第50話 ルナ流花火大会(夏祭り 一日目)
「お嬢様、今度は一体何を企んでいらっしゃるのですか?」
セレーナが実験室に入ってきた瞬間、私の机の上に並べられた大量の花火玉を見て、予想通りの困った顔をした。
「企むだなんて人聞きの悪い!今日は王都の夏祭りに向けて、特製花火の準備をしているのよ!」
私は得意げに胸を張った。
机の上には色とりどりの錬金術材料と、昨日完成させた『美化爆発薬』が整然と並んでいる。
「ふみゅ〜?」
肩の上のふわりちゃんが首をかしげて、水色の瞳で花火玉を見つめている。
ハーブも「ピューイ、ピューイ」と興味深そうに鳴いた。
「普通の花火じゃつまらないでしょう?だから錬金術と魔法を組み合わせた『ルナ流特製花火』を作ることにしたの!」
「ルナ流……また不安な響きですわね」
優雅な足音と共に、カタリナが実験室に入ってきた。
赤茶色の縦ロールが揺れ、蒼い瞳に若干の心配の色が浮かんでいる。
「カタリナ!!一緒に花火を作りましょう!」
「もちろんですわ。でも……」カタリナが花火玉を手に取りながら言う。
「普通の花火でも十分美しいと思うのですが、なぜわざわざ錬金術を?」
「それはね——」
私は実験台の前に立ち、まるで講義をするように両手を広げた。
「普通の花火は一瞬で終わってしまうでしょう?でも錬金術を使えば、もっと長く、もっと美しく、そして何より——」
「もっと危険に?」
セレーナの冷静なツッコミが実験室に響く。
「違うわよ!もっと魔法的に!」
その時、ドアがノックされて、エリオットが顔を覗かせた。
「失礼します。爆発音が聞こえたような気がしたので……あれ、まだ何も始めていませんね」
「エリオット!」私は手を振って彼を迎えた。
「ちょうど良いところに来たわね。今日は王都の夏祭りで使う特製花火を作るのよ!」
「花火ですか……」エリオットの紫色の瞳が興味深そうに輝く。
「どのような仕組みを考えていらっしゃるのでしょうか?」
「説明するわね!」
私は興奮して材料を指差し始めた。
「まず、昨日完成させた『美化爆発薬』をベースに、『星屑粉』で きらめき効果、『風鳴石』で美しい音色、そして——」
「そして?」
「『時の砂』で花火が空中に長時間留まるように時間を少し遅くするの!まるで星座が踊っているような花火になるはず!」
「ふみゅみゅ〜!」
ふわりちゃんが嬉しそうに小さな翼をぱたぱたと動かした。その可愛さに全員が思わず顔を緩める。
「理論上は確かに美しそうですわね」カタリナが頷く。「でも時の砂の制御は非常に難しいはずですが……」
「大丈夫!前回の経験があるし、今回はふわりちゃんもいるもの!」
私がふわりちゃんの頭を撫でると、「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いた。
「それでは早速始めましょうか」
エリオットが錬金術道具を準備し始める。
カタリナも優雅に袖をまくって、実験の準備を整えた。
「まず最初に美化爆発薬を花火玉に注入するわ。セレーナ、例の防護結界の準備はできてる?」
「はい、今回は特別に強力な結界を張らせていただきました」
セレーナが苦笑いしながら答える。実験室の周りには、いつもの倍の魔法陣が描かれていた。
「それじゃあ、開始!」
私は錬金術用の青い炎に魔力を込めながら、慎重に材料を混ぜ始めた。
最初に美化爆発薬を花火玉に浸透させる。
「おお、花火玉が虹色に光り始めましたね」
エリオットが感心したように言う。
「次は星屑粉よ!」
銀色にきらめく粉を加えると、花火玉の表面に小さな星のような光の点が浮かび上がった。
「美しいですわ」
カタリナが息を呑む。
「ピューイ、ピューイ!」
ハーブも興奮したように跳ねている。
「風鳴石も追加!」
透明な石の欠片を加えると、花火玉から美しい風鈴のような音色が響き始めた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんもその音色に合わせて嬉しそうに鳴く。
