第53話 王立魔法学院体育大会①
王立魔法学院の校庭が魔法で三倍の広さに拡張され、観客席も雲の上まで伸びている。
今日は年に一度の体育大会だ。
「皆の者〜!今年も最高にスリリングな体育大会の始まりじゃ〜!」
ステージの上で副校長メルヴィン・フェスティバル卿が、虹色のマントをひらひらと翻しながら大声で叫んでいる。
彼の周りには色とりどりの錬金花火が準備されていた。
「学問は大事!だが爆発はもっと大事だ!」
いつもの決め台詞と共に、メルヴィン卿が花火の点火装置に手をかける。
「あ、副校長、それは昨日私が改良した新型の…」
私の制止が間に合わなかった。
ーードッカーーーーーーン!!
予定の10倍の爆発音と共に、校庭全体が虹色の閃光に包まれた。
爆発の衝撃で観客席の帽子が一斉に舞い上がり、まるで帽子の竜巻のようになっている。
「うわあああああ〜!」
「シールド!シールド!」
「みんな魔法を張れ〜!」
生徒たちが慌てて防御魔法を展開する。
1-Aの教室では普段から私の実験で鍛えられているクラスメートたちは、反射的に完璧なシールドを張っていた。
「さすがルナのクラスね〜、慣れてるわ〜」観客席から笑い声が聞こえる。
「ふみゅ〜?」ふわりちゃんが私の肩で小さくなっている。
爆発に驚いたのか、普段の半分くらいのサイズになっていた。
煙が晴れると、メルヴィン卿は真っ黒になりながらも満面の笑みを浮かべていた。
「素晴らしい〜!これぞ体育大会の開幕に相応しい大爆発じゃ〜!」
観客席から大きな拍手と笑い声が起こった。
さすが王立魔法学院、観客も爆発慣れしている。
「ルナさん…またあなたの実験の余波ですか?」カタリナが呆れたような顔をしている。
赤茶色の髪が優雅にキューティクルを描いていて、体育大会の華やかな雰囲気によく似合っていた。
「今度は本当に事故よ〜。昨日改良した花火の威力を測り間違えただけ」
「『だけ』って言いましても…」
カタリナが苦笑いしながら、爆発で少し乱れた縦ロールを直している。
「さあさあ!開会式はこれくらいにして、早速第1種目に参りましょう〜!」
メルヴィン卿の声で、いよいよ競技開始だ。
第1種目:錬金障害物競走
「では皆さん、スタートラインに並んでくださ〜い」
校庭に設置されたコースは、見るからに危険そうだった。
スタート地点から100メートル先のゴールまでの間に、粘着スライムの池、爆発キノコの森、幻影の壁、回転する錬金釜などが配置されている。
「このコース、明らかに普通の体育大会じゃないですわね」カタリナが複雑な表情をしている。
「でも楽しそう♪」
全9クラスから代表者が選ばれて、私は1-Aクラス代表として参加することになった。
隣には他のクラス代表たちが並んでいる。
みんな何だか慣れた様子で、携帯用の応急薬やシールド魔法の準備をしている。
「よ〜い…」
メルヴィン卿がスタートの合図を準備する。
「スタート〜!」
バーン!
またも大きな爆発音と共に、スタートの合図が響いた。
今度は色とりどりの煙が上がって、まるで虹の雲のようだった。
「わあああ〜!」
選手たちが一斉に駆け出す。最初の障害物は『粘着スライムの池』だ。
先頭の3-Aクラス代表が颯爽と池に飛び込む…と思った瞬間、スライムにべっとりと足を取られて動けなくなった。
「うわ〜!足が抜けない〜!」
でも慣れた様子で『スライム溶解薬』を取り出して、自分にかけている。さすが3年生だ。
私も池の手前まで来たけれど、ちょっと待った。
これって確か私が作ったスライムじゃないかしら?
「『愛らしいスライムちゃん、道を開けて〜』」
スライムに向かってそっと呼びかけてみると、ぷるぷると震えて道を作ってくれた。
「プルルン♪」なんて可愛い鳴き声まで聞こえる。
「ずるい〜!」後ろから2-Bクラス代表の声が聞こえた。
次の障害は『爆発キノコの森』。
地面に植えられた大きなキノコは、触ると小爆発を起こすようになっている。
他のクラス代表たちは慎重にキノコを避けながら進んでいるけれど、私は違うアプローチを試してみることにした。
『魔物との意思疎通』の能力で、キノコたちに話しかけてみる。
「キノコちゃんたち、お疲れ様。ちょっと通らせてもらえる?」
すると、キノコたちがぴょんぴょんと跳ねて、安全な通り道を教えてくれた。
「おお〜!ルナちゃん、キノコと会話してるわ〜」観客席から驚きの声が上がる。
でも調子に乗って手を振った瞬間、足元のキノコを踏んでしまった。
ポン!
