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第28話 依頼!治安局のお手伝い

「お嬢様、グランヴィル侯爵がお見えになっております」


朝食の最中、ハロルドが丁寧にお辞儀をしながら告げた。

眼鏡の奥の目が少し困惑しているのは、きっと昨日の『浮遊薬』の実験で天井に花瓶が貼り付いたままになっているからだろう。


「グランヴィル侯爵が?珍しいわね」


グランヴィル侯爵は王都の治安を司る重要な役職についている方だ。

普段なら兄が対応するところだが、今日は兄は不在中だ。


「お嬢様が直々にお会いになるのですか?」


セレーナが心配そうに虹色の髪を揺らした。

最近は髪の色も安定してきて、朝は青緑、昼は虹色、夜は紫と、まるで時計のように変化している。


「大丈夫よ。きっと簡単な挨拶だけでしょう」


——応接室——


「ルナ嬢、お忙しい中恐縮です」


グランヴィル侯爵は立派な口髭を蓄えた威厳のある男性だ。でも今日は何だか困った顔をしている。


「いえいえ、こちらこそ。兄が不在で申し訳ございません」

「実は、貴女に直接お願いがあって参りました」


「私に?」

「はい。治安局で使用する『特殊な道具』を作っていただきたいのです」


特殊な道具?私は首をかしげた。


「どのような道具でしょうか?」

「『犯人拘束薬』です」


侯爵が真剣な顔で説明してくれる。


「最近、街に素早い盗賊が出没しまして。通常の方法では捕まえることが困難なのです」

「なるほど……それで錬金術の力を借りたいと」


「その通りです。貴女の実力は既に王都でも有名ですから」


有名って、まさか爆発のことじゃないでしょうね?


「分かりました。お引き受けします」

「ありがとうございます!期日は一週間後でお願いします」


——実験室——


「さて、『犯人拘束薬』か……」


犯人を捕まえるための薬。動きを封じる薬が良いかもしれない。


「まずは『麻痺薬』から試してみましょう」


材料を並べる。『痺れ草』、『石化花の花粉』、『重力の雫』……


「ハーブ、この材料の組み合わせはどうかしら?」

「ピューイ」


薬草ウサギのハーブが首を振った。ダメらしい。


「そうね、麻痺薬だと加減が難しいわ。別の方法を考えましょう」


今度は『粘着薬』を作ってみることにした。犯人の足を止めるための薬。


「『粘液草』と『蜘蛛の糸エキス』と……『膠の実』を加えて……」


——グツグツグツ


薬は順調に煮えている。甘いバニラのような香りが漂ってきた。


「いい感じね」


そっと『安定剤』を加えようとした時——


——ボンッ!


小爆発と共に、鍋から粘液がベッタリと実験台に飛び散った。


「あら?」


粘液に触れてみると、確かに粘着力はある。でも色が緑色で、何だか毒々しい。


「これじゃあ犯人も市民も怖がりそうね」


セレーナが虹色の髪を振りながら入ってきた。


「お嬢様、今度は何の実験を……きゃっ!」


セレーナの足が粘液を踏んで、ペタッと床に貼り付いた。


「動けません!」

「ごめんなさい、セレーナ!すぐに『溶解薬』を作るわ!」


慌てて溶解薬を調合していると——


——ドンッ!


今度は溶解薬が小爆発を起こして、粘液と反応した。するとシュワシュワと泡が立ち始めた。


「わあ!泡だらけです!」


実験室が泡で満たされていく。セレーナの足も泡と一緒に粘液から解放された。


「とりあえず成功……かしら?」


翌日、今度は違うアプローチで挑戦した。


「『睡眠薬』はどうかしら?犯人を眠らせれば安全に捕まえられるわ」

『眠り花の蜜』と『夢見草の粉』と『羊の毛エキス』を混ぜ合わせる。


——グルグルグル


薬はラベンダー色に変化していく。心地よい花の香りが実験室に広がった。


「今度はうまくいきそうね」


最後に『持続時間調整薬』を加えると——


——プシュー


紫色の煙がもくもくと立ち上った。


「あら、煙が出すぎてるわ」


そして次の瞬間——


「ふわぁ……眠く…なって…きま…した…」


セレーナがふらつきながら呟いた。


「セレーナ!大丈夫?」


「お嬢…様も…だんだん…」


確かに私も眠気が襲ってきた。これはまずい。


「窓を…開けないと…」


ふらつきながら窓を開けると、紫の煙が外に流れていく。

庭では庭師のおじいさんがこっくりこっくりと居眠りを始めていた。


「効果はあるけど、範囲が広すぎるわね」


三日目。今度は『拘束の糸薬』に挑戦した。


「糸で縛る薬なら、安全で確実よ」

『蜘蛛の巣エキス』と『絡み草の繊維』と『結束の粉』を慎重に混ぜ合わせる。


——シャカシャカシャカ


薬はきれいな銀色に光っている。


「今度こそうまくいきそう」


薬が完成したので、テスト用の人形に向かって薬をかけてみた。


——シュッ


薬から細い糸が飛び出して、人形にくるくると巻き付いていく。


「やったわ!成功よ!」


ところが——


——ビュンビュンビュン


糸が止まらない。

人形だけでなく、実験台も、椅子も、入ってきたハーブまで糸でグルグル巻きになっていく。


「ピューイピューイ!」


ハーブが必死に鳴いているが、動けない。


「あわわ、糸が暴走してる!」


実験室中が糸だらけになって、私まで動けなくなってしまった。


「お嬢様!大変です!お客様が……」


セレーナが慌てて入ってきて——


「きゃあああ!」


セレーナも糸に捕まってしまった。


「『切断薬』を…作らないと…」


でも手が動かない。


結局、ハロルドが『糸切りバサミ』で助けに来てくれるまで、一時間も縛られたままだった。


——四日目——


「今度は『泡拘束薬』よ。泡で包んで動きを封じるの」


『泡立ち草』と『石鹸の実』と『風の精のため息』を混ぜ合わせる。


——ブクブクブク


鍋からきれいな泡がポコポコと湧き出てくる。甘いソーダのような香りがした。


「可愛い泡ね」


でも油断は禁物。慎重に『固定剤』を加えると——


——ポンポンポン!


