第46話 飲む魔法
「お嬢様、『魔力蓄積剤』の材料をご用意いたしました」
セレーナが実験台に色とりどりの材料を並べてくれた。
髪の色は今朝は深い青色に変わっている。
時代変化薬の効果がまだ続いているみたい。
「ありがとう、セレーナ。今日は画期的な実験よ!」
私が意気込んで材料を眺めていると、肩の上でふわりちゃんが首を傾げている。
「ふみゅ?」
「今日は『飲む魔法』を作るのよ!魔法が苦手な私でも、飲んだら即発動する魔法薬を調合するの」
「飲む魔法……ですか?」
セレーナが不安そうに聞く。
「そうよ!魔法を錬金術で補完するのよ。天才的発想でしょう?」
「ピューイピューイ」
足元でハーブが慌てたように鳴いている。この子は私の実験の危険度を本能で察知するのよね。
「大丈夫よ、ハーブ。今回は安全な調合だから」
そう言いながら、最初の材料『月光石粉末』を手に取る。瞬間、粉末が青白く光り始めた。
「あら、今日は特に反応が良いわね」
「反応って……粉末が光るのは普通じゃありませんよね?」
「気にしない気にしない。次は『魔力蓄積液』よ」
瓶を開けると、まるで液体の星空のような美しい薬液が入っている。これに魔力を込めると、飲んだ人の体内で魔法が発動する仕組みよ。
「まずは『火炎ジュース』から作りましょう」
「火炎ジュース……名前からして危険そうですが」
セレーナの心配をよそに、私は『炎の精霊粉』を取り出す。
「これを魔力蓄積液と組み合わせて——」
——ボワッ!
粉を加えた瞬間、鍋から小さな火の玉が飛び出した。
「きゃあ!」
セレーナが身を屈める中、火の玉は実験室を一周して鍋に戻っていく。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんが楽しそうに手を叩いている。
「素晴らしい!魔法が自動発動してるわ」
私が感動していると、鍋の中で美しいオレンジ色の液体が完成していた。
「これが火炎ジュース?」
「そうよ!一口飲めば火の魔法が使えるの」
「でも、お嬢様は火の魔法が使えませんよね?」
「だからこその錬金術よ!試してみましょう」
私が出来上がったジュースをコップに注ぐ。オレンジジュースみたい。
「いただきます」
一口飲んだ瞬間——
——ゴオオオオ!
私の口から巨大な火炎が噴き出した。
「うわああああ!」
実験室の天井が焦げる中、私は慌てて水を飲み込んだ。
「お嬢様!大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫よ……ちょっと火力が強すぎたみたい」
「ピューイピューイ!」
ハーブが心配そうに私の周りを跳ね回っている。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが小さな手で私の頬を撫でてくれる。癒される。
「次は量を調整しましょう。『姿消しティー』を作ってみるわ」
「姿消しティー……今度は透明になるんですか?」
「そうよ!『透明化の葉』と『光屈折剤』を組み合わせて——」
材料を鍋に入れていると、途中で液体が消えた。
「あら?どこ行ったのかしら」
「消えた……まさか既に透明に?」
セレーナが鍋を覗き込むと——
——ポンッ!
透明な液体が跳ね返って、セレーナの頭にかかった。
「きゃっ!」
瞬間、セレーナの姿が消えた。
「セレーナ?どこにいるの?」
「こ、ここです……体が見えません……」
空中から声が聞こえる。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんが空中に向かって手を振っている。見えてるのかしら?
「大丈夫よ、しばらくすれば元に戻るから」
そう言っているうちに、セレーナの姿がぼんやりと現れ始めた。
「見えてきました……でも、髪の色が透明になってます」
確かに、セレーナの髪が透明な青色になっている。時代変化薬と透明化薬の複合効果ね。
「綺麗じゃない?新しいファッションかも」
「お嬢様の美的感覚は独特すぎます……」
その時、実験室のドアが開いて、カタリナが優雅に入ってきた。
いつものように完璧な縦ロール、蒼い瞳が輝いている。
「ルナさん、お屋敷の方から煙が見えましたけど——まあ、セレーナさんの髪が透明?」
「カタリナ!ちょうど良いところに。『飲む魔法』の実験中なのよ」
「飲む魔法?」
カタリナが興味深そうに眉を上げる。
「魔力蓄積剤を使って、飲んだら即発動する魔法薬を作ってるの」
「それは……実用的かもしれませんわね」
「でしょう?冒険者の方々にも役立つと思うのよ」
私が説明していると、鍋から虹色の蒸気が立ち上り始めた。
「あら、また何か起こるみたい」
「ルナさん、一歩下がって——」
——ドゴオオオン!
