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第47話 ルナ式「空間収納ポケット」

「お嬢様、『空間拡張袋』の材料をご用意いたしました」


朝一番、セレーナが実験台に不思議な光を放つ材料を並べてくれた。髪の色は今朝は淡い銀色で、時代変化薬の効果がまだ続いているみたい。


「ありがとう、セレーナ。今日も革命的な実験よ!」


私が意気込んで『次元石』『空間布』『容量拡張液』を眺めていると、肩の上でふわりちゃんが興味深そうに首を傾げている。


「ふみゅ?」


「空間収納ポケットを作るのよ!小さな袋に何でも収納できる、夢の袋をね」

「空間収納ポケット……ですか?」

セレーナが不安そうに聞く。


「そうよ!空間錬金術の応用で、内部空間を無限に拡張するの。冒険者の方々にも喜ばれるでしょう?」


「ピューイ〜」

足元でハーブが不安そうに鳴いている。いつもなら慌てふためくのに、今日は何だか悟ったような表情ね。


「どうしたの、ハーブ?いつもより冷静じゃない」

「ピューイ……」


まるで「またお嬢様の実験か……」とでも言いたげな、諦めにも似た鳴き声。


「失礼ね!今回は絶対に成功させるのよ」


そう言いながら、最初の材料『次元石』を手に取る。石は手の中でゆっくりと温かくなり、脈打つように光っている。


「これは……生きてるみたい」

「生きてるって……それ、本当に大丈夫なんでしょうか?」


私が石臼で次元石を砕き始めると——


——ピキピキピキッ!


砕いた欠片それぞれから、小さな空間の歪みが生まれた。


「うわあ、空間が歪んでる……」

実験室の空気がゆらゆらと揺れて、遠くの物が近くに見えたり、近くの物が遠くに見えたりしている。


「空間錬金術って、こういうものなのですね……」

セレーナが目を回しながら呟いている時、廊下から足音が聞こえてきた。


「ルナさん、実験室から妙な光が——」

ドアを開けたカタリナが、優雅に歪んだ空間を見つめている。本当にいつも勘の良い侯爵令嬢だ。


「これは……まるで異世界への入り口みたいですわね」


「カタリナ!ちょうど良いところに。空間収納ポケットの実験中なの」

「空間収納ポケット?それは面白そうですわね」


「でしょう?次は『空間布』を加えて——」


私が特殊な布を鍋に入れた瞬間、布がまるで生き物のように動き始めた。


「あら、動いてる……」

「これは……空間そのものが意識を持ったのでしょうか?」


カタリナが驚愕の表情を浮かべる中、布は鍋の中で美しく踊っている。


「面白い現象ね。次は『容量拡張液』よ」

瓶を開けると、液体が重力を無視して上向きに流れ始めた。


「上に流れてる……」

「これが空間錬金術の基本現象よ。普通の物理法則が通用しないの」


私が液体を鍋に注ぐと——


——ボワアアアン!!


予想を上回る大爆発。しかも今度は空間の爆発だった。


「うわああああ!」


実験室の空間が歪み始め、家具が宙に浮いたり、壁が波打ったり、天井と床が入れ替わったりしている。


「きゃあああ!重力がおかしいです!」

セレーナが宙を浮きながら叫ぶ中、ふわりちゃんだけが楽しそうに空中を舞っている。


「ふみゅみゅ〜♪」

この子は本当にマイペースね。


「『空間収納ポケット』の完成……かしら?」


鍋の中には、まるで宇宙を切り取ったような美しい袋が浮かんでいる。深い青色の布地に星々がきらめいて、本当に綺麗。


「これを使えば、何でも収納できるのね」

「でも、空間が歪みすぎてますわ」

カタリナが宙に浮きながら心配している。


その時、実験の影響が屋敷全体に広がり始めた。


——ドドドーン!