連続小爆発と共に、泡が一気に膨れ上がった。


「うわっ!」


実験室が泡で埋め尽くされる。ふわふわの白い泡が天井まで届いている。


「お嬢様〜!どちらにいらっしゃいますか〜!」


セレーナの声が泡の向こうから聞こえる。


「こっちよ〜!」


泡をかき分けながら進むが、足下が見えない。


「きゃっ!」


案の定、実験台につまずいて転んでしまった。


「お嬢様!」


セレーナも泡に足を取られてバランスを崩した。


二人で泡まみれになりながら、ようやく実験室から脱出した。


——五日目——


「今度こそ!『氷結拘束薬』で決まりよ!」


『氷雪花の結晶』と『冷却の雫』と『凍結の粉』を組み合わせる。


——キーン


薬は美しい水色に輝いている。ひんやりとした雪のような香りが漂った。


「完璧な氷結薬ができたわ」


テスト用の的に向かって薬をかけると——


——シャキーン


的が見事に氷漬けになった。


「やったわ!これで——」


でも次の瞬間——


——バキバキバキ


氷が的だけでなく、床や壁にまで広がり始めた。


「あわわ!氷が止まらない!」


実験室が氷の洞窟のように変わっていく。


「さっ、寒いです〜」


セレーナが震えながら入ってきて、足を滑らせた。


「きゃっ!」


ツルツルの氷の上で、二人してスケートのように滑り回ることになった。


「『解氷薬』を作らないと」

「で、でも材料が取れません〜」


結局、暖炉の火で氷を溶かすまで、しばらく寒い思いをした。


——六日目——


期限まで残り一日。私は頭を抱えていた。


「どの薬も効果はあるけど、制御できないのよね」


ハーブが慰めるように「ピューイ」と鳴いてくれる。


「そうだ!全部の薬の良い部分だけを組み合わせてみましょう」


粘着薬の『拘束力』、睡眠薬の『安全性』、糸薬の『確実性』、泡薬の『優しさ』、氷結薬の『即効性』……


「これらを全部組み合わせれば、完璧な犯人拘束薬ができるはず!」


セレーナが青い顔をした。


「お嬢様…全部混ぜるのは危険では…」

「大丈夫よ!今度こそうまくいくわ」


各薬の良い部分だけを抽出して、慎重に混ぜ合わせる。


——グルグルグル


薬は虹色に輝いて、とても綺麗だった。


「完璧ね!」


最後の仕上げに『安定剤』を加えると——


——ドッカァァァァン!!!


これまでで一番大きな爆発が起こった。


「きゃー!」


実験室から巨大な虹色の泡が噴き出して、屋敷の外まで飛び出していく。


「お嬢様!大変です!」


ハロルドが慌てて駆け込んできた。


「街の広場が泡だらけになっております!」


——王都中央広場——


「うわあああ!」「何これ!」「泡の海だー!」


広場が巨大な泡で覆われて、人々が泡の中でふわふわと浮いている。


でも不思議なことに、みんな楽しそうだった。


「ふわふわして気持ちいい!」

「まるで雲の上みたい!」


子供たちは大喜びで泡の中で遊んでいる。


そこへグランヴィル侯爵がやってきた。


「ルナ嬢!これは一体…」

「申し訳ございません!実験が暴走してしまって…」


「いえいえ、実は…」


侯爵が困ったような、でも嬉しそうな顔をした。


「この泡のおかげで、例の素早い盗賊を捕まえることができました」

「え?」


「盗賊が泡に足を取られて動けなくなったのです。しかも泡が柔らかいので、怪我もしていません」


本当だ。広場の隅で盗賊らしき人が泡にくるまれて、ふわふわと浮いている。


「それに市民の皆さんも喜んでおられるようで…」


確かに、みんな笑顔で泡を楽しんでいる。


「結果的に大成功ですね!」


「そ、そうですね」


私は安堵のため息をついた。


——夕方・アルケミ伯爵邸——


「お疲れ様でした、お嬢様」


セレーナが紅茶を入れてくれる。虹色の髪に泡がちょっと付いていた。


「今回も予想外の結果になったけど、結果オーライね」


グランヴィル侯爵からは感謝の手紙と報酬をいただいた。


「でも次回は、もう少し制御可能な実験にしましょうね」

「そうね。今度は『お掃除薬』でも作ってみようかしら」


「それは…大丈夫でしょうか?」


セレーナが不安そうに呟いた。


窓の外を見ると、まだ街の広場にほんの少し泡が残っていて、夕日に照らされてキラキラと光っている。


「ハーブ、今日もお疲れ様」

「ピューイ」


薬草ウサギが満足そうに鳴いた。


明日からはまた新しい実験が待っている。今度はどんな予想外のことが起こるだろうか。それもまた、錬金術師の楽しみの一つだった。

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