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第26話 王都の薬草市探訪

「お嬢様、王都の薬草市は毎月第二土曜日に開催されます」


朝食を終えた私に、ハロルドが予定を確認してくれた。


「今日がその日なのね!珍しい材料が見つかるかもしれないわ」


最近の実験で材料が底をつきかけているし、新しい発見があるかもしれない。


「お一人で行かれるのですか?」

「カタリナも一緒に来てくれるのよ。それにセレーナも」


「私もお供させていただきます」


セレーナが丁寧にお辞儀をした。髪は相変わらず虹色に光っているが、最近はそれも似合っている。


「それでしたら安心ですが……お嬢様、薬草市は普通の市場とは少し違います」


ハロルドが心配そうに眼鏡を光らせる。


「どう違うの?」

「魔法の薬草や珍しい材料を扱うため、時々……予想外のことが起こります」

「大丈夫よ。私だって錬金術師なんだから」


——王都薬草市・午前十時——


「まあ、活気がありますのね!」


カタリナが優雅に感嘆の声を上げた。確かに、普通の市場とは全く違う雰囲気だ。


「お嬢様、くれぐれも怪しい店には近づかないでくださいね」

セレーナが心配そうに釘を刺す。


色とりどりのテントが並び、不思議な香りが漂っている。

甘い花の香り、刺激的なスパイスの匂い、そして時々鼻をつく怪しい臭い……


「あら、あちらで何か光ってますわ」


カタリナが指差す方向を見ると、青く光る薬草を売る店があった。


「『月光草』ですね。夜にしか光らない珍しい薬草です」


老婆の店主が説明してくれる。


「これ、『夢見の薬』に使えるかもしれないわ」

「お嬢様方、錬金術師でいらっしゃいますか?」


「はい、まだ見習いですが」

「でしたら、こちらもいかがです?」


老婆が奥から小さな鉢植えを持ってきた。中には虹色に輝く小さな花が咲いている。


「これは……」

「『歌う花』ですよ。音に反応して色が変わります」


確かに、カタリナが「まあ」と声を出すと、花の色がピンクに変わった。


「面白いですわね」

「これください」


『歌う花』を購入して、次の店に向かう。


「あ、あの店、何だか怪しくない?」


私が指差したのは、黒いテントに覆われた店だった。看板には『秘密の材料』と書かれている。


「お嬢様!まさに私が言った『怪しい店』そのものではありませんか!」


セレーナが慌てて私の腕を掴む。


「確かに怪しいですが……逆に珍しい物がありそうですわね」

カタリナも興味深そうだ。


「カタリナ様まで……」


セレーナが頭を抱えた。


恐る恐る近づくと、フードを深くかぶった商人が現れた。


「いらっしゃい……錬金術師の お嬢さん方」


声が妙にこもっていて不気味だ。


「あの、珍しい材料はありますか?」

「ありますとも……こちらをご覧ください」


商人が布を取り払うと、見たことのない材料が並んでいた。


「これは『時の砂』……時間に関する錬金術に使います」

光る砂がクルクルと瓶の中で回っている。


「こちらは『記憶の水晶』……思い出を保存できます」

透明な水晶の中に、まるで映像のような光がゆらめいている。


「そしてこれが『感情の香辛料』……喜怒哀楽を調味できます」

小さな瓶に入った粉が、見る角度によって色を変える。


「どれも興味深いですが……お値段は?」

カタリナが遠慮がちに尋ねた。


「特別にお安くしますよ……ただし」

「ただし?」


「こちらの『実験の手伝い』をしていただければ」


商人が怪しく笑う。


「どんな実験ですの?」

「簡単です。この『暴走抑制薬』の効果を確認していただくだけ」


商人が青い薬を差し出した。


「何に対する暴走抑制薬ですの?」

「それは……」


——ガサガサガサ!


突然、商人のテントの奥から激しい音が聞こえた。


「あ、あれは……」

「『踊るハーブ』が暴走してしまいまして……」


テントの奥を見ると、大きな植物が踊るように暴れ回っている。

根っこを足のように使って歩き回り、葉っぱを腕のように振り回している。


「やっぱり! 怪しい店には近づくべきではなかったのです!」


セレーナが「ほら見なさい」とばかりに言った。


——パタパタパタ!


