第48話 セレスティアとのお茶会
「お嬢様、魔王城からお手紙が届いております」
朝一番、セレーナが美しい黒い封筒を持ってきてくれた。
髪の色は今朝は深い紫色で、魔王城のお手紙に反応しているのかしら。
「セレスティアから?」
封を開けると、丁寧な文字でこう書かれていた。
『親愛なるルナ様
お元気でいらっしゃいますか。久しぶりにお茶会でもいかがでしょうか。
魔界のお菓子をご用意してお待ちしております。
セレスティア』
「魔王からお茶会のお誘い……」
「お嬢様、行かれるのですか?」
セレーナが心配そうに聞く。
「もちろんよ!セレスティアは友達だもの。それに——」
私の頭に素晴らしいアイデアが浮かんだ。
「私も『魔界のお菓子』を作って持参しましょう!」
「魔界のお菓子……また実験ですか?」
「そうよ!きっとセレスティアも喜んでくれるわ」
肩の上でふわりちゃんが首を傾げている。
「ふみゅ?」
「お菓子よ、ふわりちゃん。甘くて美味しいの」
「ふみゅみゅ〜」
足元でハーブが諦めたような表情を浮かべている。
「ピューイ……」
この子も慣れてきたのね。
午後、魔王城への転移魔法陣を使って向かうことになった。
「それでは、行ってまいります」
「お気をつけて、お嬢様」
ハロルドが心配そうに見送ってくれる。
「『魔界のお菓子』は本当に大丈夫でしょうか?」
セレーナが持参用の箱を見つめている。
中には私が朝作った『超甘味凝縮ケーキ』『魔力糖漬けクッキー』『永遠チョコレート』が入っている。
「大丈夫よ!普通のお菓子より10倍甘くて、魔力も込めてあるから魔界の皆さんにピッタリよ」
「10倍って……」
転移魔法陣に足を踏み入れると——
——シュワワワン!
瞬間移動の感覚と共に、魔王城の玄関に到着した。
「いらっしゃいませ、ルナ様」
執事のバルトルドが丁寧にお辞儀をしてくれる。
「お久しぶりです、バルトルドさん」
「セレスティア様がお待ちです。応接間へご案内いたします」
——魔王城応接間——
「ルナさん!来てくれたのね」
セレスティアが嬉しそうに迎えてくれた。相変わらず真面目そうな美しい魔王様だ。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はなしよ。友達でしょう?」
セレスティアの笑顔に、私も緊張がほぐれる。
「お菓子を作って持ってきました!」
「まあ、ありがとう。私も魔界のお菓子を用意したの」
テーブルには見たことのない黒いケーキや紫色のクッキーが並んでいる。
「これが魔界のお菓子……」
「そうよ。少し濃厚だけど、美味しいのよ」
私も持参した箱を開ける。
「こちらが私の『魔界のお菓子』です」
箱を開けた瞬間——
——キラキラキラッ!
お菓子が虹色に光り始めた。
「光ってるわね……」
「はい!魔力を込めて作ったので、普通のお菓子の10倍甘いんです」
「10倍……」
セレスティアが少し青ざめている。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんがお菓子に興味深そうに近づく。
「まずは私のから味わってみて」
セレスティアが黒いケーキを切り分けてくれる。
「いただきます」
一口食べると——濃厚なチョコレートの味が口に広がった。確かに濃厚だけど、上品な甘さ。
「美味しい!さすが魔界のお菓子ね」
「ありがとう。今度はルナのお菓子を——」
セレスティアが私の『超甘味凝縮ケーキ』に手を伸ばす。
「あ、それは少しずつ——」
私の制止も虚しく、セレスティアは普通サイズで口に入れた。
瞬間——
「あ、甘い……甘すぎる……!」
セレスティアの顔が真っ青になった。
「大丈夫?」
「これは……砂糖の塊を食べたような……」
慌てて水を飲むセレスティア。
「すみません!ちょっと甘さを強くしすぎたみたいで……」
その時、バルトルドが様子を見に来た。
「セレスティア様、大丈夫でしょうか?」
「バルトルド……このお菓子を試食してみて……」
「承知いたしました」
バルトルドが『魔力糖漬けクッキー』を一口。
「これは……!」
次の瞬間、バルトルドの体が虹色に光り始めた。
「バルトルド?」
「魔力が……急激に増加しています……」
「ええ?」
私が驚いていると、バルトルドが宙に浮き始めた。
「うわああああ!」
「バルトルド!」
セレスティアが慌てて魔法で彼を支える。
「ルナさん、このお菓子に何を入れたの?」
「えーっと……『甘味増幅剤』『魔力濃縮液』『永続化粉末』……」
「永続化粉末?」
「はい。甘さが永続的に続くように……」
「それは危険すぎるわ!」
セレスティアが青ざめている間に、さらなる事態が発生。
——ドガガガーン!
