第27話 侯爵令嬢のお茶会と隣家の爆発騒動
「お嬢様、本日はお茶会のご準備が整いました」
朝の光が優雅に差し込むローゼン侯爵家の広間で、メイドのジュリアが銀の盆に紅茶のティーポットとカップを並べながら告げる。
「ありがとう、ジュリア。今日も完璧な朝ですわね」
カタリナは赤茶色の縦ロールを揺らしながら、ガラスの窓越しに庭園を見下ろす。
今日のお茶会には、近隣の貴族令嬢たちを招待している。
午前10時開始。エレガントなティーテーブルには、ローズ柄のシルククロスと、銀のスプーンが整然と並んでいた。
「皆様、ようこそおいでくださいましたわ!」
続々と貴族令嬢たちが到着する。カタリナはお辞儀をしながらも心の中で思う。
(さて、今日は誰が一番私の紅茶を褒めてくれるかしら……)
しかしその直後——
——ドッカァァァン!!!
隣家から突如として爆音が響いた。
窓の外、アルケミ伯爵家の屋敷の煙突から紫色の煙がもくもくと立ち上がっている。
「きゃっ!」
招待客の一人、パリス侯爵令嬢はティーカップを抱えて後ずさり、足をすべらせてジュリアに抱きかかえられる。
「カ、カタリナ様……まるで火山ですわ!」
「まあ……お隣のルナ嬢は、実験の天才ですから」
カタリナは微笑みながら説明する。
「うぅ……あの煙の色、何か毒じゃありませんかね?」
隣に座ったブルングネルト伯爵令嬢が小声で呟く。
「……いや、見た感じ『毒』より『魔法遊び』ですわね」
モレスビー伯爵令嬢は興奮気味に双眼鏡を取り出し、窓の外を観察。
「わぁ、煙がくるくる回ってる! まるで虹色の竜巻ですわ!」
「……あの竜巻に巻き込まれたら、紅茶も飛びますわね」
グランヴィル侯爵令嬢が手を口に当てて笑う。
カタリナは深く息を吸い込み、優雅に微笑む。
「どうぞ皆様、落ち着いて紅茶をお召し上がりくださいませ」
香りはさわやかな花の香りが漂い、ほっとするひととき。しかし、その瞬間——
——バァァァン!!
再び隣家から爆発音。今度は緑色の煙が庭を覆う勢いだ。
「ぎゃあああ! 何か飛んできましたわ!」
パリス侯爵令嬢が紅茶のカップを手に必死に防御。
「ええ、これは『植物成長促進薬』の実験中ですわ」
カタリナは冷静に説明する。
「……にしても、葉っぱが空を舞ってますわ」
グランヴィル侯爵令嬢は、手元のスプーンで空中の葉っぱを掴もうとして、ティーポットを傾けそうになる。
「きゃっ! 危ないです!」
ジュリアが慌ててスプーンを受け止める。
香りと爆発のカオスに、招待客たちは口々にリアクション。
「まるで錬金術フェスティバルですわね!」
「うわ、紅茶に花びらが舞い込む!」
「……ティーカップを盾にして座っている方が安全かも」
カタリナは微笑みながらも、心の中で呟く。
(今日もルナさんは絶好調ですわね……)
ティータイムは続く。
マカロンやフルーツタルトが並べられ、香りはフローラルで甘い。しかし窓の外では——
——シュルシュルシュル〜
奇妙な音が聞こえ、続いて——
——ドガガガガァァァン!!!
招待客たちは驚き、ティーカップから紅茶がこぼれる。
「わあっ、紅茶の海ですわ!」
「……スプーンで漁れますかね?」
ブルングネルト伯爵令嬢が冗談を飛ばすと、周囲が笑いに包まれる。
「まるで魔法のカーニバルですわね」
「こんな爆発付きティータイム、他にあるでしょうか」
カタリナは静かに微笑む。
窓越しの虹色の竜巻、紫と緑の煙が舞い、フルーツタルトの香りと奇妙に調和している。
午後、招待客たちは笑いながらデザートを楽しむ。
モレスビー伯爵令嬢は煙に向かって小さく手を振る。
「ルナ嬢、素敵ですわ! 来年もこのフェスティバルを期待してます!」
カタリナは窓際で微笑みながら呟く。
(隣にルナさんがいるからこそ、今日のお茶会は忘れられない思い出になりますわ)
夕方、招待客たちは満足げに帰路につく。
爆発音は断続的に続くが、皆、笑顔でお茶会を振り返る。
——ポンッ
最後の小爆発音が遠くで響いた。カタリナは微笑みながら空を見上げる。
(明日もきっと……にぎやかになりそうですわね)
屋敷は優雅さと賑やかさが入り混じった不思議な空間となり、侯爵令嬢の一日のお茶会は、隣家の天才錬金術師の爆発に彩られて終わった。