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第257話 最後の錬金大実験~凍れる奇跡をあなたに~

「では、最後の課題を発表します」

校長先生が講堂でそう宣言した。


「冬の課題は『自分の集大成を形にする錬金作品を作る』です」


三年生たちから驚きの声が上がった。


「集大成……」

「何か作らなくちゃ」

教室の中はざわめいた。


その夜、私は中庭で空を見上げていた。


「集大成か」


一年間いろいろな錬金術を試してきた。

爆発、成功、失敗、予期しない大成功。

すべてがこの一年間に詰まっていた。


その時ふと考えた。


「あ。『氷の中に一瞬の美しさを閉じ込める錬金アート』ってどう?」


ふわりちゃんが、私の肩からふみゅふみゅと鳴いた。

「うん。冬の終わりを題材にして、その美しさを永遠に閉じ込める」

その考えは段々と形になっていった。


翌日、カタリナとエリオットにその構想を話した。


「『氷の中に一瞬の美しさを閉じ込める』ですか」


カタリナはその構想に目を輝かせた。

「ルナさん。それは素敵ですわ」


「ですが」

エリオットが、眉をひそめた。


「『冷却魔法と凍結魔法の融合』というのは、極めて危険です。もし制御を誤ったら……」

「大丈夫だよ。前に雪竜のくしゃみを鎮静化させたし」


「あの時は、三人で協力したから成功したのです」


だが、私は聞く耳を持たなかった。

「じゃあ、今日から準備を始めよう」


準備の日、私は『冷却結晶』『凍結液』『美の粉』を混合し大きな鍋に入れた。


「では、冷却魔法を注入します」


私は、両手から冷たい光を放った。

その光が鍋に流れ込む。


「よし。これで……」


だがその瞬間だった。


「あ……」


冷却魔法が制御を失った。

その光は鍋を超えて、学院全体に広がり始めた。


「あああああ!」


冷たい光が床に当たった。


床が氷に変わった。

壁が氷に変わった。

天井が氷に変わった。


「ああああああ!」


学院全体が氷の城に変わってしまったのだ。


「ルナさん!これは何ですか!」


カタリナが床の上でスルスルと滑った。

彼女の完璧な立ち振る舞いも氷には敵わなかった。


「あああああ!」


カタリナは、そのまま壁に衝突してしまった。


「カタリナ!」


だが、その時更に大変なことが起きていた。

他の生徒たちは、氷の床を滑り台のようにして移動していたのだ。


「わああああ!」

「キャー!」

「助けてください!」

教室から廊下へ。廊下から階段へ。階段からホールへ。


生徒たちは、滑り台で移動する羽目になったのだ。


教授陣も大混乱だった。

校長先生はスケート靴を履く羽目になっていた。


グリムウッド教授も同様だ。

モーガン先生は、氷に足をとられ転倒していた。


「ルナさん!これは……」

エリオットが、ノートを持ったまま氷の上で静止していた。

彼も滑るのに必死だったのだ。


その時だった。


カタリナが、廊下を器用に滑ってやってきた。

本来なら、彼女の完璧さなら氷の上でも優雅に立っていられるはずだった。


だが――


「あ……」


彼女の足が微かに氷に引っかかった。

その瞬間、彼女はツルッと転倒してしまった。


「あああああ!」


王立魔法学院の歴史上初めての出来事だ。


『カタリナが転倒する』


その光景を見た全員が固まった。


だが、カタリナはそのまま立ち上がった。

彼女のドレスは氷に接触していた。


だが、彼女は何食わぬ顔で私に歩み寄った。


「ルナさん。これは……」

「あ、ご、ごめん。冷却魔法が……」

「では、これを、逆転させましょう」


カタリナは、そっと微笑んだ。

「この氷の城を集大成に変える」


夜になった。


学院全体はまだ氷の城のままだった。

カタリナ、エリオット、そして私は中庭に立っていた。


「では、『光の氷花』を咲かせましょう」

カタリナがそう言った。


「『光の氷花』?」

「はい。この氷の城全体を一つの芸術作品に変えるのです」


エリオットが古代魔法陣を分析していた。


「学院全体に刻まれた『冷却魔法陣』を逆に利用します。そこに光の魔法を流し込めば……」

「わかりました」


三人が同時に魔力を注ぎ込んだ。


カタリナの『治癒の光』。

エリオットの『軌道修正』魔法。

そして私の『光の結晶』の力。


その三つが融合した。


すると、学院全体から光が放たれ始めた。


青、紫、白。


その光が氷の城全体を照らした。

中庭では特に強く光が集中していた。


その光は花のような形に舞い始めた。

一つ、また一つ。


光の花が開き始めた。

それは本当に美しかった。


「わあ……」

生徒たちがその光景を見上げた。


教授陣もスケート靴を脱ぎ、その光景を眺めていた。

校長先生も目を上げた。


「これは……」

その光景は学院全体を照らし、冬の夜を昼間のように変えた。


翌朝、氷はすべて融けていた。

だがその『光の氷花』の映像は、全員の心に焼き付いていた。


翌年以降も、その『光の氷花』を再現しようとする試みが続いた。


だが誰も、私が作った『光の氷花』の美しさには及ばなかったという。


それは私独自の『予期しない錬金術』の産物だったからだ。


朝、私たちは学院の前に立っていた。


「ルナさん。素晴らしい錬金作品をありがとうございました」


カタリナはそっと微笑んだ。


「あ、えっと。結果的にうまくいったんだ」


エリオットが、眼鏡を直した。


「ルナさん。『結果的に』という言葉を……」

「もう卒業後は使わないようにします」


「本当ですか?」

「いや、使うと思う」


エリオットはため息をついた。


三人で最後の写真を撮った。

学院の前で。

その背景には『光の氷花』の映像が映し出されていた。


ふわりちゃんは私の肩の上でふみゅふみゅと幸せそうに鳴いていた。

ハーブはポケットの中で、ピューイと満足げに鳴いていた。


王立魔法学院での三年間は、こうして幕を閉じたのだ。


最後の錬金大実験。


『凍れる奇跡をあなたに』


それは、ルナ・アルケミの最高傑作だった。


冬の終わりに、永遠の美しさを閉じ込めた光の芸術。

その光は、翌年以降も学院を照らし続けるのだという。


伝説の卒業作品として。

ルナ・アルケミの、錬金術人生の最終章として。

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