「きゃー!」


踊るハーブがテントから飛び出してきた。

高さは私たちの腰くらいで、確かに踊っているような動きをしている。


「これは大変ですわ!」

「お嬢様、今すぐ逃げましょう!」


セレーナが私たちを庇うように前に出た。


「お客さん、お願いします! この薬を飲ませてください!」


商人が『暴走抑制薬』を押し付けてきた。


「ちょっと待って! なんで踊るハーブが暴走してるの?」

「それは……つい『成長促進薬』を多めに与えてしまいまして……」


——パタパタドンドン!


踊るハーブが市場を駆け回り、他の店の商品を蹴散らしている。


「このままでは大変なことになりますわ!」

「分かったわ! やってみる!」


私は『暴走抑制薬』を受け取った。でも問題は、どうやって暴れ回るハーブに飲ませるかだ。


「ルナさん、私が足止めしますから、その隙に!」

「カタリナ! 危険よ!」


でもカタリナは既に魔法の準備をしていた。


「『拘束の蔦』!」


地面から蔦が伸びて、踊るハーブの足を絡め取ろうとする。

でもハーブの方が素早く、ひらりと避けてしまった。


——パタパタパタ!


「やっぱり踊りが上手ですわね……」


感心している場合ではない。私は別の作戦を考えた。


「そうだ!『歌う花』を使いましょう」


さっき買った鉢植えを取り出す。


「音に反応するなら、踊るハーブも反応するかも」


私が鼻歌を歌うと、『歌う花』が美しく光った。そして——


——ピタッ


踊るハーブが動きを止めて、こちらを見た。


「効果がありますわ!」

「今よ!」


私は『暴走抑制薬』をハーブの口(のような部分)に注いだ。


——ゴクゴク


ハーブが薬を飲むと——


——シュウウウ


みるみるうちに大きさが元に戻っていく。そして最後にはかわいらしい手のひらサイズになった。


「やったね!」

「お見事ですわ!」


周りで見ていた人たちからも拍手が起こった。


「ありがとうございました!おかげで大惨事を免れました」


商人が深々と頭を下げる。


「約束通り、材料をお安くお譲りします」

「本当ですか?」


結局、『時の砂』と『記憶の水晶』と『感情の香辛料』を格安で手に入れることができた。


「今日は冒険でしたわね」

カタリナが紅茶を飲みながら言った。相変わらず完璧な佇まいに縦ロールだ。


「お嬢様のおかげで大惨事は免れましたが……もう少しで大変なことになるところでした」

セレーナがため息をつく。


「でも面白い材料が手に入ったわ」


テーブルの上に購入した材料を並べる。

どれも普通の店では売っていない珍しいものばかりだ。


「この『時の砂』、何に使うつもりですの?」


「『時間調整薬』を作ってみようかと思って」

「時間調整薬?」


「薬の効果時間を調整できる薬よ。長く効かせたり、逆に短時間で効果を終わらせたり」

「それは便利ですわね」


私が説明していると、さっきの怪しい商人がやってきた。


「お疲れ様でした。実は、お礼がございます」


商人が小さな袋を差し出した。


「これは?」


「『幸運の種』です。植えると幸運を呼ぶ花が咲きます」

「幸運の花?」


「はい。ただし……」


またただしか。


「どんな『ただし』ですの?」

カタリナが警戒している。


「育て方を間違えると、逆に不幸を呼ぶかもしれません」


「えぇ!」


「でも錬金術師のお嬢様方なら大丈夫でしょう」


商人はそう言って去っていった。


「相変わらず怪しい人でしたわね」

「でも面白そうよ。今度植えてみましょう」


「お嬢様……『不幸を呼ぶかもしれない』と言われた種を本気で植えるおつもりですか?」


セレーナが青い顔をしている。


「大丈夫よ、きっと」

「『きっと』って……」


市場を歩いていると、また面白い店を発見した。


「『動く薬草専門店』?」


看板の通り、この店の薬草は全て動いている。

小さなマンドラゴラが歩き回り、ぺちゃくちゃ喋っている薬草もいる。


「いらっしゃいませ。珍しい動く薬草はいかがですか?」


店主は普通の人間だが、薬草たちがペットのように懐いている。


