第70話 王都剣術大会
王都の中央広場は、朝から信じられないほどの人出で賑わっていた。
剣術大会の会場には巨大な円形闘技場が特設され、観客席には色とりどりの旗や横断幕が揺れている。
「うわあ、すごい人!」
私は星輝の棍棒を抱えながら、その光景に圧倒されていた。
肩にはふわりちゃんがちょこんと止まり、反対側の肩にはハーブが鼻をひくひくさせている。
「ふみゅ〜」
「ピューイ」
二匹とも人の多さにちょっと緊張しているみたい。
参加者受付のテントには長い列ができていて、学院の制服を着た学生、革の鎧を身に着けた冒険者、きらびやかな騎士団の制服、そして普段着の一般市民まで、本当に様々な人たちが参加している。
「ルナさん、あちらに学院のテントがありますわ」
カタリナが月灯りの剣を腰に下げて指差した。
確かに王立魔法学院の旗が立てられたテントが見える。
「おお、君たちも参加するのか!」
振り返ると、クラスメートのレンブラントが手を振っていた。彼の隣には無口なマークもいる。
「みんなも参加するのね」
「ああ、せっかくの機会だからな。でも正直、優勝は難しそうだ」
レンブラントが苦笑いしながら闘技場を見回した。
確かに、参加者の中には明らかに場慣れした冒険者や、威厳のある騎士団の人たちがいる。
「でもルナは可愛い応援団がいるから心強い」
マークが珍しく口を開いて、私の肩の二匹を見て微笑んだ。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが恥ずかしそうに私の髪に顔を埋める。
ハーブはピューイと鳴いて胸を張った。
「そうそう、ふわりちゃんとハーブがいれば怖くない!」
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開会式が始まると、メルヴィン・フェスティバル副校長が華やかな紫の服を着て登場した。
「皆様、本日は王都剣術大会にようこそ!今年は過去最高の300名の参加者が集まりました!」
観客席から大きな拍手が沸き起こる。
「安全対策も万全です!各リングには治癒魔法師が待機し、特別に開発された『保護結界』を各選手が装着し、致命傷を負う前に自動的に試合が止まります!」
なるほど。確かに安全そうだ。
「それでは、予選開始です!300名の参加者から32名が決勝トーナメントに進出します!年齢も職業も関係ありません、実力のみで決まります!」
「ルナさん、頑張ってくださいませ」
カタリナが励ましてくれた。
「うん!ふわりちゃん、ハーブ、見ててね」
私が二匹を撫でていると、大会運営のスタッフが近づいてきた。
「申し訳ありませんが、動物の同伴はリング内では禁止されています。観客席の方でお預かりしますので」
「あ、そっか」
ちょっと残念だけど、ルールだから仕方ない。私はふわりちゃんとハーブをカタリナに預けた。
「ふみゅ〜…」
「ピューイ…」
二匹とも心配そうに私を見ている。
「大丈夫、すぐに戻るから。応援してて」
私は二匹の頭を優しく撫でてから、参加者エリアへ向かった。
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私の最初の相手は、冒険者部門の若い男性だった。
革の鎧に身を包み、手慣れた様子で剣を構えている。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。でも手加減はしませんよ、お嬢さん」
試合開始の合図と共に、相手が素早く剣を振り上げた。私は慌てて棍棒で受け止める。
「うわ、重い!」
でも、これが私の『錬金剣技・試行錯誤』の始まり。
わざと大きくよろめいて見せてから、予想外の角度で棍棒を振り回した。
「え?」
相手が困惑している隙に、私は棍棒をくるりと回転させて足元を狙う。
でも、さすが冒険者。軽やかに飛び上がって避けられてしまった。
「面白い戦い方だな!」
相手も楽しそうに笑いながら攻撃してくる。
私は持ち前の予測不能な動きで応戦したが、やはり経験の差は大きい。
「ルナさん、頑張って!」
観客席からカタリナの声援が聞こえる。
きっとふわりちゃんとハーブも一緒に応援してくれてるはず。
「ふみゅみゅー!」
「ピューイピューイ!」
確かに、小さいけれど力強い応援の声が聞こえた!
私は星輝の棍棒を大きく振り上げた。
その瞬間、棍棒がキラリと光り、相手の目を一瞬眩ませた。
「今よ!」
その隙に思いっきり突進したが、相手も慌てて剣を構える。
結果的に、私の方の保護結界が発動し試合終了となった。
「いい試合でした」
冒険者の男性が手を差し出してくれた。負けたけれど、すごく楽しかった!
