第32話 従者とお菓子錬金術
「お嬢様、最近お疲れのご様子ですが…」
朝、マリアが心配そうに私を見つめていた。
確かに昨夜は『時間加速薬』の実験で夜更かしをしてしまい、少し眠そうかもしれない。
「そうね。昨日の実験が長引いてしまって」
「でしたら、甘いものでも召し上がってはいかがでしょうか」
セレーナが虹色の髪を揺らしながら提案してくれた。今日は朝の光を受けて、特に美しく輝いている。
「甘いもの…そうね、確かに糖分は脳の栄養になるし」
その時、ふと閃いた。
「そうだわ!せっかくなら錬金術でお菓子を作ってみましょう!」
「お菓子を…錬金術で?」
マリアが首を傾げている。
「ええ!『魔法お菓子』よ。普通のお菓子よりも美味しくて、きっと疲労回復効果もあるはず」
「それは素晴らしいですね」
セレーナが目を輝かせた。
「お嬢様の錬金術でしたら、きっと美味しいお菓子ができます」
「まずは基本的な『甘味増強薬』から作りましょう」
私は材料を並べ始めた。『蜂蜜エキス』『甘い果実の精』『砂糖の結晶粉』…どれも甘味に関係する材料だ。
「お嬢様、普通にお菓子を作った方が早いのでは…」
「マリア、それじゃつまらないでしょう?錬金術で作れば、きっと特別な効果が期待できるもの」
『蜂蜜エキス』と『甘い果実の精』を慎重に混ぜ合わせる。
——キラキラキラ
薬は美しい黄金色に光り始めた。まるで液体の蜂蜜のようだ。
「綺麗ですね」
セレーナが感嘆の声を上げる。
「今度は『食感改良剤』を加えて…」
『ふわふわ草のエキス』と『もちもち根の粉』を追加すると——
——ブクブクブク
薬が泡立ち始めた。まるでケーキの生地のようにふわふわしている。
「いい感じね。最後に『栄養強化剤』を…」
——ポンッ
小爆発と共に、甘い香りが実験室中に広がった。
まるでケーキ屋さんにいるような甘くて幸せな香りだ。
「まあ、なんて良い匂い」
マリアがうっとりしている。
「成功ね!これで『基本甘味薬』の完成よ」
でも瓶を見ると、中身が勝手にくるくると回転している。
「お嬢様…動いてますけど」
「きっと活性化しているのよ。問題ないわ」
「今度は『チョコレート変化薬』を作りましょう」
『カカオ豆のエキス』と『甘苦調整剤』と『滑らか質感薬』を混ぜ合わせる。
——シュワシュワシュワ
薬が茶色く変化していく。いい感じだ。
「これにミルクエッセンスを加えて…」
——ドロドロドロ
薬がとろーりとした液体になった。まるで溶けたチョコレートのようだ。
「美味しそう」
セレーナが興味深そうに見ている。
「でも少し固すぎるかしら。『柔軟化剤』を…」
——ポンポンポン
連続小爆発が起こり、今度はチョコレートの香りが部屋中に広がった。
「うわあ、すごくいい匂い」
「これなら絶対に美味しいお菓子になりますね」
二人が期待に胸を膨らませている。
「最後は『クッキー形成薬』よ」
『小麦粉エッセンス』と『バターの香り薬』と『サクサク食感剤』を慎重に混ぜる。
——カラカラカラ
薬の中で何かが踊っているような音がする。
「お嬢様、音がしてますが…」
「きっとサクサク成分が活性化してるのよ」
最後に『形状安定剤』を加えると——
——バンバンバン!