小さな爆発と共に、私の顔が真っ黒になった。
「ルナさん〜大丈夫ですか?」カタリナの心配そうな声が聞こえる。
「平気よ〜」手を振って答えたけれど、きっと顔は炭みたいになっているに違いない。
次の障害は『幻影の壁』。
巨大な鏡の迷路のようになっていて、本物の道を見つけるのが困難だった。
他のクラス代表たちが魔法で幻影を解析している間に、私は前世の化学知識を活用してみることにした。
「幻影って要は光の屈折よね…」
ポケットから『真実見抜き薬』を取り出して、目に一滴垂らしてみる。
瞬間、世界がクリアに見えた。幻影の壁が透けて、本物の道がはっきりと見える。
「こっちね〜」
迷路を一直線に駆け抜けて、最後の障害『回転する錬金釜』に到達。
巨大な釜がぐるぐると回転しながら、中から色とりどりの蒸気を噴き出している。
この蒸気に触れると、しばらく逆さまに歩くことになるらしい。
「これは…私の専門分野ね」
錬金術師としての経験を活かして、蒸気の成分を瞬時に分析。
『中和薬』をさっと調合して、蒸気を無効化しながら釜を通り抜けた。
「ゴール〜!」
なんと1年生の私が1位でゴールイン。
観客席から大きな拍手が響いた。
「やりましたわ〜ルナさん〜!」カタリナが手を振っている。
「ふみゅみゅ〜♪」ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いていた。
でも2位でゴールした3-Aクラス代表が苦笑いしながら言った。
「ルナちゃん、君のは障害物競走じゃなくて『魔物・錬金術コミュニケーション走』だよ」
確かに、普通に障害を突破したのは最後の釜だけだった気がする。
「あはは、でもゴールはゴールですよね」
「続いては空中マラソンじゃ〜!」
メルヴィン卿の声と共に、校庭の上空に大小様々な浮遊石が現れた。
魔力で浮いている石の上を飛び移りながら、空中コースを走破する競技だ。
「高さは約50メートル!足場が消える仕掛けや、逆さまに回転する石もあるぞ〜」
観客席がざわめく。確かに見上げると、浮遊石の中には不安定にふらふらと揺れているものや、ゆっくりと回転しているものもある。
「転落した場合は安全魔法で受け止めるから安心じゃ〜。ただし、その時は失格となる〜」
参加者たちがスタート地点の浮遊台に移動する。
私も『浮遊薬』を飲んで、ふわりと宙に浮いた。
「気をつけてくださいね、お嬢様」観客席からセレーナが心配そうに見上げている。
「大丈夫よ〜」
でも内心では、少し心配だった。
高所恐怖症ではないけれど、50メートルの高さから落ちるのは怖い。
「それでは…スタート〜!」
今度は普通の合図で競技が始まった。
最初の浮遊石への跳躍は成功。ふわりと着地して、次の石を目指す。
でも2つ目の石に飛び移った瞬間、石がぐらぐらと揺れ始めた。
「うわあああ〜」
バランスを崩しそうになったけれど、なんとか持ちこたえる。
前を走る他のクラス代表たちは慣れた様子で、揺れる石の動きに合わせて次々と跳躍していく。
「すごいなあ…」
でも私には私のやり方がある。
ポケットから『超ジャンプ薬』を取り出して、一気に飲み干した。
「『軽やか〜に、高く高く〜』」
薬の効果で体が軽くなって、ジャンプ力が10倍になった。
次の石へ向かって大きく跳躍…したつもりが、勢いがつきすぎてコースを大きく外れてしまった。
「あれ〜?」
気がつくと、学院の屋根の上を飛び越えて、王都の街並みが見えるところまで飛んでいた。
「うわああああ〜!」
慌てて『緊急着地薬』を飲んで、なんとかコースに戻る。
でも既に最下位になっていた。
「お嬢様〜大丈夫ですか〜」遥か下からセレーナの声が聞こえる。
「平気よ〜」
でも平気じゃなかった。
薬の効果でまだジャンプ力が強化されているから、次の石に飛び移るのも一苦労だ。
そんな時、前方で大きな悲鳴が聞こえた。
「うわああああ〜!」
2-Cクラス代表が足場の石から滑り落ちて、空中をくるくると回転しながら落下している。
でも約束通り、安全魔法が発動して、代表はふわふわと雲のようなクッションに包まれて地上に降りて行く。
「大丈夫ですか〜?」地上から応急手当ての先生の声が聞こえた。
「はい〜なんとか〜」代表は手を振って無事をアピールしている。
「あ、観客にサービスしてる」
落下中にも関わらず、観客席に向かって手を振り続ける代表。
さすがエンターテイメント精神旺盛な学院の生徒だ。
私も負けていられない。
残り3つの浮遊石を確実に渡って、なんとかゴールを目指す。
最後の石は逆さまに回転していて、着地した瞬間に天地がひっくり返った。
「うわ〜!」
逆さまの状態でゴールラインを目指すことになったけれど、前世の体操経験を活かして、なんとか逆立ちのままゴールイン。
「お疲れ様でした〜」
地上に降りると、カタリナが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですの?」
「うん、何とか。でも途中で王都観光しちゃった」
「王都観光って…」
結果発表では、私は中位の成績だった。
コース外に飛び出した減点があったけれど、最終的にゴールできたので失格は免れた。
「次の種目も頑張りましょう」
でもこの時点で、既にかなり疲れていた。
まだ半分も終わっていないのに、この先大丈夫だろうか。
「ふみゅ〜」ふわりちゃんが励ますように鳴いてくれた。
「そうね、頑張らなくちゃ」
こうして体育大会は、予想以上に波乱万丈のスタートを切ったのだった。