第49話 侯爵令嬢と伯爵令嬢の無害な爆発?
「お嬢様、今日は一体何を……」
セレーナがドアを開けた瞬間、私の実験室から立ち上る怪しい紫色の煙を見て、深いため息をついた。
その煙の中から「ふみゅ〜」という可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。
「あ、セレーナ!ちょうど良いタイミング!」
私は煙の中から手を振って応答した。
実験台の上では、ハーブが「ピューイ、ピューイ」と心配そうに鳴いている。
そして私の肩の上には、真っ白でふわふわなふわりちゃんが、水色の瞳をくるんとした長いまつげで瞬かせながら座っていた。
「ふみゅみゅ〜?」
ふわりちゃんが首をかしげると、その破壊的な可愛さに思わずセレーナも表情を緩めてしまう。
「今日はカタリナと一緒に『完全無害爆発薬』の開発をしているの!」
「完全無害って……爆発している時点で矛盾しているような気がするのですが」
セレーナの的確なツッコミに、私は慌てて手をひらひらと振った。
「違うの!見た目は派手な爆発だけど、実際には何の害もない!お祭りの花火みたいなものよ!」
その時、実験室のドアがノックされた。
「ルナさん、ごきげんよう」
赤茶色の縦ロールが美しく揺れながら、カタリナが優雅に入室してきた。
彼女の手には精巧に作られた錬金術道具一式が入ったケースが握られている。
「カタリナ!来てくれたのね!」
「もちろんですわ。『完全無害爆発薬』なんて興味深い研究、お手伝いしないわけにはいきませんもの」
カタリナが蒼い瞳を輝かせながら言うと、ふわりちゃんが「ふみゅ?」と彼女に向かって小さな翼をぱたぱたと動かした。
「まあ、ふわりちゃん、今日も可愛らしいですわね」
カタリナがふわりちゃんの頭を優しく撫でると、「ふみゅみゅ〜」と嬉しそうに鳴く。
その光景を見てハーブが「ピューイ!」と嫉妬するような鳴き声を上げた。
「よし、それじゃあ早速始めましょう!」
私は実験台の上に材料を並べ始めた。
『発光花粉』『虹色水晶の欠片』『風精の羽根』、そして秘密兵器の『時の砂』。
「ルナさん、まず理論から確認いたしましょう。この完全無害爆発薬の原理は?」
カタリナが真面目な表情で質問してくる。さすが成績優秀な彼女だ。
「えーっと、発光花粉で光の演出、虹色水晶で色彩効果、風精の羽根で爆風の代わりに心地よいそよ風を作るの。そして時の砂で爆発の瞬間を少し引き延ばして、より美しく見せる予定!」
「なるほど、理論上は確かに無害ですわね。でも……」
カタリナが眉をひそめる。
「でも?」
「時の砂の量を間違えると、時間加速が起きて材料同士の反応が予想以上に激しくなる可能性がありますわ」
「大丈夫!前に時間加速薬を作った時の経験があるから!」
私は自信満々に答えたが、セレーナとカタリナが同時に不安そうな表情を浮かべた。
「お嬢様、その時間加速薬の実験で、屋敷の庭に虹色のきのこが一週間生え続けたことをお忘れですか?」
「あ……」
確かにあの時は少し予想外の結果になった。でも今回は違う!
「今度こそ成功させるわ!」
私は錬金術用の魔力を込めた青い炎を実験台の下で燃やし始めた。
材料を順番に加えていくと、薄い光が立ち上り始める。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが興味深そうに実験を見つめている。
ハーブも「ピューイ、ピューイ」と応援するように鳴いた。
「発光花粉、投入!」
金色の粉を加えると、鍋の中が柔らかく光り始めた。
「虹色水晶、投入!」
七色に輝く欠片を加えると、光が虹色に変化する。順調順調!