今度は庭の方から連続爆発音。窓の外を見ると——


「あああああ!」


庭の家具たちが勝手に歩き回っている。

椅子が足を生やして散歩し、テーブルがぴょんぴょんと庭を駆け巡り、本棚が本を撒き散らしながら踊っている。


「家具の大行進……」

「これは壮観ですわね」


カタリナが感心している間に、事態はさらにエスカレート。


「お嬢様〜!大変です〜!」

マリアが慌てて飛んできた——文字通り、空中を飛んで。


「マリアまで浮いてる……」

「屋敷中の家具が歩き回って、お客様をお迎えする準備を始めてます!」


「お客様?」

その時、玄関の方から上品なノック音が聞こえた。


「失礼いたします、アルケミ令嬢」

先日の古代文明研究会のディクソン氏が——椅子に乗って空中を移動しながら現れた。


「あ、ディクソンさん!椅子に乗って……」

「これは……実に興味深い現象ですね」


学者らしく、冷静に状況を分析している。


「空間錬金術の実験でしょうか?」

「はい……ちょっと暴走してしまって」


「素晴らしい!これほど大規模な空間干渉は、古代遺跡でも稀です」


ディクソンさんが感動している間に、校長先生も魔法の絨毯で飛んできた。


「ルナ・アルケミさーん!今度は何を——」


窓から入ってきた瞬間、校長先生の絨毯が勝手に踊り始めた。


「絨毯まで踊ってる……」

「これは『生命付与』の応用ですね」


校長の分析に、私は目を輝かせた。


「生命付与?」

「空間拡張の余波で、無機物に意識が芽生えたのでしょう」

「つまり、家具たちが生きてるってこと?」


その時、庭のテーブルが窓際にやってきて、丁寧にお辞儀をした。


「テーブルがお辞儀……可愛い」


「ふみゅみゅ〜」

ふわりちゃんもテーブルに手を振っている。


「でも、これは収拾がつかなくなりますわ」


カタリナの心配通り、屋敷中の家具が自由に動き回っている。

本棚は本の整理に励み、椅子たちは円になって会議を開き、花瓶は水やりの真似事をしている。


「『空間収納ポケット』の実験は成功したけど……副作用が大きすぎるわね」

私が苦笑いしていると、鍋から完成した袋が浮かび上がってきた。


「まあ、美しい……」


袋は確かに美しく、小さな外見に反して内部には無限の空間が広がっているのが分かる。


「試してみましょう」

私が近くにあった大きな本を袋に入れると——スポッと簡単に入った。


「入った!本当に空間収納ポケットね」


「でも、取り出せますの?」

カタリナの心配をよそに、袋に手を突っ込むと——


——ボヨヨヨーン!


腕が異次元空間に吸い込まれそうになった。


「うわああ!腕が!」


慌てて引っ張ると、本と一緒に色々な物が出てきた。古い靴下、謎の羽根ペン、見覚えのない魔法書……。


「これ、どこから来たの?」

「他の次元から拾ってきてしまったのでしょうね」


校長の分析に、みんなが青ざめた。


「他の次元って……」

その時、袋からさらに奇妙な物が飛び出してきた。光る石、鳴く花、歩く帽子……。


「異次元の生き物まで……」


「これは本格的に危険ですわね」

カタリナが困惑している間に、歩く帽子がハーブの頭に飛び乗った。


「ピューイ?」

ハーブが困惑している姿が可愛い。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんが小さく鳴くと、その『神聖な力』が発動。屋敷中の異常現象がゆっくりと収まり始める。


「ありがとう、ふわりちゃん」

「ふみゅみゅ〜」


家具たちも元の場所に戻り始めるが、まだ少しだけ意識が残っているみたい。

椅子がこっそりお辞儀したり、テーブルがそっと揺れたりしている。


「完全には戻らないのね」

「恐らく、意識の痕跡が残っているのでしょう」


校長の説明に、私は嬉しくなった。


「それなら、家具たちとお友達になれるかも」

「お嬢様の発想は独特すぎます……」


セレーナが苦笑いしている間に、『空間収納ポケット』から最後の大噴出が始まった。


——ボオオオオン!!


