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第63話 魔物知能測定と踊るオオトカゲ

「お嬢様、朝から薬草の匂いが廊下まで漂っておりますが……」


朝食を終えた私は実験室に入った。

そこにハロルドが心配そうに顔を覗かせた。


「今度は何を調合されているのですか?」


机の上には色とりどりの薬瓶が並び、小さな魔力の炎でぐつぐつと何かを煮立てている。

調合の香りは爽やかなミントのようなものから、怪しく甘ったるいものまで入り混じっていた。


「『魔物知能測定キット』の改良版よ!」


私は勢い良く三つの小瓶を掲げた。


「前回の実験では測定結果が曖昧だったから、今回は意識共鳴石の粉末を加えてみたの」


机の端では、手のひらサイズの真っ白でふわふわなふわりちゃんが薬瓶をぺちぺちとつついている。


「ふみゅ〜?」


その下では薬草ウサギのハーブが、机から落ちたカモミールをもぐもぐしながら落ち着いた目で状況を見守っていた。


「ピューイ…」

ハーブの鳴き声には、どことなく「また妙なもの作ってる…」という諦めが込められている気がする。


「お嬢様の『改良版』は大抵、前回より危険度が増している気がするのですが……」

そこへセレーナがやってきた。虹色に光る髪が相変わらず美しい。


「大丈夫よ。今回は安全に配慮してるもの」


「……その台詞、毎回聞いているような気がします」

セレーナの眉がぴくっと動く。確かに毎回同じことを言っているかもしれない。


「まあ、この甘い匂いは何ですの?」

カタリナが入ってきた。赤茶色の縦ロールを美しく整え、蒼い瞳をきらめかせている。


「屋敷全体が実験室のような匂いですわね」

「いやいや、それは大袈裟すぎでしょ」


私は皆んなに薬瓶を説明した。


「『知能分析薬』『学習能力測定液』『思考パターン解読剤』の三種類。魔物の知能を正確に測定できるはずよ」


「ルナさんの『はず』は大抵外れますわよね」

カタリナのツッコミが鋭い。


「今度はエリオットも呼んで、前に実習で行った、古の森の迷宮で実際に実験してみましょう」


「……お嬢様、その発言が一番危険です」

セレーナが小さくため息をついた。


エリオットと三人で古の森に向かう。

深い森の中にある古い石造りの遺跡は、苔むした石壁に古代文字が刻まれていて神秘的だ。


「相変わらず不気味な雰囲気ですね」


銀髪に紫色の瞳のエリオットが理論的な口調で呟いた。


迷宮の中には、以前から交流のある魔物たちがいる。

狼型の魔物、ぷるぷるしたスライム、小柄なゴブリン、そして大きなオオトカゲ。

私の魔物との意思疎通能力で、彼らとは会話ができる。


「……また妙なことを考えておるな、人間」

狼型の魔物が低い声で言った。魔物の言葉が私の頭の中に直接響く。


「今回は本当に安全よ。これを飲めば、頭の中をちょっと覗けるだけだから」


私は魔物知能測定キットを取り出して説明した。


「……説明が一番怖いですわね」

カタリナが小さく呟く。


「ふみゅ?」

ふわりちゃんが首をかしげ、ハーブも何となく嫌な予感がしているようだった。


「じゃあ、まずはスライムから!」

私は『知能分析薬』の小瓶を取り出した。

淡い青色の液体で、中で小さな光の粒がきらきらと舞っている。


「プルルン?」


スライムが興味深そうに近づいてきた。

薬を飲み込むと、測定用の水晶が反応して光り始める。


【知能指数:42】


「数値が出たわ!」


私が喜んでいると、スライムがゆっくりと口を開いた。


「静けさや……岩にしみいる……蝉の声」


「「「えぇぇぇ!?」」」


私たち三人の声が見事にハモった。


「俳句を詠みましたわ!」

カタリナが目を丸くしている。


「分析どころか詩人化しています」

エリオットも驚いている。


「そんな副作用あるはずないのに!」

私は慌てて調合メモを確認した。俳句を詠む成分なんて入れていない。


「プルルルル〜ン♪(この感じ、悪くない〜)」

スライムは満足そうだった。


「次!今度こそ普通の結果が出るはず!」


