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第64話 精霊祝祭とふわりちゃんの大変身

「お嬢様、今日は精霊祝祭ですね」


朝から部屋の窓を開けてくれたセレーナが、虹色に光る髪をなびかせながら言った。

外からは学院の鐘が荘厳に響いてくる。


「精霊祝祭かぁ……」


私はベッドから起き上がりながら答えた。

机の上では、ふわりちゃんがいつものように丸くなって眠っている。


「ふみゅぅ…」


寝言を言っているふわりちゃんの周りで、なんだか淡い光がきらきらと舞っているような気がする。

でも朝の光のせいかもしれない。



「今年の精霊祝祭は特に盛大になるそうですわ」


学院の教室でカタリナが教えてくれた。

赤茶色の縦ロールが美しく整えられ、蒼い瞳が期待に輝いている。


「副校長のメルヴィン・フェスティバル卿が、『今年は特別なショーにする』と意気込んでいるそうですのよ」


「あの派手好きの副校長ね……」

私は苦笑いした。メルヴィン副校長はカラフルな服を着た陽気なおじさんで、何でも「ショー」にしたがる人だ。


「『学問は大事!だが祭りはもっと大事じゃああ!』って毎回叫んでるわよね」


「ルナさん、それは正確な物真似ですが…怒られますわよ?」

カタリナが感心したような呆れたような表情をしている。


ハーブが机の下で薬草をもぐもぐしながら、何となく落ち着かなそうにしている。


「ピューイ…」

その鳴き声には、どことなく心配そうな響きがある。




精霊祝祭の会場となった大広間は、いつもより幻想的に飾り付けられていた。

天井からは光の粒子が降り注ぎ、壁には古代の精霊文字が淡く光っている。


「すごいですわね」

カタリナが感嘆の声を上げた。


生徒や教師が円を描くように並び、中央の祭壇では校長が厳かに祈りの準備をしている。

エリオットも銀髪を整えて、理論的な表情で儀式を観察していた。


「精霊祝祭では、普段は見えない精霊たちが可視化されるんですよね」

「そうなの?楽しみね」


私はふわりちゃんを抱きながら答えた。

最近、ふわりちゃんの周りで小さな異変が続いている。


昨夜も、眠っているふわりちゃんの体から星屑のような光が広がって、窓の外に野鳥や小動物が集まってきていた。

不思議だけど、でも別に気にするほどのことじゃない。


「では、精霊祝祭を始めます」


校長の厳かな声が響くと、全員が一斉に祈りを捧げ始めた。


「精霊たちよ、我らに姿を現したまえ…」


祈りの言葉と共に、天井から光の粒がより強く降り注ぎ、空中にぼんやりとした精霊の姿が浮かび上がってくる。


「わあ、本当に見えるのね!」

私も祈りに加わった。ふわりちゃんも私の腕の中で、何となく神妙な様子でいる。


しかし、精霊たちの様子がおかしい。


『えっ、なにあの存在!?』

『神聖オーラやばっ!近寄れないんだけど!』

『人でも精霊でもない……何者!?』


精霊たちの困惑した声が私の頭の中に響いてくる。

みんなの視線がふわりちゃんに集まっているようだ。


いや、なんで精霊の声が聞こえるの?

何か、ザワついている様だけど?