魔王城が揺れ始めた。
「今度は何?」
窓の外を見ると、城の庭で魔界の植物たちが異常成長している。
私のお菓子の甘味成分が空気中に拡散して、植物たちが糖分を吸収してしまったみたい。
「あああああ!」
「ルナさん、あなたのお菓子の影響よ!」
バラの花が巨大化し、きのこが空まで伸びて、果物の木が実をつけすぎて重みで倒れそうになっている。
「どうしよう……」
その時、『永遠チョコレート』からも異常が始まった。
——ボワボワボワッ!
チョコレートが勝手に増殖し始めたのだ。
「チョコレートが増えてる……」
「永続化粉末の影響で、自己増殖してるのね……」
セレスティアが呆然としている間に、応接間がチョコレートで埋め尽くされそうになった。
「ふみゅ〜!」
ふわりちゃんが小さく鳴くと、その『神聖な力』が発動。お菓子の異常な甘さが少しずつ中和されていく。
「ありがとう、ふわりちゃん!」
「でも、これだけじゃ追いつかないわ……」
セレスティアが困惑している時、魔王城の他の住人たちも駆けつけてきた。
「セレスティア様!城が甘い香りに包まれています!」
「庭の植物が暴走しています!」
「厨房のお砂糖が全部溶けました!」
次々と報告される異常事態。
「すみません、すみません!」
私が謝っている間に、セレスティアが冷静に対策を考えている。
「バルトルド、『甘味中和剤』の在庫は?」
「申し訳ございません。そのような物は……」
「それなら、『苦味増強魔法』で中和するしかないわね」
セレスティアが魔法の詠唱を始める。
「『苦き風よ、甘き災いを鎮めたまえ』!」
——ヒューーーー!
魔王城に苦い風が吹き抜けていく。
お菓子の異常な甘さが少しずつ中和されて、植物たちも正常なサイズに戻り始めた。
「やった!」
「まだよ。根本的な解決になってないわ」
セレスティアの指摘通り、まだ『永遠チョコレート』は増殖を続けている。
「永続化粉末を中和するには……」
私が考えていると、ふと気づいた。
「あ!『時間停止薬』があります!」
「時間停止薬?」
「はい。永続化を停止させれば……」
急いで調合道具を取り出す。
魔王城でも実験ができるなんて、セレスティアは理解があるわね。
「『時の砂』『停止結晶』『静寂の露』……」
材料を混ぜ合わせると、美しい銀色の薬が完成した。
「これをチョコレートにかければ……」
——シュワシュワシュワッ!
薬をかけた瞬間、増殖していたチョコレートがピタリと止まった。
「成功!」
「助かったわ……」
セレスティアが安堵のため息をつく。
バルトルドも地面に降りることができて、魔力の暴走も収まった。
「本当にすみませんでした」
「いえいえ、面白い体験だったわ」
セレスティアが優しく微笑んでくれる。
「でも、次回からはもう少し控えめなお菓子でお願いします」
「はい……」
反省しつつ、私たちは改めてお茶会を楽しんだ。
今度はセレスティアの上品な魔界のお菓子だけで。
「やっぱり、適度な甘さが一番ね」
「そうですね。私も勉強になりました」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうに、小さなケーキを食べている。
「それにしても、ルナさんの実験はいつも予想外ね」
「あはは……今度は『魔界のお茶』を作ってみましょうか?」
「それは遠慮しておくわ……」
セレスティアの即答に、応接間が笑いに包まれた。
夕方、魔王城を後にする時、セレスティアが見送ってくれた。
「今日は楽しかったわ。また来てね」
「はい!今度はもっと安全なお菓子を持参します」
「期待しているわ。でも、あまり『安全』を強調されると逆に心配になるのよね……」
セレスティアの的確なツッコミに、私は苦笑いした。
転移魔法陣で屋敷に戻ると、セレーナが心配そうに迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。魔王城はいかがでしたか?」
「楽しかったわ。でも、ちょっと実験が暴走して……」
「また暴走……今度は何が?」
「お菓子が甘すぎて、魔王城の植物が巨大化したの」
「お菓子で植物が巨大化……お嬢様の実験は本当に予想がつきません」
セレーナが呆れながらも、温かく迎えてくれる。
夕食時、今日の出来事を家族に報告した。
「魔王とお茶会……平和な交流で良いことだ」
兄が安心している。
「でも、またお菓子で騒動を起こしたのか……」
「今度は気をつけます」
「ルナの『気をつける』は信用できないけどね」
兄の的確な指摘に、食卓が笑いに包まれた。
「でも、セレスティアさんは優しい方みたいですね」
「そうよ!とても真面目で、友達思いなの」
「魔王が友達思い……不思議な時代になったものですね」
ハロルドが感慨深げに呟く。
夜、実験日記に今日の成果(?)を記録しながら、私は反省していた。
『魔界のお菓子』の実験は……成功とは言えないわね。甘すぎて危険だった。
でも、セレスティアとの友情が深まったし、『時間停止薬』の新しい応用も発見できた。
次回は適度な甘さのお菓子作りに挑戦しよう。
「明日は『普通のクッキー』を作ってみましょう」
「普通の……本当に普通でしょうか?」
セレーナの心配そうな声を聞きながら、今日もまた刺激的な一日が終わっていく。
魔王城での甘い騒動も、きっと良い思い出になるでしょう。