「最後に時の砂を……今度は慎重に」
私が時の砂を一粒ずつ数えながら加えていく。一粒、二粒、三粒……
「お嬢様、集中してください」
セレーナが心配そうに見守る中、私は完璧な分量の時の砂を花火玉に加えた。
すると、花火玉がゆっくりと宙に浮かび上がり、まるで呼吸をするように光の強さが変化し始めた。
「成功……?」
カタリナが恐る恐る尋ねる。
「まだ分からないわ。実際に打ち上げてみないと」
その時、兄さんが実験室のドアを開けて入ってきた。
「ルナ、今日は静かだと思ったら……何だその浮いている玉は?」
「兄さん、タイミング完璧!今から初回テストよ!」
「テスト?まさか屋敷で花火を打ち上げるつもりじゃないだろうな」
兄さんの顔が青ざめる。
「大丈夫よ、庭の上空で小さくテストするだけ」
「小さく、ですか?」
セレーナが疑わしそうに眉をひそめる。
「信じて!」
私は完成した花火玉を大切に抱えて、みんなを庭に誘導した。
ふわりちゃんとハーブも一緒についてくる。
庭に出ると、夕暮れ時の空が美しいオレンジ色に染まっていた。
「それじゃあ、3、2、1……発射!」
私が花火玉を空に向かって放り投げると、魔法で加速された花火玉がくるくると回りながら上昇していく。
そして——
パァァァン!
空中で花火が炸裂した瞬間、時間がゆっくりと流れているような錯覚を覚えた。
虹色の光の粒が宙に留まりながら、まるで星座のような美しい模様を描く。
「ふみゅ〜〜〜♪」
ふわりちゃんが感動したように長く鳴いた。
「ピューイ、ピューイ!」
ハーブも興奮して跳ね回っている。
そして風鳴石の効果で、美しい音色が夜空に響き渡る。
まるで天空のオーケストラのような音楽だった。
「これは……」
カタリナが言葉を失っている。
「素晴らしいです」
エリオットも見とれている。
光の星座は約一分間空中に留まり続け、最後には花びらのように舞い散って消えていった。
「やったあ!大成功!」
私が飛び跳ねると、ふわりちゃんも一緒に「ふみゅみゅ〜!」と喜んだ。
「確かに美しかったが……」兄さんが困ったような顔をする。
「隣の屋敷の人たちが皆出てきて見ているぞ」
振り返ると、確かに近所の人たちが庭やバルコニーから私たちの方を見つめていた。
「あら、好評みたいね」
「お嬢様、明日の夏祭りで使う花火は、もう少し控えめにしていただけませんでしょうか」
セレーナが苦笑いしながら提案する。
「大丈夫よ!祭り会場は広いし、みんな喜ぶわよ!」
その時、グランヴィル侯爵の屋敷の方から使いの者が走ってきた。
「アルケミ伯爵家の皆様!侯爵様がお尋ねです。先ほどの美しい光は一体……?」
「あー……」
私たちは顔を見合わせた。
「説明が必要そうですわね」
カタリナが優雅にため息をつく。
「ふみゅ〜?」
ふわりちゃんが首をかしげながら、相変わらず可愛らしく鳴いた。
結局、グランヴィル侯爵に事情を説明することになったが、意外にも侯爵は大変感動してくださり、「是非とも明日からの夏祭りで披露してほしい」と言ってくださった。
「やったね、ふわりちゃん、ハーブ!」
「ふみゅみゅ〜♪」
「ピューイ、ピューイ!」
翌日の夏祭り(一日目)では、私の『ルナ流特製花火』が大好評で、王都中の人々が感動の声を上げた。特に子どもたちが「もう一度!もう一度!」と大はしゃぎしてくれて、とても嬉しかった。
「今回の実験は、予想以上の成功でしたわね」
カタリナが満足そうに微笑む。
「うん!でも次はもっとすごい花火を作ってみたいな」
「お嬢様、まずは今回の調合法をきちんと記録してからにしてください」
セレーナの言葉に、私は慌てて実験ノートを取り出した。
こうして、王都初の錬金術花火大会は大成功に終わった。
ふわりちゃんとハーブも一緒に楽しんでくれて、本当に素晴らしい一日だった!
でも……次はどんな花火を作ろうかな?