第61話 剣術授業と予想外の才能開花
「今日の剣術授業では実戦形式の組手を行う」
カンナバール教官が低い声で宣言すると、訓練場に緊張感が走った。
筋骨隆々の教官は元王国近衛騎士団長で、その威圧感は半端じゃない。
「ふみゅう…」
肩の上のふわりちゃんが小さく震えている。
真っ白でふわふわな体が、いつもより縮こまって見える。
「大丈夫よ、ふわりちゃん。剣術は見学でいいから」
私がそっと撫でると、ふわりちゃんが安心したように「ふみゅ〜」と鳴いた。
「ルナさん、剣術は得意でいらっしゃいますの?」
隣でカタリナが上品に剣を構えている。
縦ロールの赤茶色の髪をリボンでまとめて、制服の上に軽装の剣術着を羽織った姿は、まるで絵画のように美しい。
「うーん、実は…割と好きかも」
私は木剣を握りながら答えた。
錬金術の実験ばかりしてるから運動不足だと思われがちだけど、前世の記憶もあって体を動かすのは嫌いじゃない。
「では、組み合わせを発表する」
カンナバール教官が羊皮紙を読み上げ始めた。
「第一組、トーマス対アリス」
「第二組、エリオット対ベン」
「第三組、カタリナ対…」
カタリナが緊張した様子で聞き入っている。
「…レンブラント」
「あら」
カタリナが少し驚いた表情を見せた。
レンブラントは1-Aでも剣術の腕前で有名な男子生徒だ。
「そして第四組、ルナ対マーク」
私の相手も発表された。
マークは…確か無口だけど剣術がかなり得意だと聞いている。
「ふみゅ?」
ふわりちゃんが心配そうに私を見上げた。
「大丈夫、大丈夫。木剣だから危険じゃないし」
——第一組・トーマス対アリス——
「では、第一組から始めよう」
トーマス君とアリスが剣を構えて向き合った。
「始め!」
——カン、カン、カキン
二人とも基本に忠実な剣技を見せている。
トーマス君が攻撃的に前に出て、アリスが的確に受け流す。
「アリス、なかなか上手いじゃない」
「トーマス君も積極的ね」
クラスメートたちが応援している。
結果はトーマス君の勝利。
でも、アリスも健闘していた。
——第二組・エリオット対ベン——
「第二組、準備はよろしいか?」
エリオットとベンが剣を構える。
エリオットは理論派らしく、慎重に相手の動きを観察している。
「始め!」
——シャキン、カン、カキン
エリオットは確実に相手の攻撃を捌きながら、的確なカウンターを狙っている。
頭脳明晰な彼らしい戦い方だ。
「エリオットさん、理論通りの美しい剣技ですわね」
カタリナが感嘆している。
「計算された動きだね」
私も感心した。エリオットの剣技は無駄がなく、効率的だった。
エリオットの勝利。
ベンも悔しそうだが、エリオットの手を握って健闘を讃えている。
——第三組・カタリナ対レンブラント——
いよいよカタリナの番だ。
レンブラントは背が高く、剣を得意とすることで有名。
でも、カタリナも侯爵家の令嬢として、きっと剣術の訓練は受けているはず。
「お願いいたします」
カタリナが上品にお辞儀をする。
その所作の美しさに、訓練場の雰囲気が少し和らいだ。
「こちらこそ」
レンブラントも礼儀正しく応える。
「始め!」
——シャキーン
開始と同時に、カタリナが予想外に素早い動きを見せた。
「あら、カタリナって剣術も上手なのね」
「さすが侯爵家の令嬢!」
カタリナの剣技は優雅でありながら、的確で無駄がない。
まるでダンスを踊るような美しい足さばきで、レンブラントの攻撃を華麗に躱している。
——カキン、シャキン、カン
互角の戦いが続く。
レンブラントの力強い攻撃を、カタリナが優雅に受け流す。
「美しい剣技だ」
カンナバール教官も感心している。
「技術的にも高いレベルにある」
戦いが続く中、カタリナが突然不思議な動きを見せた。
「あら?」
剣を構えたまま、まるで花が咲くような優雅な回転をして—
「『花咲の剣技』ですの」
——シャラララ
カタリナの周りに淡い光の花びらが舞い始めた。
魔法と剣術を組み合わせた技だ。
「すごい!魔法と剣術の融合技だ!」
クラスメートたちが興奮している。
光の花びらがレンブラントの視界を優雅に遮り、その隙にカタリナが美しい突きを決めた。
「勝負あり!カタリナの勝利!」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも拍手するように小さな翼をぱたぱたと動かしている。
「第四組、ルナとマーク」
ついに私の番がやってきた。
マークは無口だけど、その剣の腕前は1-A随一と噂されている。
「よろしくお願いします」
「…よろしく」
マークが短く返事をした。
確かに無口だけど、悪い人ではなさそう。
私は木剣を構えながら、マークの動きを観察した。
体の重心、足の向き、剣の握り方…すべてが完璧に計算されている。
「ふみゅう〜」
ふわりちゃんが心配そうに私を見ている。
「始め!」
開始の合図と同時に、私は—
——ダッ
一直線にマークに向かって駆け出した。
「えっ?」
カタリナが驚いている。
「ルナさん、真っ向勝負ですか?」
エリオットも困惑している。
でも、私には考えがあった。
錬金術の実験で鍛えられた瞬発力と、前世の記憶にある「単純だけど効果的」な戦術を組み合わせれば…
——ガキン!