「風精の羽根、投入!」
透明な羽根を加えると、鍋の中で小さな竜巻のようなものが踊り始めた。
「最後に時の砂を……」
私が慎重に時の砂を計量していると、ふわりちゃんが「ふみゅみゅ?」と首をかしげながら私の手元を見つめている。
「あら、ふわりちゃんも興味があるの?」
その時、ふわりちゃんの小さな翼が私の手に触れた。
「あっ」
手が滑って、予定の三倍の時の砂が鍋に落ちてしまった。
「ルナさん!」
カタリナが慌てて『拘束の蔦』の魔法を準備したが、もう遅い。
「みんな、伏せて——!」
ーードォォォォン!
実験室全体が虹色の光に包まれ、巨大な爆発音が響いた。
でも不思議なことに、爆風の代わりに花のような甘い香りがふわりと漂ってくる。
煙が晴れると、実験室の壁一面に美しい虹色の模様が描かれていた。
まるで巨大な万華鏡の中にいるみたいだ。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんが嬉しそうに小さな翼をぱたぱたと動かしている。
ハーブも「ピューイ!」と喜んでいる。
「これは……」
カタリナが呆然と壁の模様を見つめている。
「綺麗ですわね」
「でしょう?完全無害爆発薬、大成功よ!」
私が得意げに言うと、セレーナが深いため息をついた。
「お嬢様、確かに害はありませんでしたが、今度は実験室がまるで虹色の万華鏡のようになってしまいました」
「細かいことは気にしない、気にしない!」
その時、ドアが勢いよく開いて、兄さんが慌てた様子で入ってきた。
「ルナ!今度は何を——」
兄さんが実験室に入った瞬間、虹色の模様に目を奪われて言葉を失った。
「兄さん、どう?綺麗でしょう?」
「……確かに綺麗だが、これをどうやって元に戻すつもりだ?」
「えーっと……」
私が困っていると、ふわりちゃんが「ふみゅ?」と首をかしげながら、その神聖な力を発揮し始めた。
ふわりちゃんの周りから柔らかい光が放射されると、虹色の模様が少しずつ薄くなっていく。
「ふみゅみゅ〜」
「さすがふわりちゃん!」
でも完全には消えず、壁には淡い虹色の模様が残っていた。
「まあ、これはこれで素敵ですわね」
カタリナが微笑みながら言う。
「そうですね、実験室が少し華やかになりました」
セレーナも諦めたように笑っている。
「ピューイ、ピューイ」
ハーブが満足そうに鳴くと、「ふみゅ〜」とふわりちゃんも嬉しそうに応答した。
「それにしても、時の砂の量が三倍になったのに、予想以上に美しい結果になりましたわね」
カタリナが感心したように言う。
「実はね、ふわりちゃんの神聖な力が反応を安定させてくれたのかも」
私がふわりちゃんの頭を撫でると、「ふみゅみゅ〜」と照れたように鳴いた。
「なるほど、それで爆発が美しい光の演出に変わったのですね」
セレーナが納得したように頷く。
「まあ、結果オーライということで!」
私が手を叩くと、兄さんが苦笑いを浮かべた。
「次回からは爆発の規模をもう少し考慮してくれ。執事のハロルドが心配していたぞ」
「はーい、気をつけるわ」
その時、実験室の窓から庭が見えた。なんと、爆発の影響で庭の花々が一斉に咲き誇っている。
「あら、副次効果として庭が美しくなりましたわね」
「『完全無害爆発薬』改め『美化爆発薬』ね!」
「お嬢様のネーミングセンスは相変わらずですが、今回の実験は予想外の成功と言えるでしょう」
セレーナが微笑みながら言うと、ハーブが「ピューイ!」と嬉しそうに鳴いた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そうに小さな翼を羽ばたかせている。
「それじゃあ、この調合法をしっかり記録しておきましょう」
カタリナが几帳面に実験ノートを取り出す。
「うん!今度はお祭りで使えるかも!」
私たちは虹色に彩られた実験室で、楽しい実験の記録を残し始めた。
ふわりちゃんとハーブも一緒になって、今日の成功を祝っているようだった。
こうして、また一つ新しい錬金術の発見ができた一日が終わっていく。
爆発は相変わらずだけど、今回は本当に美しい結果になって大満足だ!