「この子は『お喋りパセリ』です。料理のアドバイスをしてくれますよ」


小さなパセリが「塩は控えめにね〜」と喋っている。


「こちらは『歌うローズマリー』。美しい声で歌います」

「ラララ〜」とローズマリーが歌い出した。


「面白いですけど、錬金術に使えますの?」

「もちろんです。動く薬草は生命力が強いので、薬の効果も高いんです」


確かに理にかなっている。


「じゃあ、『お喋りパセリ』をください」

「私は『歌うローズマリー』をいただきますわ」


「お嬢様方……動く薬草なんて、お屋敷で飼えるのでしょうか?」


セレーナが不安そうに呟く。


「大丈夫よ。きっと可愛いペットになるわ」

「また『きっと』……」


新しい薬草たちも購入して、満足げに歩いていると——


——ピョンピョンピョン!


小さなウサギのような生き物が飛び跳ねながら近づいてきた。


「あら、可愛い!」

「これは『薬草ウサギ』ですね。薬草を食べて育つ不思議な生き物です」


通りすがりの人が教えてくれた。


「お腹が空いてるのかしら?」


私がお喋りパセリを少し分けてあげると——


——ムシャムシャ


薬草ウサギが美味しそうに食べた。


「ピューイ!」


満足そうに鳴いて、私の肩に飛び乗ってきた。


「懐かれてしまいましたわね」

「可愛いから、このまま連れて帰っちゃおうかしら」


でもそれはダメだろう。きっと飼い主がいるはずだ。


「すみません、この子の飼い主を知りませんか?」


近くの店の人に聞いてみると——


「あ、それは野生の薬草ウサギですよ。誰でも餌をあげていいんです」

「野生?」


「はい。王都の薬草市には時々現れるんです。人に懐くと、しばらく一緒にいることもありますよ」

「それなら……」


私は薬草ウサギを肩に乗せたまま、市場を続けて回ることにした。


——夕方・帰路——


「今日は充実した一日でしたわね」


両手いっぱいの買い物袋を持ちながら、カタリナが満足そうに言った。


私の肩には薬草ウサギが乗っていて、時々「ピューイ」と鳴いている。


「珍しい材料がたくさん手に入ったし、新しい友達もできたわ」

「お嬢様……野生の動物を勝手に連れて帰って大丈夫なのでしょうか?」


セレーナが心配している。


「野生って言っても、人に懐く動物なのよ」

「あと……その『幸運の種』、本当に植えるのですか?」


「もちろんよ。きっと面白いことが起こるわ」

「不幸を呼ぶかもしれませんのよ?」


「大丈夫。私の実験はいつも予想外のことが起こるから、慣れてるもの」


カタリナが苦笑いする。セレーナは諦めたような顔をしていた。


「でも今度実験する時は、事前に教えてくださいね」

「分かったわ」


——アルケミ伯爵邸・夕食後——


「お疲れ様でした、お嬢様」


セレーナが疲れた様子で言った。虹色の髪が少し乱れている。


「セレーナもお疲れ様。今日は付き添ってくれてありがとう」

「いえ……これもお仕事ですから」


ハロルドが購入した材料を確認してくれている。


「とても良い買い物ができたわ。特にこの『時の砂』は貴重よ」

「それから、この子も連れて帰ってきました」


薬草ウサギを紹介すると、ハロルドが眼鏡を光らせた。


「薬草ウサギですね。珍しい生き物です」

「飼ってもいいかしら?」


「錬金術師のお宅では、薬草ウサギは良いパートナーになると聞いております」

「本当?」


「はい。薬草の品質を見分ける能力があるそうです」


それは便利だ。実験の助手になってくれるかもしれない。


「じゃあ、名前をつけましょう。『ハーブ』はどう?」

「ピューイ!」


薬草ウサギが嬉しそうに鳴いた。気に入ってくれたようだ。


「明日から早速、実験を手伝ってもらいましょう」


新しい材料と新しい仲間を得て、明日からの実験が楽しみになった。きっと今度も予想外のことが起こるだろうが、それもまた楽しみの一つだ。


「ハーブ、よろしくね」


「ピューイ!」


充実した薬草市探訪の一日が、こうして幕を閉じた。

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