第35話 カタリナとの共同研究
「ルナさん、お話がありますわ」
朝、カタリナが真剣な表情でアルケミ伯爵家を訪れた。
赤茶色の縦ロールがいつもより整然としている。
「カタリナ、どうしたの?そんなに改まって」
「実は、王立魔法学院から共同研究の課題が出されておりまして」
応接間で紅茶を飲みながら、カタリナが資料を取り出した。
「『魔法と錬金術の融合薬』についての研究ですわ」
「融合薬?面白そうね」
「二人一組で取り組む課題で、魔法の力と錬金術の技術を組み合わせた新しい薬を開発するのです」
カタリナが几帳面にメモを読み上げる。
「期限は一ヶ月。完成品は学院で発表することになります」
「それで、私に共同研究を?」
「はい。ルナさんの錬金術の腕前と私の魔法の知識を組み合わせれば、きっと素晴らしい成果が期待できると思いますわ」
カタリナの目が期待に輝いている。
「もちろん!一緒に研究しましょう」
——翌日・アルケミ伯爵家実験室——
「まずは研究計画を立てましょう」
カタリナが美しいノートを取り出して、ペンを構えた。
「『融合薬』の基本概念の整理から始めて、材料の選定、実験手順の計画…」
「カタリナ、そんなに計画的にしなくても、とりあえず作ってみない?」
「とりあえずですか?」
カタリナが驚いた表情を浮かべた。
「ええ、実際に手を動かしながら考えた方が早いわ」
「でも、理論的基盤がなければ…」
「大丈夫よ。私の経験では、失敗から学ぶことの方が多いもの」
カタリナが青ざめている。
——最初の実験——
「それでは、『基本融合薬』から始めましょう」
私は棚から材料を取り出し始めた。
「『魔力増強草』と『錬金石のエキス』を混ぜれば、基本的な融合効果が…」
「ちょっと待ってくださいませ」
カタリナが慌てて止めた。
「分量の計算はしましたか?反応式の確認は?安全対策は?」
「えーっと…大丈夫よ、いつも適当にやってるから」
「適当って…」
カタリナの顔がさらに青くなった。
「では、せめて私が計算いたしますから」
美しい字で計算式をノートに書き始める。
「魔力増強草20ml、錬金石エキス15ml、反応温度は摂氏25度、時間は…」
「カタリナ、そんなに細かく計算しなくても」
適当に材料を混ぜ始めると——
——ポンッ
小爆発が起こった。
「きゃあ!計算が終わってませんわ!」
「でも、いい色になったわよ」
薬が淡い紫色に光っている。
——二日目——
「昨日の反省を踏まえて、今日はしっかりと計画を…」
カタリナが分厚い研究ノートを持参した。昨夜徹夜で作ったらしく、詳細な実験計画が書かれている。
「すごいわね、こんなに詳しく」
「当然ですわ。研究は計画が命ですから」
「でも、昨日の薬も結構いい効果だったのよ」
試しに昨日の薬を小さな植物にかけてみると——
——キラキラキラ
植物が魔法のように光りながら、元気よく成長し始めた。
「あら、確かに効果はありますわね」
「でしょう?」
「しかし、再現性が問題ですわ。同じものをもう一度作れますか?」
「えーっと…」
正直言って、昨日何をどれだけ入れたか覚えていない。
「やはり記録が重要なのですわ」
カタリナが得意げに言った。
——三日目の実験——
「今日は私の魔法も組み合わせてみましょう」
カタリナが『治癒の光』の魔法を薬にかけながら調合を始めた。
「魔法エネルギーを直接薬に注入すれば、より強力な融合効果が…」
「面白いアイデアね」
私も『活性化薬』を追加してみる。
——ブクブクブク
薬が激しく泡立ち始めた。
「あれ?計算では泡立たないはずなのですが…」
「時々こういうこともあるのよ」
——ボンボンボン
連続小爆発が起こり、薬が虹色に変化した。
「また計画と違う結果に…」
カタリナが困惑している。
「でも、虹色って美しいじゃない」
「美しさではなく、効果が問題ですわ」
——一週間後——
「ルナさんの実験方法に慣れてきましたわ」
カタリナが少し疲れた様子で言った。この一週間で、計画通りに行かない実験を何度も経験している。
「カタリナも慣れてきたのね」
「慣れというか…諦めというか…」
でも確実に実験の腕は上がっている。失敗を恐れずに材料を混ぜられるようになった。
「今日は『完璧融合薬』に挑戦しましょう」
「完璧…ですか」
「ええ、これまでの失敗を全部活かして、最高の薬を作るのよ」
——『完璧融合薬』の調合——
「まず『高純度魔力エキス』と『最高級錬金石』を使用」
最高品質の材料を用意する。
「次に、カタリナの魔法で材料を活性化」
「分かりました。『治癒の光』魔法でエネルギーを注入いたします」
カタリナが慎重に魔法をかける。
——キラキラキラ
材料が美しく輝き始めた。
「いい感じね。今度は錬金術の技術で融合を」
『完全融合剤』『安定化薬』『効果増強剤』を順番に加えていく。
——シュワシュワシュワ
薬が金色に光り始めた。
「今度こそ完璧な…」
でもその時、私が間違えて『爆発抑制剤』の代わりに『爆発増強剤』を加えてしまった。
「あっ…」
——ドッッッカァァァァン!!!
