第58話 魔王城での錬金術実験
「ルナさん、今日はわざわざ魔王城まで来てくれてありがとうございます」
立派な玉座に座るセレスティアが、真面目な表情で頭を下げた。
「いいえ、こちらこそ! 魔王城での実験なんて、滅多にできない体験よ」
私が興奮していると、セレスティアが困ったような顔をした。
「あの……実は相談があるのです。最近、城の地下で『不可思議な現象』が起きていまして……」
「不可思議な現象?」
「ええ。魔力が異常に集中して、時々小さな爆発音が聞こえるのです。バルトルドが調査しましたが、原因が分からなくて……」
その時、扉がノックされた。
「失礼いたします」
現れたのは、白髪で上品な老紳士だった。燕尾服を完璧に着こなし、背筋をピンと伸ばしている。
「ルナ様、お久しぶりでございます。この度は遠路はるばるお越しいただき、恐縮でございます」
完璧すぎるお辞儀に、私が感激していると——
「バルトルド、例の件について説明してくれる?」
セレスティアの真面目な口調に、執事が神妙に頷いた。
「承知いたしました。まず、現象が発生する時刻ですが……」
バルトルドが取り出したのは、びっしりと記録の書かれたノート。
「毎日午後3時17分、午後6時42分、午後9時58分に発生しております」
「規則的ね……」
「はい。そして爆発音の後には、必ず甘い香りが漂います」
「甘い香り?」
私の目がキラキラと輝いた。これは明らかに錬金術の反応だ。
「現場を見せていただけるかしら?」
——地下の調査室にて——
「わあ、すごい部屋!」
地下の調査室は、古い魔法陣が床に描かれ、天井には美しいクリスタルが輝いていた。
「この魔法陣は古代のものですが、何に使われていたかは不明でして……」
バルトルドが説明している間に、私は床の魔法陣を詳しく観察した。
「これは……『自動錬金術陣』ね!」
「自動錬金術陣?」
セレスティアが首をかしげる。
「設定した時間に、自動的に錬金術を実行する古代の装置よ。でも材料が不足していて、失敗を繰り返してるのね」
「なるほど……それで爆発音が」
「そういうこと! 適切な材料を補充すれば、きっと素晴らしい薬が完成するはず」
私が実験用具を取り出すと、バルトルドが心配そうな顔をした。
「あの……爆発などの危険性は……?」
「大丈夫よ! 私の実験は安全第一だから」
「ルナさんの実験は『安全』になったのかしら?慎重にお願いしますね……」
セレスティアがぼそっと呟いた。
「わ、わかってるわよ!」
魔法陣の周りに、『魔力安定剤』『古代触媒液』『結合促進薬』を配置していく。
「この配置なら、古代の錬金術陣が正常に動作するはず」
「本当に大丈夫なの?」
セレスティアの心配をよそに、私は最後の材料を置いた。
「『時空調整結晶』を中央に置けば……完璧!」
結晶を置いた瞬間——
——ブゥゥゥン
魔法陣が美しく光り始めた。
「おお、動き出しましたね」
バルトルドが感激している。
「今度こそ成功……」
その時、予想外のことが起きた。
——ビリビリビリ
魔法陣から稲妻のような光が飛び散った。
「あれ? これは想定外……」
——ビリビリバチバチ
稲妻がどんどん激しくなっていく。
「ルナさん! 危険よ!」
セレスティアが慌てて魔法の障壁を張った。
「大丈夫、きっとこれも反応の一部……」
——ドカーン!
