第45話 スライムたちの大移住計画
「緊急事態です!」
グリムウッド教授が慌てて教室に駆け込んできた時、私はちょうど『魔力増幅薬』の調合ノートを整理していた。
「先生、どうかしましたの?」
カタリナが心配そうに尋ねる。
「ライトダンジョンが閉鎖されることになりました。王都古代文明研究会の調査により、古い魔法陣の劣化で危険と判定されたのです」
教室がざわめいた。
「え! あの可愛いスライムたちはどうなるんですか?」
トーマス君が飛び上がった。
「それが問題なのです。ダンジョン内の魔物たちの移住先を探さなければ……」
その時、教室のドアがノックされた。
「失礼いたします」
現れたのは、優雅な雰囲気の女性だった。
薄いブラウンの髪を上品にまとめ、穏やかな微笑みを浮かべている。
「イザベラ・ハーモニカ先生ですわね」
カタリナが小声で教えてくれた。
「魔物心理学がご専門の……」
「皆さん、初めまして。イザベラ・ハーモニカです」
先生は教室を見渡して、私の方を向いた。
「あなたがルナ・アルケミさんですね。スライムたちと友好関係を築いた学生さんは」
「はい! みんな元気にしてるかしら……」
心配で胸が痛む。
「実は、魔物たちの移住について、あなたにお願いがあるのです」
イザベラ先生が優しく微笑んだ。
「私、学院の許可を得て郊外に『魔物保護施設』を建設中なのです。そこに一時的に避難させたいのですが……」
「素晴らしいですわ!」
カタリナが拍手した。
「でも、スライムたちが新しい環境に馴染めるかが心配で。特にスライムキングは繊細な性格ですから」
「スライムキングの性格をご存知なんですか?」
私が驚くと、先生がニッコリと笑った。
「魔物の心を読むのが私の専門ですから。あの子はとても優しくて、仲間思いなのです」
「やっぱり! 私もそう思ってました」
「それで、お願いなのですが……スライムたちとの仲介役をお願いできませんか?」
私の目がキラキラと輝いた。
「もちろんです!」
ダンジョンの入口で、スライムたちが出迎えてくれた。でも、いつもより光が弱い気がする。
「プルルン♪」「プルプル♪」
みんな元気そうだけど、どこか不安そうだ。
「スライムキングにお話があるの」
奥に進むと、立派な王冠を被ったスライムキングが現れた。
「プルルルル〜ン」
威厳のある鳴き声だが、どこか寂しそうだ。
『ルナちゃん、みんなのお家がなくなってしまうって本当だヨ〜?』
心の声が直接聞こえてくる。私の魔物との意思疎通能力のおかげね。
「みんなのお家がなくなってしまうけれど、新しい場所を用意してもらったの」
イザベラ先生が前に出て、優しく話しかけた。
「心配しないで。あなたたちが安心して暮らせる場所を作りました」
スライムキングが先生をじっと見つめている。
「この人は魔物の気持ちが分かる優しい先生よ」
私が説明すると、スライムキングがゆっくりと頷いた。
「プルルルル〜ン」
『この人からは、やさしい気持ちが伝わってくるヨ〜』
承諾の心の声だった。
「ありがとう、スライムキング」
——魔物保護施設にて——
「わあ、素敵な建物!」
郊外の丘の上に建てられた施設は、まるで小さなお城のようだった。
「内部は魔法で温度と湿度を調整してあります。スライムたちには最適な環境ですよ」
イザベラ先生が案内してくれる。
「あら、小さな池もありますの」
カタリナが感激している。
「水辺を好む魔物のために作りました」
広い部屋の中央には、きらめく小さな池があった。
「プルルン♪」
最初に青いスライムが池に飛び込んだ。
「気に入ったみたいね」
続いて緑、赤、黄色、紫のスライムたちも池に入って、楽しそうに泳いでいる。
「プルプル〜♪」「プリプリ〜♪」
合唱のような鳴き声が響いた。
「音響効果も抜群ですわね」
最後にスライムキングが、威厳を保ちながらゆっくりと池に入った。
「プルルルルル〜ン♪」
満足そうな鳴き声に、みんなで安堵した。
「よかった、気に入ってくれたのね」
「でも、ずっとここにいるのは退屈じゃないかしら?」
私が心配していると、イザベラ先生が微笑んだ。
「実は、学生たちの研究や実習のお手伝いをしてもらう予定なのです」
「お手伝い?」
「魔物心理学の授業で、実際にスライムたちと交流してもらうのです。お互いにとって良い経験になるでしょう」
「それは素晴らしい案ですわ!」
その時、私に素晴らしいアイデアが浮かんだ。
「先生、『環境適応薬』を作ってみませんか?」
「環境適応薬?」
「新しい環境にストレスなく馴染めるように、精神的な安定をもたらす薬です」
イザベラ先生の目が輝いた。
「それは素晴らしい! ぜひお願いします」
——屋敷の実験室にて——