大きな爆発と共に、薬が金色に光り輝いた。そして部屋中にバターと小麦の香ばしい香りが広がる。
「やった!三種類の『魔法お菓子薬』が完成したわ」
「それでは、実際にお菓子を作ってみましょう」
キッチンに移動して、普通のお菓子作りを始める。
でも、各工程で『魔法お菓子薬』を少しずつ加えていく。
「まずはクッキーから」
普通のクッキー生地に『クッキー形成薬』を一滴垂らすと——
——ピカッ
生地が光った。そして見る見るうちに完璧な形に整っていく。
「すごい!勝手に形を整えてる」
マリアが驚いている。
オーブンに入れると、いつもの倍の速さで焼き上がった。
「次はチョコレート菓子」
チョコレートを溶かして『チョコレート変化薬』を混ぜると——
——ドロドロドロ
チョコレートが虹色に光りながら、美しい模様を描き始めた。
「綺麗…」
セレーナがうっとりと見つめている。
型に流し込むと、自動的に完璧な形になった。
「最後はケーキね」
スポンジケーキの生地に『基本甘味薬』を加えて混ぜると——
——ブワァァァ
生地が一気に膨らんで、ふわふわの泡になった。
「うわあ!膨らみすぎ!」
慌ててボウルを大きいものに変えるが、生地はどんどん膨らんでいく。
——ポンポンポン
小爆発と共に、生地が空中に舞い上がった。
「きゃあ!」
三人でケーキ生地まみれになってしまった。
「…まあ、これも実験の一部ね」
何とか形になったお菓子たちを並べて、いよいよ試食の時間だ。
「まずはクッキーから」
私がサクッと一口かじると——
——ヒック!
突然しゃっくりが出た。そして次の瞬間——
——ボォォォ
口から小さな炎が出た。
「お嬢様!?口から火が!」
「だ、大丈夫よ…ヒック…ボォォォ」
しゃっくりをするたびに炎が出る。
「これは『香辛料エッセンス』が混入してしまったのかしら」
「今度はチョコレート…」
セレーナが恐る恐る一口食べると——
「あら、美味し…わあああああ!」
突然セレーナが走り回り始めた。虹色の髪がなびいて、まるで虹の嵐のようだ。
「止まれない!体が勝手に動く!」
「『活力増強剤』が効きすぎてるみたい」
セレーナは部屋中を走り回り続けている。
「最後はケーキ…」
マリアが慎重に一口食べると——
「美味しいです。特に変わったところは…あれ?」
マリアの声が段々高くなっていく。
「あら?なぜか声が…」
今度はとても低い声になった。
「『音程調整薬』が混入してしまったのね」
マリアの声が高音と低音を行ったり来たりしている。
「皆さん、大丈夫ですか?」
ようやく全員の症状が収まった。
「しゃっくりが止まって良かったわ」
「私も走り回らなくて済みます」
「声も元に戻りました」
三人でほっと一息ついた。
「でも、味は確かに美味しかったわね」
「はい、副作用さえなければ完璧でした」
セレーナが苦笑いする。
「次回はもう少し材料を精査してから作りましょう」
「そうですね。『副作用抑制剤』も一緒に作った方が良さそうです」
マリアが提案してくれた。
「お疲れ様でした、お嬢様」
セレーナが紅茶を運んできた。今日一日走り回ったせいか、少し疲れた様子だ。
「今日の実験も予想外の結果になったけれど…」
「でも、美味しいお菓子を作るという目標は達成できました」
「そうね。ただし、副作用付きだったけど」
窓の外を見ると、キッチンがまだ少し甘い香りに包まれているのが分かる。
「明日は『副作用中和薬』の研究をしましょうか」
「それが良いと思います」
「ハーブ、今日もお疲れ様」
「ピューイ」
薬草ウサギが満足そうに鳴いた。
今日は実験のお裾分けでクッキーのかけらをもらって、とても嬉しそうだ。
明日からはまた新しい実験が待っている。
今度はどんな予想外のことが起こるだろうか。でも、それもまた錬金術師の楽しい日常だった。
——翌朝・マリアとセレーナの感想——
「昨夜はよく眠れました。きっと昨日のお菓子に疲労回復効果があったのですね」
「私も体調が良いです。走り回った疲れも全然残ってません」
副作用はあったものの、確かに『魔法お菓子』の効果はあったようだ。
「次回はもっと完璧な『魔法お菓子』を作りますから、期待していてくださいね」
「はい、楽しみにしています」
二人の笑顔を見て、私も嬉しくなった。錬金術は人を幸せにするためにあるのだから。