巨大な爆発音と共に、調査室全体が虹色の煙に包まれた。
「ごめん。やっぱり爆発した……」
セレスティアのため息が煙の中から聞こえる。
「お嬢様方、ご無事ですか?」
バルトルドの声も心配そうだ。
——シュゥゥゥ
煙が晴れると、魔法陣の中央に美しく輝く薬瓶が浮かんでいた。
「あら、成功してる!」
薬瓶は黄金色に輝き、バラとレモンを混ぜたような素晴らしい香りを放っている。
「これは……『古代万能回復薬』です!」
セレスティアが驚いている。
「本当に?」
薬瓶を手に取ると、温かい光が手のひらに広がった。
「間違いありません。これは伝説の薬です」
「素晴らしい成果ですね」
バルトルドも感激している。しかし——
「あの……お嬢様方」
執事が困ったような顔をしている。
「何かしら?」
「爆発の影響で……城の一部が虹色に染まってしまいまして……」
窓の外を見ると、魔王城の壁が美しい虹色にキラキラと光っていた。
「あらあら……」
「まあ、きれいだからいいんじゃない?」
私が楽観的に言うと、セレスティアがため息をついた。
「魔王城が虹色って……威厳が……」
「でも美しいです。観光名所になりそうです」
バルトルドがフォローしてくれる。
「観光名所って……」
セレスティアが頭を抱えている間に、城の庭から歓声が聞こえてきた。
「わー! 魔王城がきれい!」
「虹色の城だー!」
「既に人が集まってますね……」
バルトルドが窓から外を覗いている。
「これはこれで良いことかもしれません。『恐ろしい魔王城』ではなく『美しい魔王城』として親しまれるでしょう」
「そういう問題?」
セレスティアが混乱している間に、新しい問題が発生した。
——ブクブクブク
魔法陣からまた何かが湧き上がってきた。
「今度は何?」
現れたのは、手のひらサイズの小さなスライムたちだった。しかも全身が虹色に輝いている。
「あら、可愛い!」
「『虹色スライム』ですね。これまた珍しい……」
小さなスライムたちが、私たちの周りをくるくると舞い踊る。
「プルリン♪」「プルルン♪」
美しい鳴き声まで響かせている。
「音楽的ですね」
「でもこの子たち、どうしましょう?」
セレスティアが困っていると、バルトルドが提案した。
「城のマスコットとしてはいかがでしょうか?」
「マスコット?」
「はい。『虹色の魔王城』には『虹色スライム』がお似合いかと」
「なるほど……確かにそうですね」
セレスティアも納得したようだ。
「それに、この子たちがいれば訪問者も和みますし」
小さなスライムが一匹、セレスティアの肩に飛び乗った。
「プルリン♪」
「あら……可愛いですね」
相変わらず魔王とは思えない優しい笑顔を見せるセレスティア。
——数時間後、城の応接室にて——
「今日は貴重な体験をさせてもらったわ」
お茶を飲みながら、私は満足していた。
「こちらこそ、長年の謎が解けました」
セレスティアも嬉しそうだ。
「しかし……」
バルトルドが窓の外を見ている。
「城の虹色化は予想以上に話題になってますね……」
外では、大勢の人々が虹色の城を見物している。
「『美しい魔王城』として有名になりそうです」
「それはそれで良いことかもしれません」
セレスティアが前向きに考えている。
「恐れられるよりも、愛される方が平和的ですものね」
その時、小さなスライムが私の膝の上に飛び乗ってきた。
「プルルン♪」
「この子たちも気に入ってくれたみたい」
「ルナさんは魔物に好かれる才能がおありですね」
「そういえば、この『古代万能回復薬』はどうしましょう?」
私が薬瓶を持ち上げると、セレスティアが考え込んだ。
「そうですわね……これは研究資料として保管させてください」
「もちろん! でも使う時は慎重にね」
「ええ、必要な時にだけ……」
バルトルドがお茶のお代わりを注いでくれながら言った。
「今日の実験で、城がこんなに賑やかになるとは思いませんでした」
「賑やかなのは良いことよ」
私が笑っていると、セレスティアも微笑んだ。
「そうですね。静かすぎる城よりも、活気のある方が楽しいです」
——夕方、魔王城を後にして——
「今日は本当に楽しかった!」
城の門で、セレスティアとバルトルドが見送ってくれた。
「また遊びに来てくださいね」
「もちろん! 今度は爆発しない実験を持参するわ」
「それは……期待していいのでしょうか?」
バルトルドが苦笑いしている。
馬車で帰る途中、振り返ると虹色に輝く魔王城が夕日を浴けて美しく光っていた。
「素敵な一日だったわね」
きっとセレスティアも、今頃虹色スライムたちと楽しく過ごしていることだろう。
——その夜、屋敷にて——
「お嬢様、今日は魔王城で何をなさったのですか?」
セレーナが心配そうに尋ねた。
「古代の錬金術陣を修理したの。おかげで素晴らしい薬ができたわ」
「また爆発はなさいましたか?」
「ちょっとだけ……」
「やはり……」
実験室で今日の成果を記録していると、窓の外から虹色の光がかすかに見えた。
「魔王城の虹色化は、意外と綺麗だったわね」
明日はカタリナやエリオットに、今日のことを話そう。
きっと驚くに違いない。
相変わらずセレスティアは本当に真面目で良い人だった。
満足して実験ノートを閉じ、ベッドに入った。
今日は魔王城という特別な場所で、素晴らしい実験ができた。
明日はどんなことが待っているかしら。
楽しい想像をしながら、私は眠りについた。
きっと明日も、驚きに満ちた一日になるだろう。