私はゴブリンに『学習能力測定液』を差し出した。

緑色の液体で、梟の羽根のエキスが入っている。


ゴブリンが薬を飲み干すと、測定水晶が再び光った。


【学習適応率:78%】


「今度は正常な数値ね」

私がほっとしていると、ゴブリンがゆっくりと立ち上がった。


「存在とは何か……我とは何ぞや……この世界の意味を問う……」


「哲学的なゴブリンなんて聞いたことありませんわ!」

カタリナが呆れ返っている。


「学習能力というより、哲学能力が強化されていますね」

エリオットが冷静に分析している。


ゴブリンはその後も「真理とは何か」などと哲学的な問いを続けていた。


「最後の『思考パターン解読剤』……今度こそ!」


私は最後の薬瓶を取り出した。

意識共鳴石の粉末入りで、正確な思考パターンが読み取れるはず。


大きなオオトカゲが薬を飲むと、測定水晶が今までで一番明るく光った。


【思考傾向:自己表現欲求 97%】


「自己表現欲求?」


私が首をかしげていると、オオトカゲが突然立ち上がった。


「おれは……おれは……本当は踊りたかったんだ!」


そう叫ぶやいなや、オオトカゲは突然サンバステップを踏み始めた。

大きな体を器用に動かし、尻尾をくるくると回しながらリズミカルに踊っている。


「タ、タタタ、タタタ♪」


オオトカゲが口ずさむリズムに合わせて、ダンジョン全体が揺れている。


「……ルナさん、責任を取りなさいませ」

カタリナが深いため息とともに言った。


「潜在意識の欲望を引き出す作用が出ているのかもしれませんね」

エリオットが理論的に分析している。


でも私はそんな成分入れてない!


「ピューイピューイ!」

ハーブが興奮してぴょんぴょん跳ねている。

オオトカゲのダンスが気に入ったようだ。


混乱の中、ふわりちゃんがケラケラと笑った。


「ふみゅふみゅ〜♪」

その瞬間、淡い光がふわりと舞い上がり、魔物たちがしゅるしゅると落ち着いていく。


俳句を詠んでいたスライムは「プルルン(ありがとう)」と言って元の状態に戻り、哲学していたゴブリンも「うむ、良い実験であった」と満足そうに頷いて普通のゴブリンに戻った。


踊り続けていたオオトカゲも、ふうっと息をついて元の大人しい状態に戻っている。


「ふわりちゃんが笑った途端に鎮まりましたわ……」

カタリナが不思議そうに呟いた。


「何か特別な力でもあるのでしょうか?」

エリオットも首をかしげている。


私はふわりちゃんを抱き上げて、ふわふわの毛を撫でた。

「ふわりちゃんってやっぱり特別なんだね。でも、私にとってはふわりちゃんはふわりちゃんよ」


「ふみゅ〜♪」

ふわりちゃんが嬉しそうに鳴いて、私の頬にふわふわの体をすりすりと擦り付けてきた。


「お帰りなさいませ。今日はどのような実験結果でしたか?」

ハロルドが私たちを迎えてくれた。


「測定自体は成功したわ。ただし……」


「ただし?」

セレーナが警戒するような表情を見せる。


「スライムが俳句を詠んで、ゴブリンが哲学者になって、オオトカゲがサンバを踊ったの」


「……お嬢様の実験は毎回予想の斜め上を行きますね」

セレーナが深いため息をついた。


「でも魔物の知能測定は成功したのよ。それに、魔物たちにも私たちと同じように隠れた想いがあることが分かったわ」


「確かに貴重なデータですわね」

カタリナが測定記録を見ながら言った。


「今度はもっと改良して、副作用の少ない版を作ってみるね」

私は元気よく答えた。


「……お嬢様の実験に『副作用の少ない』という概念があったのでしょうか」

セレーナの鋭いツッコミに、思わず苦笑いしてしまった。


でも今日の実験で分かったことがある。

魔物たちにも隠れた想いや願いがあるということ。


そして、ふわりちゃんには確かに特別な力があるということ。


「ふみゅ〜」


私の腕の中で、ふわりちゃんが満足そうに小さく鳴いた。

その声を聞いていると、心がぽかぽかと温かくなる。


きっと明日もまた、新しい発見が待っているに違いない。

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