「材料は『安心の花びら』『適応力向上液』『環境調和剤』……」
慎重に調合を進める。今日は絶対に失敗できない。
「最後に『心の平穏結晶』を入れて……」
——シュワワワ
薬が優雅に泡立って、美しい水色に変化した。甘く優しい香りが実験室に広がる。
「成功! 今度は爆発しなかった」
「当然ですわ。大切なお友達のためですもの」
カタリナがにっこりと笑っている。
——保護施設での薬の投与——
「みんな、これを飲めば新しいお家にもっと慣れるわ」
薬を池に数滴垂らすと——
——キラキラキラ
水全体が虹色に光った。
「プルルン♪」
スライムたちが嬉しそうに泳ぎ回る。薬の効果で、みんなリラックスしているようだ。
「プルルルル〜ン♪」
『ルナちゃんの薬で、心がぽかぽかするヨ〜』
スライムキングも満足そうに鳴いている。
「素晴らしい効果ですね。心拍数も安定しています」
イザベラ先生が魔法の測定器で確認していた。
「よかった! これでみんな安心して暮らせるわね」
その時、スライムキングが私たちに近づいてきた。
「プルルルル〜ン」
『いつもありがとうだヨ〜』
何かお礼を言いたいようだ。
「どういたしまして。みんなが幸せなら、私も嬉しいの」
スライムキングが触手で私の手を優しく包んだ。ひんやりとして気持ちいい。
「友達の印ですね」
イザベラ先生が感動している。
——数日後、保護施設での初授業——
「本日は『魔物心理学実習』です。スライムたちとの交流を通じて、魔物の心を理解しましょう」
イザベラ先生の授業に、1-Aのクラスメートたちが集まった。
「うわー、本物のスライム!」
「可愛い〜」
トーマス君やアリスも興味津々だ。
「まず、静かに近づいてみてください。スライムは警戒心の強い生き物です」
トーマス君がそっと手を伸ばすと——
「プルルン?」
青いスライムが好奇心深そうに近づいてきた。
「おお、触らせてくれた!」
「ひんやりして気持ちいい」
アリスも緑のスライムと交流している。
「みんな、人見知りしないのね」
「ルナさんの『環境適応薬』の効果でしょう」
エリオットが分析していた。
「それに、この子たちはもともと人懐っこい性格なのです」
イザベラ先生が説明する。
「特にスライムキングは、とても知能が高く、優しい心の持ち主です」
話している間に、スライムキングが教室の中央に現れた。
「プルルルルル〜ン」
威厳のある挨拶だった。
『みんな、よろしくだヨ〜』
「すげー、王冠が本当に輝いてる」
「まさに王様って感じ」
クラスメートたちが感激している。
「スライムキングは、仲間たちを守る責任感の強いリーダーなのです」
その時、ベンがスライムキングに近づこうとして——
「プルル?」
少し警戒されてしまった。
「無理をしてはいけません。魔物にも相性があるのです」
イザベラ先生がフォローする。
「でも時間をかければ、きっと仲良くなれますよ」
私がベンにコツを教えていると、スライムキングがゆっくりと近づいてきた。
「プルルル〜ン」
『この子も、いい子だヨ〜』
優しい鳴き声でベンを受け入れてくれた。
「やったー!」
授業の最後に、スライムたちが合唱を披露してくれた。
「プルルン♪」「プルプル♪」「プリプリ♪」
美しいハーモニーに、みんな感動していた。
「素晴らしい! これは学院祭で発表しましょう」
イザベラ先生の提案に、スライムたちも嬉しそうだった。
——その夜、屋敷にて——
「今日も素晴らしい一日でしたね」
セレーナが夕食の支度をしながら話しかけてくれた。
「スライムたちが新しい環境に馴染んでくれて、本当によかった」
実験室で『魔物との絆強化薬』の研究をしていた。
「今度はもっと多くの魔物と友達になれる薬を作りたいの」
『共感促進液』『信頼醸成剤』『心の架け橋結晶』を慎重に混ぜ合わせる。
——ポワワワ
薬が温かく光って、桜のような甘い香りが広がった。
「これで魔物との意思疎通がもっとスムーズになるはず」
窓の外を見ると、丘の上の保護施設がぼんやりと見えた。
きっとスライムたちは、新しいお家で幸せに暮らしているだろう。
『ルナちゃ〜ん』
スライムキングの心の声が聞こえてきた。
『新しいお家、とっても気に入ったヨ〜。ありがとうだヨ〜』
「どういたしまして。また明日、みんなに会いに行くからね」
魔物も人間も、みんなが仲良く暮らせる世界になったら素敵だ。
「きっと素晴らしい未来が待ってるわね」
満足して実験を終え、ベッドに入った。
今日はスライムたちを救うことができて、本当によかった。
明日はどんなことが待っているかしら。
楽しい想像をしながら、私は眠りについた。
きっと明日も、みんなで素晴らしい一日を過ごせるだろう。