これまでで最大の爆発が実験室を揺らした。
「きゃああああ!」
カタリナが私にしがみついている。
煙が晴れると——
「これは…」
実験室中が美しい光の粒子に包まれていた。まるで妖精の国のような幻想的な光景だ。
「綺麗…」
「でも、薬は…」
ビーカーを見ると、中には透明で美しい液体が輝いている。
「恐る恐るテストしてみましょう」
薬を一滴、試験用の小さな石に垂らすと——
——ピカァァァ
石が光って、宙に浮き上がった。そして美しい光の軌跡を描きながらくるくると踊り始めた。
「すごい!浮遊効果と光効果の両方が」
「これぞ魔法と錬金術の完璧な融合ですわ」
カタリナが感動している。
「でも、これは偶然の産物なのですが…」
「偶然も実力のうちよ」
——発表当日・王立魔法学院——
「次は、ルナ・アルケミとカタリナ・ローゼンによる『魔法錬金融合薬』です」
私たちの発表の番が来た。
「それでは、実演させていただきます」
カタリナが緊張しながら薬を取り出す。
「この薬は、魔法のエネルギーと錬金術の技術を融合させた…」
薬を試験用の材料にかけると——
——キラキラキラ
材料が光りながら宙に浮き、美しく踊り始めた。
「おお!」
「素晴らしい!」
「まさに融合の成果だ!」
教授たちが興奮している。
「どのような理論に基づいて…」
質問が飛んできたが、正直言って理論的な説明は難しい。
「えーっと…」
でもカタリナが助けてくれた。
「魔法エネルギーの振動周波数と錬金術の分子結合理論を組み合わせることで…」
流暢に説明している。一週間で私の実験方法も理解してくれたようだ。
——発表終了後——
「最優秀賞おめでとうございます」
私たちの研究が一位に選ばれた。
「やったわね、カタリナ」
「はい…でも、もう少し計画的に進めたかったですわ」
「でも結果オーライでしょう?」
「確かに…ルナさんの方法も悪くないと分かりましたわ」
「カタリナの理論も大切だったわ。二人でやったからこその成功よ」
——夕方・お疲れ様会——
「今回の共同研究、楽しかったですわ」
カタリナが紅茶を飲みながら微笑んでいる。相変わらず、縦ロールが優雅だ。
「私も。カタリナの几帳面さのおかげで、いつもより安全に実験できたわ」
「ルナさんの自由な発想のおかげで、新しい可能性を発見できましたわ」
「また一緒に研究しましょう」
「ええ、でも次回はもう少し計画的に…」
「分かってるわよ」
——その夜——
「お疲れ様でした、お嬢様」
セレーナが紅茶を運んできた。一週間の共同研究で、少し疲れた様子だ。
「カタリナ様と一緒の研究、どうでしたか?」
「とても刺激的だったわ。計画性の大切さも学んだし」
「カタリナ様も、お嬢様の実験方法に慣れてこられましたね」
「そうね。最後は爆発にも動じなくなってたわ」
窓の外を見ると、ローゼン侯爵家の窓が暖かく光っている。
きっとカタリナも今日の成功を喜んでいることだろう。
「明日からはまた一人での実験ね」
「でも、時々は共同研究も良いものですね」
「ハーブ、今日もお疲れ様」
「ピューイ」
薬草ウサギが満足そうに鳴いた。
今日は成功の喜びを分かち合えて、とても嬉しそうだ。
明日からはまた新しい実験が待っている。
でも今回学んだ計画性も活かしながら頑張ろう。それもまた錬金術師の楽しい日常だった。
——翌朝の学院新聞——
『魔法錬金融合薬が大成功!アルケミ・ローゼン組が最優秀賞受賞』
という見出しが一面を飾り、私たちの研究が「異なるアプローチの見事な融合例」として大きく報道された。多くの学生が共同研究の重要性を学んだという教育効果も評価されたとか。
カタリナは「…次回はもっと計画的にしたいですわ」と小さくつぶやいたとか。