが笑いながら言った。
「うん!今度は違う依頼にも挑戦してみたい」
「ルナさんらしいですわ。でも危険な依頼は禁止ですよ?」
「分かってる。でも、魔物との意思疎通ができるなら、きっと役に立てる依頼があると思うの」
その夜、お風呂に入りながら今日のことを思い返していた。
冒険者ギルドは想像以上に面白い場所だった…というか、前世で読んだ小説そのままだった。
「まさか本当にあの通りの世界に来てるなんて…」
湯船に浸かりながら、改めて自分が異世界にいることを実感した。
髪を洗っている時、ふわりちゃんが小さく「ふみゅ〜」と鳴いた。
「でも、現実はもっと大変なのよね」
セレーナに怒られるし、服は汚れるし、お風呂に入らないと森の匂いが取れないし。
「明日はどんな一日になるかしら。でも、きっと新しい発見がありそう」
窓の外を見上げると、満月がとても綺麗に見えていた。
前世の世界と同じ月かしら?それとも違う世界の月?
それすら考える事をしなくなったぐらいには、馴染んでいたのね。
隣の部屋からは、ハーブの「ピューイ」という寝息が聞こえてくる。
今日は新しいお友達の森ウサギの夢でも見ているのかしら。
そんなことを考えながら、今日も一日が終わっていく。
異世界での冒険者デビューの記念すべき日だった。