第67話 王都への帰路〜野党襲撃事件〜
アルケミ領地での楽しい葡萄祭と領地視察を終え、ルナとカタリナは王都への帰路についていた。
アルケミ伯爵家とローゼン侯爵家、それぞれの馬車が用意されていたが、せっかくなので皆でアルケミ家の馬車に乗り合うことにした。
ローゼン家の馬車は空のまま並走している。
「みんな一緒だと楽しいわね」ルナが嬉しそうに言う。
馬車の中では、ルナとカタリナが向かい合わせに座り、セレーナとジュリアがそれぞれ主人の隣に控えている。やや手狭だが、賑やかで楽しい雰囲気だった。
「確かに、お話しながら帰れますものね」カタリナが微笑む。
「楽しい数日間でしたわね」カタリナが馬車の窓から外の景色を眺めながら言う。
「うん!お父様やお母様も喜んでくれたし、領民の皆も楽しそうだった」ルナが嬉しそうに答える。肩の上では、ふわりちゃんが「ふみゅ〜」と満足そうに鳴いている。
「それにしても、ルナさんの実験は相変わらず派手でしたわね」
「えへへ……今度はもっと安全にやるよ」
セレーナとジュリアは苦笑いを浮かべながら、二人の会話を聞いていた。
一台の馬車に四人とふわりちゃんが乗っているため、なかなか賑やかだった。
馬車は深い森の中を進んでいく。
木々が生い茂り、太陽の光が木漏れ日となって差し込んでいた。
鳥のさえずりと馬の蹄の音だけが静寂を破っている。
「この森、とても静かですわね」カタリナが呟く。
「いつもこんな感じなのよ。でも綺麗でしょ?」ルナが答える。
その時だった。
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突然、馬車の前方から太い木が倒れてきた。
がしゃーん!
「うわあああ!」
御者が慌てて手綱を引くが、馬車は急停車してしまう。
「な、何事ですの?」カタリナが驚いて身を乗り出す。
「お嬢様方、馬車の中にお留まりください!」ジュリアが緊張した声で言う。
だが、すぐにその理由が分かった。
森の陰から、粗末な服を着た男たちがぞろぞろと現れたのだ。
手には剣や斧を持っている。
「へへへ、お嬢ちゃんたち、悪いが通行料を払ってもらおうか」
リーダーらしき男が不敵に笑う。顔には大きな傷跡があり、いかにも悪党らしい風貌だった。
「野党ですわね」カタリナが冷静に分析する。
「うーん、困ったわね」ルナが頭をぽりぽりと掻く。
「お嬢様方、ご心配なく」セレーナが立ち上がる。
彼女の虹色の髪が風になびいて美しく光った。「私たちがお守りいたします」
「そうですね」ジュリアも覚悟を決めたような表情で立ち上がる。
野党たちは二人の美しいメイドを見て、一瞬見とれてしまう。
「おお、こりゃあ美人じゃないか」
「特にその虹色の髪の娘、珍しいな」
「へへへ、こいつらも一緒に連れて行くか」
しかし、彼らは大きな勘違いをしていた。
「……そんなことは」セレーナの瞳が鋭く光る。「させません!」
セレーナが手を振ると、見えない衝撃波のような魔法が野党たちに向かって飛んでいく。
ドゴォ!
「うわあああ!」
数人の野党が吹き飛ばされた。
「やりました!」セレーナが嬉しそうに言う。
「セレーナ、すごいじゃない!いつのまにそんなことが出来るようになったの?」ルナが馬車の中から感激して声をかける。
「屋敷で教わった魔法を毎日練習していましたので!成果が実を結びました!」
「な、何だあいつら!?」
「ただのメイドじゃねえぞ!」
一方、ジュリアも負けていない。
彼女は腰に差していた短剣を両手に抜き放つと、鋭い動きで野党たちに斬りかかった。
「失礼いたします」
しゅっ!しゃっ!
二刀流の美しい剣技が空を切り、野党たちの武器を次々と弾き飛ばしていく。
「目が、目がああああ!」
「ジュリアも上手!二刀流かっこいい!」ルナが興奮して手を叩く。
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その様子を馬車の中から見ていたルナとカタリナ。
「すごいね、セレーナとジュリア」ルナが感心する。
「本当ですわね。でも……」カタリナが眉をひそめる。「野党の数が多すぎますわ」
確かに、森の奥からまだまだ野党たちが現れてくる。
総勢二十人近くはいるようだった。
「ちっ、手強いじゃねえか」リーダーが舌打ちする。「だが数では負けねえぞ!」
野党たちが一斉に襲いかかる。
セレーナとジュリアは必死に応戦するが、さすがに多勢に無勢だった。
「このままでは……」ジュリアが息を切らす。
「少し、良くないですね……」セレーナも息が切れている。
その時、ルナが決意を固めた。
「よし、私も戦う!」
「ルナさん、危険ですわ!」カタリナが止めようとするが、ルナは既に馬車から飛び降りていた。
「大丈夫!私にだって秘策があるのよ!」
そう言うとルナは懐から薬瓶を取り出す。
「これは『混乱煙幕薬』!」
ルナが薬瓶を地面に投げつけると——
ぽん!
