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第31話 お嬢様らしさチェック事件

「お嬢様、ご両親がお見えになりました」


朝、ハロルドが眼鏡を光らせながら告げた。

その表情が普段より緊張しているのは、きっと昨日の『自動掃除薬』の実験で、ほうきが一人でに踊り続けているのを見たからだろう。


「え?お父様とお母様が?」


私は慌ててパジャマから着替えようとして、袖に引っかかった『浮遊実験中』の小さな瓶を落としそうになった。


「はい。『王都での生活を視察したい』とのことでございます」

視察?まさか、私の実験のことが領地まで伝わってしまったの?


「ルナ〜、元気にしていたかしら?」


優雅な声と共に現れたのは、私よりもずっと美しく上品な母、エリザベス・アルケミ伯爵夫人だった。

淡いピンクのドレスに身を包み、完璧なお嬢様のお手本のような佇まいだ。


「お母様!」

「研究で無茶していないか、心配になってな」


続いて現れたのは父、アルケミ伯爵だった。

穏やかな笑顔だが、目が実験室の方をちらりと見ているのが気になる。


「お父様も…」

「ルナ、王都での礼儀作法は守っているの?お嬢様らしく過ごしているかしら?」


母が心配そうに私を見回している。


「も、もちろんです」

でも正直言って、最近は実験に夢中で礼儀作法のことなんてすっかり忘れていた。


「それでしたら、屋敷を案内していただけますか?どのような生活をしているのか拝見したいのです」


——屋敷案内——


「こちらが応接室で…」

普通の部屋は問題ない。でも母の目がとても厳しい。まるで査察官のようだ。


「ルナ、姿勢が少し悪いわよ。背筋をもっと伸ばして」

「はい…」


「それから歩き方。もう少し優雅に…」

母の指摘が続く。


「こちらが書斎で…」

書斎に入った瞬間、両親が固まった。


机の上に『半完成の魔導具』がところ狭しと並んでいる。

光る石、くるくる回る歯車、時々ピカピカと光るランプ…


「ルナ…これは何かしら?」

母の声が震えている。


「あ、あの…実験の途中の…」

「こんな爆発しそうなものを!」


父が『不安定魔力増幅器』を指差した。

確かにそれは時々小さく「ポン」と音を立てている。


「しかもルナが手ずから作ったの!?」

母が青い顔をしている。


「だって、錬金術師ですから…」

「錬金術師といっても限度があるでしょう!」


その時——


——ポンポンポン


机の上の魔導具たちが一斉に反応し始めた。


「きゃあ!」

母が私にしがみつく。


「大丈夫ですよ。これは『共鳴現象』で…」

「共鳴って何!?危険なの!?」


慌てて『安定化薬』をかけると、魔導具たちは静かになった。


「ほら、大丈夫でしょう?」

でも両親の顔は青いままだった。


——昼食後——


「午後はお茶会の予定がございます」

セレーナが虹色の髪を揺らしながら告げた。今日は両親の前なので、特に丁寧に髪をまとめている。


「お茶会?それは素晴らしいわ。久しぶりにルナの社交術を見ることができるのね」

母が安堵の表情を浮かべた。


「カタリナ様たちが来てくださいます」

「ローゼン侯爵令嬢ね。彼女は完璧なお嬢様だと聞いているわ。良いお手本になるでしょう」


——午後・お茶会——


「お母様、こちらがカタリナです」

「はじめまして、ローゼン侯爵令嬢のカタリナと申します」


カタリナの完璧なお辞儀と優雅な挨拶に、母が感動している。


「なんて美しい令嬢かしら。ルナも見習いなさい」

「はい…」


他にも何人かの令嬢たちが集まり、優雅なお茶会が始まった。


「このお紅茶、とても美味しいですわ」

「ルナさんも、とてもお上手にお茶を淹れられますのね」

カタリナが褒めてくれる。


母が満足そうに微笑んでいる時——


私はハンカチを取り出そうとして、間違えて『香り改良薬』の小瓶を取り出してしまった。


「あ…」


小瓶がテーブルの上に転がって——


——ポンッ


小爆発と共に、甘いバラの香りが部屋中に広がった。


