第33話 侯爵令嬢の音楽会と隣家のリズム大爆発
「お嬢様、来月の王都音楽会のご招待状が届いております」
朝、ジュリアがカタリナに美しい封筒を差し出した。金の箔押しが施された格式高い招待状だ。
「まあ、とうとう来ましたのね」
カタリナが赤茶色の縦ロールを揺らしながら封を開く。
「『第45回王都音楽会 貴族令嬢ピアノ演奏部門』…参加者募集ですのね」
「お嬢様のピアノの腕前でしたら、きっと優勝なさいます」
「そう言っていただけると嬉しいですが…」
カタリナは少し不安そうだった。王都音楽会は貴族社会の大イベントで、多くの令嬢たちが参加する。
「早速、練習を始めましょう」
——午前10時・ローゼン侯爵家音楽室——
「今年はショパンの『幻想即興曲』で参加いたします」
カタリナが美しいピアノの前に座った。指を鍵盤に置き、深呼吸してから演奏を始める。
——♪ラララララ〜♪
優雅で美しいメロディが音楽室に響く。さすが幼少期から習っているだけあって、技術は申し分ない。
「素晴らしいです、お嬢様」
ジュリアが感動している時——
——隣家のアルケミ伯爵家——
「今日は『音響増幅薬』の実験をしましょう」
私は実験室で新しい薬の調合を始めていた。これは楽器の音を美しく響かせる薬で、音楽会などで使えば素晴らしい演奏効果が期待できる。
「お嬢様、音の実験は近所迷惑になりませんか?」
セレーナが心配そうに虹色の髪を揺らした。
「大丈夫よ。小さな音で実験するつもりだから」
『音響草のエキス』と『響き石の粉末』と『音波結晶』を慎重に混ぜ合わせる。
——キラキラキラ
薬が銀色に光り始めた。まるで音符が踊っているような美しい輝きだ。
「綺麗ですね」
「今度は『音量調整剤』を加えて…」
——ポンッ
小爆発と共に、薬から美しい音色が響き始めた。
——♪ピロリロリ〜♪
まるでオルゴールのような可愛らしい音だ。
——ローゼン侯爵家——
「あら?何か音が聞こえますわ」
カタリナがピアノを止めて首を傾げた。
——♪ピロリロリ〜ラララ〜♪
隣家から不思議な音色が聞こえてくる。
「お隣のルナ様の実験でしょうか」
「そのようですね。でも美しい音色ですわ。練習を続けましょう」
カタリナが再びピアノを弾き始めると——
——♪ラララララ〜♪(ピアノ)
——♪ピロリロリ〜♪(隣家)
二つの音が重なって、なんともいえない不思議なハーモニーを奏でた。
——アルケミ伯爵家——
「あれ?音が重なってる」
私の『音響増幅薬』と、隣から聞こえるピアノの音が絶妙に調和している。
「これは面白い現象ね。もう少し実験を続けてみましょう」
『和音強化剤』を追加すると——
——ボンボンボン!
連続爆発が起こり、今度はドラムのような力強い音が響き始めた。
——♪ドンドンパン!ドンドンパン!♪
——ローゼン侯爵家——
「今度は太鼓の音?」
カタリナが困惑している。
——♪ラララララ〜♪(ピアノ)
——♪ドンドンパン!♪(隣家)
クラシックピアノにドラムビートが加わって、まるでジャズのような斬新な音楽になってしまった。
「これでは練習になりませんわ…」
でもなぜか足でリズムを取っている自分に気づく。確かに楽しい音楽になっている。
——翌日の練習——
「今日こそ静かに練習を…」
カタリナがピアノに向かうと——
——隣家——
「昨日の反省を踏まえて、『静寂保持薬』も一緒に調合しましょう」
私は音量を抑える薬も同時に作ることにした。
『静寂草のエキス』と『音消し石の粉』を混ぜていると——
——シーン
実験室が異様に静かになった。
「成功…かしら?」
でも何かがおかしい。あまりにも静かすぎる。
「セレーナ、何か聞こえる?」
「…お嬢様の声も聞こえません」
完全な無音状態になってしまった。
「これは『完全消音薬』になってしまったようね」
慌てて『音響復活剤』を調合するが——
——ドッカァァァン!