紫色の煙がもくもくと立ち上がった。
「うわあ、何だこの煙は!」
「前が見えねえ!」
野党たちが混乱している隙に、ルナは次の薬瓶を取り出す。
「続いて『滑り薬』!」
今度は地面に薬をまくと、土がぬるぬるに滑りやすくなった。
「うわああああ!」
「足が滑る滑る!」
野党たちがばたばたと転倒していく。
「やりますわね、ルナさん!」カタリナも馬車から降りてくる。
「『拘束の蔦』!」
カタリナが魔法を唱えると、地面から光る蔦が伸びて、転倒した野党たちを縛り上げた。
「うおおお、動けねえ!」
「何だこの蔦は!」
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しかし、リーダーと数人の野党はまだ無事だった。
「ちくしょう、小娘どもが!」リーダーが怒り狂って剣を振り上げる。
「こうなったら……」ルナが最後の切り札を取り出す。
「これを使うしかない!『爆発薬・改』!」
「ルナさん、まさか……」カタリナが青くなる。
「大丈夫、威力を調整してあるから!」
ルナが薬瓶を投げようとした時——
「あぶない!」
リーダーが隙を突いてルナに斬りかかってくる!
しかし、その瞬間、小さな白い影が飛んだ。
「ふみゅーーー!」
ふわりちゃんが人型に変化し、神聖な光のバリアを張ったのだ。
きーん!
リーダーの剣がバリアに当たって弾き飛ばされる。
「な、何だこのガキは!?」
「ふみゅ……(悪いことはいけません)」
ふわりちゃんの言葉は、なぜか皆の心に直接響いた。野党たちは思わずひれ伏しそうになる。
「ひ、ひええええ!天使だ!」
「バチが当たる!」
野党たちが慌てて逃げ出そうとした時——
ルナがうっかり手を滑らせてしまった。
「あ」
爆発薬の瓶がぽろりと落ちる。
「みんな伏せて!」
ドッカーーーン!!!
大爆発が起こり、森中に響き渡る。色とりどりの煙がもくもくと上がった。
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しばらくして煙が晴れると……
野党たちは全員、虹色に染まって意識を失って転がっていた。
爆発の衝撃で気絶してしまったらしい。
「あー……やっちゃった」ルナが苦笑いを浮かべる。
「でも、皆無事ですわね」カタリナがほっと息をつく。
「ふみゅ〜(みんな無事でよかった)」人型のふわりちゃんが安心したように微笑む。
「お嬢様、素晴らしい戦いぶりでした」セレーナが感動して言う。
「ルナお嬢様の機転のおかげですね」ジュリアも微笑む。
その後、街道を巡回していた騎士団が到着し、野党たちを捕縛してくれた。
「アルケミ家のお嬢様、ご無事でよかった」騎士団長が安堵する。
「ありがとうございます。皆のおかげで助かりました」ルナがお辞儀をする。
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夕方、王都の屋敷に到着した時。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」ハロルドが出迎える。
「ただいま、ハロルド」
「今回の旅はいかがでしたか?」
「とても充実していましたわ」カタリナが微笑む。
「そうだね。野党に襲われたり、爆発が起こしたり……」ルナがのんびりと言う。
「……え?」ハロルドが困惑する。
「あ、でも最後はふわりちゃんが人型になって助けてくれたんです!」
「人型……?」
ハロルドが混乱している間に、ふわりちゃんは既に元の手のひらサイズに戻って、「ふみゅ〜」と可愛らしく鳴いている。
「まあ、いつもの平和な旅行だったということですわね」カタリナが上品に笑う。
「うん、とても楽しい旅だった」ルナが満足そうに頷いた。
ハロルドは完全に状況を理解できないまま、とりあえず「おかえりなさいませ」と言うしかなかった。
こうして、ルナとカタリナの領地訪問は、また一つの冒険譚として幕を閉じたのである。
明日からまた、王立魔法学院での平和な日常が始まるのだった——多分。