第5話 お嬢様のお茶会と予想外の香り爆弾
「お嬢様、本日はカタリナ様がお茶会いらっしゃいますが……」
執事のハロルドが、いつものように心配そうな表情で私に告げる。
彼の眼鏡の奥の目が「どうか今日は爆発させないで」と懇願している。
「あら、それは素敵ね! 特別なお菓子でもてなしましょう」
私は書斎から振り返りながら答える。
机の上には昨日から仕込んでいた「魔力回復クッキー(試作3号)」の材料が山積みだ。
「……お嬢様、まさか、そのクッキーを……?」
「ええ、もちろんよ! せっかくだから、香り付けも工夫してみたの」
ハロルドの顔が青くなる。
私の「工夫」がどういう結果をもたらすか、彼は身をもって知っているのだ。
午後、カタリナが優雅に屋敷を訪れた。
いつものように完璧な縦ロール、蒼い瞳が輝いている。
「ルナさん、今日はお招きいただいて光栄ですわ」
典型的なお嬢様口調で微笑む彼女に、私は胸を張る。
「ふふん、今日は特別製のクッキーを用意したの! きっと驚くわよ」
庭園のテーブルに案内すると、メイドがティーセットを運んできた。
そして、問題の「魔力回復クッキー(試作3号)」も一緒に。
見た目は普通のクッキー。でも、近づくと微かに甘い香りと……ちょっと妙な匂いも混じっている。
「まあ、良い香りですわね」
カタリナは礼儀正しく微笑みながら、ひとつ手に取る。私も一緒に……
「いただきま——」
——パンッ!
口の中で小さな爆発音。
そして次の瞬間、私たちの周りに虹色の煙がもくもくと立ち上った。
「きゃあっ!?」
カタリナの完璧な縦ロールが煙でくるくる回る。
私も慌てて手をぱたぱたと振るが、煙は収まるどころか、どんどん濃くなっていく。
「ルナさん! これは一体……!?」
「え、えーっと……『噛むと香りが広がるクッキー』のつもりだったのよ!?」
庭園中が甘い香りと花のような匂いで満たされる。
メイドたちが慌てて駆けつけ、執事のハロルドは頭を抱えている。
「お嬢様あああ! また——!」
しかし、煙が晴れてきた時、私たちは奇妙な光景を目にした。
庭園の花々が、普段より鮮やかに咲いているのだ。
バラは色とりどりに輝き、小さな蝶々たちが嬉しそうに舞い踊っている。
「あら……これは……」
カタリナが驚嘆の声を上げる。
彼女の縦ロールも、なぜかいつもより艶やかで美しい。
「やだ、意外と成功してるじゃない!」
私は嬉しくなって小躍りする。
クッキーの「香り爆弾」効果で、庭園全体が魔力に包まれ、植物が活性化したらしい。
「ルナさん……あなたって、本当に予想がつきませんわね」
カタリナは苦笑いしながらも、どこか楽しそうだ。
「でも、味は……?」
恐る恐る、残ったクッキーをかじってみる。
今度は爆発しない。
「……美味しい! 魔力も回復してる気がするわ」
「本当ですわ! 体が軽やかになった感じが……」
私たちは顔を見合わせて笑う。
「次回は『爆発しないバージョン』も作ってみるわ」
「……それ、今回も爆発する予定じゃなかったでしょう?」
カタリナの鋭いツッコミに、私は苦笑い。
「あはは……まあ、結果オーライということで!」
庭園に舞い踊る蝶々たちと、虹色に輝く花々を眺めながら、私たちの特別なお茶会は続いた。
執事のハロルドは遠くで深いため息をついているが、メイドたちは美しくなった花園を見て、小さく拍手している。
「でも正直に言うと……」
カタリナが小声で呟く。
「こういう予想外の出来事も、たまには悪くありませんわね」
私はにっこり笑って答える。
「それじゃあ、次回は『お茶が光るティーパーティー』でもやってみましょうか!」
「それはちょっと……」
カタリナの完璧な微笑みが、一瞬だけ引きつった。
こうして今日も、ルナ・アルケミの小さな大実験は、予想外の美しい結果をもたらしたのだった。