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観客席に戻ると、ふわりちゃんとハーブが私の膝の上に飛び乗ってきた。
「ふみゅ〜」
「ピューイ」
心配してくれていたみたい。私は二匹を抱き上げて頬ずりした。
「ありがとう、応援してくれてたのね」
カタリナの試合が始まるところだった。相手は騎士団の女性騎士。
「カタリナ、頑張れ〜!」
私が声援を送ると、ふわりちゃんとハーブも一緒に応援してくれた。
「ふみゅみゅ〜!」
「ピューイピューイ!」
「『花咲の剣技』!」
カタリナの周りに淡い光の花びらが舞い踊る。
美しい技に観客席からもため息が漏れた。
月灯りの剣が優雅に相手の攻撃を受け流し、隙を縫って美しい突きを放つ。
「素晴らしい技術ですね」
隣で見ていたグリムウッド教授が感心している。
結果的にカタリナは勝利したが、相手の騎士も「見事な剣技でした」と称賛していた。
エリオットの試合も見事だった。
理論的な戦い方で相手の動きを読み、的確に攻撃を当てていく。彼も予選を突破した。
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お昼休憩の時間、私たちは学院のテントでお弁当を食べていた。
ふわりちゃんとハーブも一緒で、ハーブは持参した薬草をもぐもぐしている。
ふわりちゃんは私のお弁当のおかずを少しずつもらって嬉しそうだ。
「ふみゅ〜」
「美味しい?」
ふわりちゃんがこくこくと頷いた。
「ルナさん、惜しかったですの。最後の光る演出は見事でした」
「ありがとう。でもみんなすごく強いね。特に騎士団の人たちは別格だよ」
確かに、騎士団の試合を見ていると、学生とは明らかにレベルが違う。
動きに無駄がなく、一撃一撃に重みがある。
「カンナバール教官も参加されてますね」
エリオットが指差した先には、筋骨隆々の教官が他の騎士と談笑している姿があった。
さすがに元王国近衛騎士団長、その威圧感は健在だ。
「きっと優勝候補の一人ですわ」
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午後の準決勝、決勝戦は本当に見応えがあった。
観客席でふわりちゃんを膝に乗せ、ハーブを肩に止まらせながら観戦していると、二匹も真剣に試合を見つめていた。
「ふみゅ…」
ふわりちゃんが心配そうに呟く。激しい戦いに、ちょっと怖くなったのかもしれない。
「大丈夫よ、みんな保護結界があるから安全なの」
私がふわりちゃんを優しく撫でると、安心したようにほっとした表情になった。
カタリナは準決勝で騎士団の若い騎士に惜敗したが、その試合は観客全員がスタンディングオベーションするほど素晴らしいものだった。
エリオットも準決勝まで進んだが、やはり冒険者の古参に敗れた。
そして決勝戦。カンナバール教官と、『鋼鉄のベルン』と呼ばれる伝説的な冒険者との対戦だった。
「すげぇ…あれが本物の戦いか」
観客席の誰かが呟いた。
確かに、二人の戦いは私たちが今まで見てきたものとは次元が違った。
剣と剣がぶつかり合う音が雷のように響き、その速さに目が追いつかない。
最終的にベルンが僅差で勝利し、会場は大きな拍手に包まれた。
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表彰式で、メルヴィン副校長が再び登場した。
「素晴らしい大会でした!特に若い参加者たちには、経験豊富な騎士や冒険者と戦う貴重な機会となりました!」
カタリナとエリオットは上位入賞者として小さなトロフィーをもらっていた。
「ルナさんも頑張りましたわ。あの独特な戦い方、きっと忘れられませんわ」
「うん!負けちゃったけど、すごく勉強になった。みんな本当に強かったなあ」
帰り道、私たちは充実感でいっぱいだった。
優勝はできなかったけれど、たくさんの刺激を受けた一日だった。
「来年もまた参加しましょう」
「そうですね。その時はもっと強くなって」
「うん!でも来年までに、もうちょっと剣術の練習しなくちゃ。棍棒の使い方も研究してみよう」
セレーナが迎えに来てくれた馬車の中で、私は星輝の棍棒を眺めていた。
ふわりちゃんとハーブも一緒に座っている。
今日は負けてしまったけれど、きっとこの経験は今後の糧になるはず。
「お嬢様、お疲れ様でした。今日の夕食は特別にご馳走を用意しておりますよ」
「わあい!セレーナ、ありがとう!」
「ふみゅ〜♪」
「ピューイ♪」
ふわりちゃんとハーブもご馳走の話に嬉しそうだ。
「ただし、棍棒の素振り練習は明日からということで」
セレーナの一言に、私たちは笑い声を上げた。
ふわりちゃんとハーブも一緒になって鳴いている。
王都剣術大会は終わったけれど、きっとまた新しい何かが待っている。そんな予感がした夕暮れだった。