大爆発と共に、今度は異常に大きな音が響いた。
——♪ガンガンガンガン!♪
まるでロック音楽のような激しい音が実験室から響く。
——ローゲン侯爵家——
「きゃー!今度は何て大きな音!」
カタリナが椅子から飛び上がった。
——♪ガンガンガンガン!♪(隣家の爆音)
「これではとても練習できませんわ!」
でもその時、ふと思いついた。
「もしかして…この音に合わせて演奏してみたら?」
試しにピアノを弾いてみると——
——♪ラララララ〜♪(優雅なピアノ)
——♪ガンガンガンガン!♪(激しいロック音)
クラシックとロックの融合という、前代未聞の音楽が生まれた。
「これは…新しいジャンルですわ」
——音楽会当日——
「お嬢様、お時間です」
王都音楽会の会場は貴族たちで満席だった。
「緊張しますわ…」
カタリナが舞台袖で深呼吸している。
「大丈夫ですよ。いつも通りに演奏なさってください」
——同時刻・アルケミ伯爵家——
「今日は『究極音響薬』の完成を目指しましょう」
私は音楽会のことなど知らずに、これまでで最大の音響実験を計画していた。
「お嬢様、今日は何だか特別な日のような気がします」
「そう?確かに空気が音楽的ね」
『最高純度音響エキス』『完璧響石粉末』『伝説の音波結晶』を使った究極の調合を開始する。
——キラキラキラキラ
薬が虹色に光り、美しい音色を奏で始めた。
——音楽会会場——
「次は、ローゼン侯爵令嬢、カタリナ様による『幻想即興曲』です」
カタリナがステージに登場すると、会場から賞賛の声が上がる。
「では、演奏させていただきます」
美しい手が鍵盤に置かれ、演奏が始まった。
——♪ラララララ〜♪
優雅で美しいショパンの旋律が会場に響く。
——隣家——
「いよいよ最終段階よ」
『音響増幅剤』『響き拡散剤』『音波増強薬』をすべて同時に投入する。
——ピカァァァッ!
実験室が光に包まれ——
——ドッッッカァァァァン!!!
これまでで最大の爆発が起こった。
そして——
——♪パラパパパ〜ン!ドンドンパン!シャンシャンシャン!♪
オーケストラ全部分の楽器音が一斉に響き始めた。
——音楽会会場——
「あら?」
カタリナのピアノ演奏に、突然豪華な伴奏が重なり始めた。
——♪ラララララ〜♪(カタリナのピアノ)
——♪パラパパパ〜ン!ドンドンパン!♪(隣家からの伴奏)
「まあ!なんて素晴らしいハーモニー!」
「これは新しい音楽ですわ!」
「完璧な融合!」
観客たちが興奮している。
カタリナ自身も最初は驚いたが、すぐに状況を理解して、その「伴奏」に合わせて演奏を続けた。
——♪ラララララ〜パラパパパ〜ン!♪
クラシックピアノと隣家の「錬金オーケストラ」が完璧に調和し、会場全体が感動の渦に包まれた。
「ブラボー!」
「素晴らしい!」
「これぞ芸術の革命!」
観客たちが総立ちで拍手を送る。
——演奏終了後——
「カタリナ様、優勝おめでとうございます!」
審査員が興奮して駆け寄ってきた。
「あの斬新な『クラシック・フュージョン』は衝撃的でした!」
「伴奏者はどちらの楽団でいらっしゃいますか?」
「あの…実は…」
カタリナが困惑していると——
——夕方・ローゼン侯爵家——
「ルナさん、今日はありがとうございました」
私が謝罪に訪れると、カタリナが優勝カップを手に微笑んでいた。
「え?何のことかしら?」
「音楽会での『伴奏』です。おかげで優勝することができました」
「音楽会?そういえば今日は何か特別な実験をしたような…」
事情を説明すると、カタリナが笑い出した。
「偶然とはいえ、素晴らしい共演でしたわ」
「でも、練習の妨害をしてしまってごめんなさい」
「いえいえ、結果的には新しい音楽の可能性を発見できました」
カタリナが優雅にお茶を注いでくれる。
「今度は意図的にコラボレーションしてみる?」
「それは面白そうですわね」
——その夜——
「お疲れ様でした、お嬢様」
セレーナが紅茶を運んできた。今日一日音響実験で、少し耳が疲れた様子だ。
「今日の実験も予想外の結果になったけれど…」
「カタリナ様に喜んでいただけて良かったです」
「音楽と錬金術の融合…新しい研究分野かもしれないわね」
窓の外を見ると、ローゼン侯爵家の音楽室が静かに佇んでいる。
「明日は『楽器強化薬』の研究をしてみましょうか」
「それは楽しそうですね。でも、音量には気をつけてくださいね」
「もちろんよ。今度は『音量制御薬』も一緒に作るから」
「ハーブ、今日もお疲れ様」
「ピューイ♪」
薬草ウサギが音楽的に鳴いた。
今日の音響実験で、少し音感が良くなったのかもしれない。
明日からはまた新しい実験が待っている。
今度はどんな予想外のことが起こるだろうか。でも、それもまた錬金術師の楽しい日常だった。
——翌朝の新聞——
『革命的音楽の誕生!ローゼン侯爵令嬢の『クラシック・フュージョン』が話題沸騰』
という見出しが一面を飾り、カタリナの演奏が「音楽界の新境地」として大きく報道された。
王都中の音楽家が「フュージョン音楽」に関心を示し、新しい音楽ジャンルのブームが起こったという。
カタリナは「…今度は静かなソロ演奏もしたいですわ」と小さくつぶやいたとか。