マークが冷静に私の攻撃を受け止めた。さすがの反応速度だ。
「…面白い」
マークが小さく呟いた。
どうやら私の直線的な攻撃を評価してくれているらしい。
私の戦術は実にシンプル。
考え過ぎずに、体の動きに任せて攻撃し続ける。
——ガキン、ガン、ガキン
「すごい勢いね!」
「ルナちゃん、剣術も得意だったの?」
クラスメートたちが驚いている。
確かに技術的にはマークの方が上だ。
でも、私の予測不可能な動きが、彼の計算を狂わせているようだ。
「…読めない」
マークが初めて困惑した表情を見せた。
戦いながら、私は錬金術の考え方を剣術に応用してみた。
「実験と同じよ。失敗を恐れずに、色々試してみる」
——ガン、ガキン
「『錬金剣技・試行錯誤』よ!」
予想外の角度から攻撃したり、突然止まったり、わざと大振りしてから急に軌道を変えたり。
「なんだその技名は」
カンナバール教官が苦笑いしている。
「でも、確かに効果的だ。相手が読めない動きをしている」
「ふみゅみゅ〜」
肩の上でふわりちゃんが一生懸命応援してくれている。
小さな翼をぴょこぴょこと動かして、まるでチアリーダーのよう。
その可愛さに、マークがちらりとふわりちゃんを見た瞬間—
「今よ!」
——ガン
私の木剣がマークの胸を捉えた。
「勝負あり!ルナの勝利!」
「やったー!」
クラスメートたちが歓声を上げる。
「ふみゅう〜」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いた。
「…強かった」
マークが握手を求めてきた。
「予測不可能な動きで、計算が全く通用しなかった」
「ありがとう。でも、技術的にはマーク君の方が上手よ」
「…違う。君の剣は『心』がある。俺の剣は『頭』だけだった」
マークが珍しく長く話した。
「今日の組手は全員、それぞれの個性を活かした戦いぶりだった」
カンナバール教官が講評を始めた。
「トーマスとアリスは基本に忠実。エリオットは理論的。カタリナは技術と美しさを兼ね備えていた」
「そしてルナ…」
教官が私を見た。
「君の剣は『型破り』だ。しかし、それが君の個性であり、強さでもある」
「ありがとうございます」
「ルナさんの剣技、とても興味深いものでしたわ」
授業後、カタリナが分析してくれた。
「理論を超えた直感的な動き。まるで錬金術の実験のように、失敗を恐れない挑戦的な姿勢」
「そんな風に見えた?」
「ええ。そして何より、楽しそうに戦っていらっしゃいましたの」
確かに、戦っている時は楽しかった。
錬金術の実験と同じように、ワクワクしていた。
「ルナさんの剣技は研究対象として非常に興味深いです」
エリオットが興味深そうに言った。
「理論では説明できない動きが、実際には効果的だった。これは剣術の新しい可能性を示しています」
「そんな大げさな」
「いえ、本当です。従来の剣術理論に一石を投じる発見です」
その夜部屋で、
「今日は剣術で勝っちゃった」
部屋で日記を書きながら呟いた。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが机の上で小さくあくびをしている。今日は応援で疲れたのかもしれない。
「でも、楽しかったのよね。錬金術と同じで、色々試してみるのが面白い」
窓の外では、月明かりが訓練場を静かに照らしている。
「ルナちゃん、昨日の剣術すごかったね!」
「マーク君に勝つなんて思わなかった」
クラスメートたちが口々に感想を言ってくれる。
「でも、マーク君の方が技術は上だったと思うの」
「それでも勝ったのは、ルナちゃんらしい戦い方だったからよ」
剣術の授業以来、私は少し自信がついた。
錬金術だけじゃなく、剣術でも自分なりのやり方があるのかもしれない。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。
きっと、私の成長を喜んでくれているのだろう。
「今度は錬金術と剣術を組み合わせた技を研究してみようかしら」
「それは危険な発想ですわね」
カタリナが苦笑いしながら言った。
「でも、面白そうですの」
「ふみゅ?」
ふわりちゃんが首を傾げている。
きっと、また新しい何かが始まるのを予感しているのだろう。
今日もまた、錬金術師の楽しい学院生活が続いている。
翌日
「…ルナともう一回戦いたい」
無口なマークが、珍しく積極的に話しかけてきた。
「いいわよ。でも、今度はもっと強くなってるかもしれないわよ?」
「…楽しみだ」
マークが小さく微笑んだ。
どうやら、私の『型破り剣術』が気に入ったようだ。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうに応援の翼をぱたぱたと動かしている。
学院での新しい友情が、また一つ生まれた瞬間だった。