巨大な爆発と共に、実験室が様々な魔法効果に包まれた。
火の玉が飛び回り、透明な風が渦巻き、床には氷の結晶が広がっている。
「うわああああ!」
「魔法のオンパレードですわ!」
慌てる私たちの中で、ふわりちゃんだけが楽しそうに宙を舞っている。
「ふみゅみゅ〜♪」
この子は本当にマイペースね。
「『全魔法統合薬』の完成……かしら?」
鍋の中には、まるで液体の宝石箱のような美しい薬が渦巻いている。
「これを飲んだら、すべての魔法が使えるってこと?」
「理論上はそうですが……危険すぎますわ」
カタリナが青ざめている。
その時、爆発音を聞きつけて校長先生が魔法の絨毯で飛んできた。
「ルナ・アルケミさーん!今度は何を——」
窓から入ってきた校長先生が、カラフルな実験室を見渡して絶句。
「これは……魔法の総合商社ですか?」
「校長先生、『飲む魔法』の実験中です」
「飲む魔法……それは革新的ですね」
校長先生が感心している間に、実験室の魔法効果がさらにエスカレート。
——ビカビカビカッ!
今度は光の魔法が発動して、実験室が眩しく光り始めた。
「まぶしい……」
「目が、目がー!」
みんなで目を覆っている中、ふわりちゃんの『神聖な力』が発動。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが小さく鳴くと、実験室の魔法効果がすべて優しく中和されていく。
「ありがとう、ふわりちゃん」
「ふみゅみゅ〜」
「しかし、これほど多様な魔法を同時発動させるとは……」
校長先生が驚嘆している。
「冒険者の方々には喜ばれるかもしれませんね」
「そうそう!実用性抜群でしょう?」
私が胸を張っていると——
「ただし、学院内での使用は禁止ですね」
校長先生がきっぱりと言った。
「え?どうしてですか?」
「授業中に生徒が突然火を噴いたり透明になったり……教育現場が混乱しますしダメです」
確かに、それは困るわね。
「でも、実験は続けて構いません。ただし、必ず教師立ち会いの下で行ってくださいね」
「はい!」
午後、学院の中庭で追加実験を行った。
「それでは、改良版『火炎ジュース』の試飲を」
今度は火力を10分の1に調整したバージョンよ。
「ごくり……」
一口飲むと、口からかわいい火の花が咲いた。
「おお、今度はちょうど良い」
「まるでドラゴンの赤ちゃんみたいですわね」
見学していたカタリナが微笑んでいる。
「次は『風のソーダ』」
シュワシュワと泡立つ飲み物を一口飲むと、体が軽やかになって、ちょっとだけ浮き上がった。
「うわあ、浮いてる!」
「空中散歩ね」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんが一緒に空中を舞っている。
「『治癒のハーブティー』もありますよ」
セレーナが用意してくれたお茶を飲むと、体がぽかぽか温まって、小さな傷が治っていく。
「これは便利ね」
実験を見ていた他の生徒たちも興味津々。
「ルナちゃん、それ売ってくれる?」
「冒険実習で使いたい」
「魔法が苦手な私でも使えるかしら?」
みんなの反応が良くて、私は嬉しくなった。
夕方、実験を終えて屋敷に戻ると、兄が待っていた。
「ルナ、今度は何を作ったんだ?」
「『飲む魔法』よ!魔法薬を飲んだら、誰でも魔法が使えるの」
「それは画期的だね。商品化の可能性はある」
兄のビジネス脳が働き始める。
「冒険者ギルドでの需要は高そうだ」
「でしょう?私って天才!」
「ただし、安全性の確認は必須だね」
「もちろんよ!今日の実験で、爆発は最小限に抑えられたもの」
「最小限でも爆発してるじゃないか……」
兄の的確なツッコミに、夕食の席が笑いに包まれた。
「ピューイ〜」
ハーブも満足そうに鳴いている。今日は大きな事故がなくて良かったものね。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そう。明日はどんな実験にしようかしら。
「明日は『歌う薬草』を試してみましょう」
「歌う薬草……また新しい発想ですね」
セレーナが苦笑いしている。
夜、実験日記に今日の成果を記録しながら、私は満足していた。
『飲む魔法』の実験は大成功。
これで魔法が苦手な人でも、簡単に魔法の恩恵を受けられるようになる。
ただし、学院内使用禁止というのはちょっと残念。
でも、冒険者の皆さんに喜んでもらえそうで良かった。
明日はどんな面白い実験にしようかしら——。