「きゃあ!」

招待客の一人が驚いて立ち上がる。


「ルナ!また実験器具を…」

母が慌てている。


でもその時——


「まあ、なんて素敵な香りでしょう」

「まるで薔薇園にいるみたい」

「これは魔法ですか?」


招待客たちが香りに魅了されて、逆に喜び始めた。


「あの…これは『香り改良薬』と言いまして…」

私が恐る恐る説明すると——


「錬金術で香りを作れるなんて素晴らしいわ!」

「ぜひ作り方を教えていただきたいです」

「私のお茶会でも使わせていただきたいですわ」


招待客たちが目を輝かせている。


「ルナさん、いつもこのような素敵な実験をされているのですね」

カタリナが微笑んでくれた。フォローしてくれている様だ。ありがたい。


——お茶会終了後——


「皆様、今日は楽しいお茶会をありがとうございました」


招待客たちが帰った後、母が私を見つめていた。

「ルナ…」


また怒られるかと思った時——


「あなた、とても素敵な才能をお持ちなのね」

「え?」


「確かに実験は危険だけれど、それを使って人を喜ばせることができるなんて…」


父も頷いている。


「研究者として、そして貴族として、両方を大切にしているのがよく分かった」

「お父様…」


「ただし」

母が厳しい表情に戻った。


「実験の安全対策はもっとしっかりと」

「はい」


「それから、礼儀作法の練習も怠らないように」

「はい」


「でも、あなたらしさは失わずにね」


母が優しく微笑んだ。


——夕食時——


「セレーナさん、いつもルナのお世話をありがとうございます」


「いえ、お嬢様はとても良い方で…」

セレーナが謙遜していると——


——ポンッ


今度は食堂の『自動温度調整器』が作動した。


「またか…」

父が苦笑いしている。


「これは食事を適温に保つための…」

「分かった、分かった。説明はいいから、安全確認だけはしっかりしなさい」

「はい」


——翌朝・両親出発——


「ルナ、今回の視察でよく分かったわ」

馬車に乗る前に、母が私を抱きしめてくれた。


「あなたは確かに変わっているけれど、それがあなたの魅力でもあるのね」

「お母様…」


「ただし、もう少しお嬢様らしさも忘れずに」

「研究も大切だが、自分の身も大切にしろ」


父が頭を撫でてくれる。


「また近いうちに様子を見に来るからな」

「はい。お気をつけて」


馬車が去っていくのを見送りながら、私は胸がじんわりと温かくなった。


——その夜——


「お疲れ様でした、お嬢様」

セレーナが紅茶を運んできた。虹色の髪が夕日に照らされて美しく輝いている。


「今日は大変だったわね」

「でも、ご両親に理解していただけて良かったです」


「そうね。私は私らしく、でもお嬢様らしさも忘れずに…バランスが大切なのね」

「はい。お嬢様の魅力は、その両方があってこそだと思います」


窓の外を見ると、実験室の窓からほんのり光が漏れている。

今日作りかけの『感情安定薬』がまだ完成していない。


「明日は礼儀作法の練習をしてから実験にしましょうか」

「それが良いと思います」


「ハーブ、今日もお疲れ様」

「ピューイ」


薬草ウサギが満足そうに鳴いた。


両親の視察は終わったが、これからも錬金術師として、そして貴族令嬢として、両方を大切にしていこう。きっとそれが、私らしい生き方なのだろう。


あ、兄に会っていかなくてよかったのかしら?


——翌日の母からの手紙——

『ルナへ

昨日は素敵なお茶会をありがとう。あなたの成長を感じることができました。

実験も大切ですが、時々は淑女らしさも思い出してくださいね。

でも、あなたらしさは決して失わないように。

それがあなたの一番の魅力だから。

愛を込めて

母より』


この手紙を読んで、私は改めて両親の愛情の深さを感じた。これからも、自分らしく、でもお嬢様らしく頑張ろう。


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