今度は虹色の空間の渦が現れ、袋を包み込んだ。


「うわあああ!」


渦が消えると、袋は美しく光る普通のサイズに戻っていた。


「制御可能なサイズになったみたいね」

「でも、安全性は?」


カタリナの心配をよそに、私は恐る恐る袋に手を入れてみる。今度は普通に物を出し入れできた。


「成功!本当の空間収納ポケットの完成よ」

「素晴らしい成果ですね」


ディクソンさんが感心している。


「ただし、使用法の習得が必要でしょう」

校長の指摘はもっともだった。


午後、カタリナと一緒に袋の最終調整を行った。


「この『空間収納ポケット』、本当に安全に使えるようになったのかしら?」

私が恐る恐る袋に手を入れてテストしていると、カタリナが心配そうに見守っている。


「ルナさん、無理をしてはいけませんわ」

「大丈夫よ。今度はちゃんと制御できてるもの」


そう言った瞬間——


——ボンッ!


袋から小さな爆発が起こり、虹色の煙がもくもくと立ち上った。


「きゃあ!また爆発!」

「ルナさん!」


カタリナが慌てて私の手を引っ張る。


「だ、大丈夫よ!小爆発だから!」


煙が晴れると、袋の周りに小さな星屑のような光の粒が舞っていた。


「まあ、綺麗……でも、これも異常現象ですわよね?」

「そうね……でも害はなさそうよ」


光の粒は部屋中を舞い踊り、触れた物を一瞬だけキラキラと光らせていく。


「ふみゅみゅ〜」

ふわりちゃんが光の粒と一緒に踊っている。この子には爆発も娯楽なのね。


「セレーナの髪も光ってますわ」

確かに、セレーナの銀色の髪が星屑に触れて、まるで天の川のように輝いている。


「綺麗ですけど、お掃除が大変そうです……」


夕方、実験を終えて屋敷に戻ると、兄が待っていた。


「ルナ、今度は家具が生きているという報告を受けたが……」


「あはは……ちょっと実験が暴走して」


「空間収納ポケット?とか言う物のの実験は成功したのか?」

「大成功よ!見て」


私が袋を見せると、兄が驚いた。


「本当に無限収納か……これは……間違いなく売れる!」

兄の商魂に火が付いた様だ。


「冒険者ギルドや商人組合からの需要は相当なものだろう」

「でしょう?」


「これ、安全性は問題ないのか?」

「もちろんよ!家具が歩き回るのは想定外だったけど……」


「想定外で済まされるレベルじゃないと思うが……」

兄の的確なツッコミに、夕食の席が笑いに包まれた。


「でも、椅子さんたちが挨拶してくれるのは可愛いですよ」

セレーナがフォローしてくれる。


確かに、食事中も椅子がそっと居心地よく調整してくれたり、テーブルが料理を取りやすい位置に動いてくれたりしている。


「ピューイ〜」

ハーブも満足そうに鳴いている。歩く帽子を気に入ったみたい。


「ふみゅみゅ〜」

ふわりちゃんも嬉しそう。今日は大きな事故がなくて良かった。


「明日は『瞬間移動靴』を作ってみましょう」

「瞬間移動靴……また空間系ですか?」


セレーナが心配そうに聞く。


「そうよ!履いた瞬間に好きな場所へ移動できる魔法の靴よ」

「それは……また大変そうですね」


夜、実験日記に今日の成果を記録しながら、私は満足していた。


『空間収納ポケット』の実験は大成功。少し副作用があったけど、実用的な収納袋が完成した。


そして何より、家具たちに意識が芽生えたのは予想外の収穫。これで毎日がもっと楽しくなりそう。


明日はどんな面白い実験にしようかしら——。


「あれ?これってモーガン先生立ち合いじゃなきゃいけなかったけ?まあ、校長先生やディクソンさんいたしいいかぁ」


そんなことを考えながら、今日もまた刺激的な一日が終わっていく。

椅子がそっとお辞儀して、テーブルが優しく揺れて、今夜も賑やかな屋敷で眠りにつく。

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