私は首をかしげたが、他の人たちには精霊の声が聞こえていないようだ。

単に「光が乱れている」としか見えていない。


「ルナさん、何かおかしくありませんこと?」

カタリナが心配そうに声をかけてくれる。


「精霊たちがふわりちゃんを見て騒いでるのよ。ふわりちゃんに失礼よね」

「精霊の声が聞こえるんですの?!」


「うん、何故かわからないんだけど…」

私はふわりちゃんをそっと撫でた。


「ふみゅ?」

その瞬間、祈りと精霊の力が極限に達し、ふわりちゃんが突然強烈な光を放った。


「きゃあ!」

「何事だ!」


大広間全体が光と風で荒れ、まるで魔力の嵐のような状況になった。

精霊たちの力がふわりちゃんに吸い寄せられ、同調して制御不能になっている。


「みんな、離れて!」

グリムウッド教授が慌てて防護結界を張ろうとするが、嵐が激しすぎて魔法が安定しない。


生徒たちが恐怖して後退し、大広間にざわめきが広がった。


「ふみゅぅ……」

嵐の中心で、ふわりちゃんが怯えたように小さく鳴いた。


「ふわりちゃん!」


ふわりちゃんが怖がっている。

こんな混乱、誰だって怖いに決まってる。


周囲が混乱する中、私だけがふわりに駆け寄り、しっかりと抱きしめた。


「大丈夫、私はそばにいるよ。ずっと一緒だから」


「ルナさん、危険ですわ!」


カタリナが叫んだが、私は気にしなかった。

ふわりちゃんが不安なら、そばにいるのが当然でしょう。


私の言葉に呼応するように、ふわりちゃんの暴走が少しずつ収まり、嵐が静まっていく。


『……人の絆で暴走が鎮まった!?』

『あの子、何者なの?』


精霊たちが衝撃を受けているのが聞こえる。


そして嵐が完全に収束すると同時に、ふわりちゃんの体を包む光が一層強く輝いた。


「あ……」


小さなふわもこの姿が徐々に人型の輪郭を帯び、光の中から新しい姿を現す。


白銀の髪が肩まで流れ、星屑を宿した水色の瞳がぱちりと開く。

純白のワンピース姿の、7歳ぐらいの女の子の姿になったふわりちゃんが現れた。


その神聖なオーラに、生徒も教師も思わず息を呑み、次々と跪いていく。


「……なんて神々しい…」

「これは確実に上位精霊…」

「いえ、それ以上の存在では…」


私はいつも通りに駆け寄って抱きついた。


「ふわりちゃん〜!すごく可愛い!人間の姿になってる!」


人の形になったふわりちゃんは、心の声で微笑みかけてくれた。


『ふみゅ〜(ルナ〜)』


声が直接心に響く。

でも内容は相変わらずで安心した。


「なぜそんな神聖存在を普通に触ることが出来るんだ!?」

「信じられない…」

「あの子、何者なの!?」


周囲全員が総ツッコミ状態になっている。


「え?だってふわりちゃんはふわりちゃんでしょう?」


私は首をかしげた。

姿は変わったけど、ふわりちゃんはふわりちゃんよ。


『ルナちゃん、ありがとう。怖かったけど、ルナちゃんがいたから大丈夫だった』


人の形になったふわりちゃんが私の手を握ってくれる。

小さくて温かい手だった。


「ふわりちゃん、がんばったんだね」


私たちが普通に会話していると、周囲のざわめきがさらに大きくなった。


「会話してる!」

「普通に会話してる!」

「あんな高位の存在と対等に!」


人の形になったふわりちゃんが嬉しそうに笑う。


『ふみゅふみゅ〜♪』


その笑い声と共に、淡い光が舞い上がり、ふわりちゃんの姿がしゅるしゅると元の手のひらサイズの可愛い姿に戻っていく。


「ふみゅ〜」


いつものふわりちゃんに戻ったけれど、どことなく前よりエレガントな雰囲気になっている。

まつげが少し長くなったような気がする。


「……結局いつものふわりちゃんに戻りましたわね」

カタリナが苦笑いしている。


「でも確実に何か変わった気がします」

エリオットが言った。


その時、副校長のメルヴィン・フェスティバル卿がどこからともなく現れた。


「素晴らしい!実に素晴らしいショーだった!」

カラフルな服を着た陽気なおじさんが、目をキラキラさせている。


「これぞ本物の精霊祝祭!来年はこれを正式プログラムに組み込もう!」

「いえいえ、毎回こうなるわけじゃ…」


私が慌てて言いかけたが、副校長はすでに次の企画を考え始めているようだった。


「お帰りなさいませ。今日の精霊祝祭はいかがでしたか?」

ハロルドが私たちを迎えてくれた。


「ふわりちゃんが人間の姿になったのよ」


「……お嬢様の今日の報告は一段と理解が困難ですね」

ハロルドが困惑した表情を見せる。


「本当ですの。私も見ましたわ」


カタリナが証言してくれる。


「一時的に7歳ぐらいの女の子の姿になって、心に直接話しかけてきたんですわ」


セレーナがふわりちゃんをじっと見つめる。

「確かに、以前より気品が増したような…」


「ふみゅ〜」


ふわりちゃんが誇らしげに胸を張った。

やっぱり少しエレガントになっている。


「でも普段は変わらずふわりちゃんなのよね」

私はふわりちゃんを撫でながら言った。


「特別な時だけ人の形になる能力を得たのかもしれませんわね」

カタリナが推測する。


「そうなのかな?まあ、ふわりちゃんはふわりちゃんなんだから、それで良いよね」


私の言葉に、ふわりちゃんが嬉しそうに「ふみゅ〜」と鳴いた。


その夜、ベッドでふわりちゃんと一緒に眠ろうとしていると、窓の外により多くの野鳥や小動物が集まってきているのが見えた。

みんな、ふわりちゃんを慕っているようだ。


「ふわりちゃん、みんなに愛されてるのね」

「ふみゅ〜」


ふわりちゃんが私の頬にすりすりと体を擦り付けてくる。

その温かさは、姿が変わる前と全く同じだった。


今日の出来事で分かったことがある。

ふわりちゃんは確かに特別な存在らしいけれど、私にとってはずっと大切な友達のままだということ。


そしてふわりちゃんも、私を一番の友達だと思ってくれているということ。


「ふみゅぅ…」


寝息を立て始めたふわりちゃんの周りで、今夜も星屑のような光がそっと舞い踊っている。

でも私はもう驚かない。


これも、ふわりちゃんの魅力の一つなのだから。

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