第256話 スノーゴーレムの恋
「では、スノーゴーレムを作ってみましょう」
冬の朝、私は、学院の庭で、そう宣言していた。
古代魔法陣の『魔物生命模倣技術』を応用して、雪から生命を持つ生き物を作る実験だ。
「ルナさん。その『生命模倣技術』は、非常に複雑です」
エリオットが、心配そうに言った。
「大丈夫だよ。前にドラゴンで成功したし」
「ドラゴンの時は、感情表現プログラムを複数組み込みました。スノーゴーレムの場合は……何を組み込むのですか?」
「あ、えっと……」
私は、少し考えてから、答えた。
「人間らしい感情表現。それから、忠誠心と……あ、ロマンティックな心情も」
「『ロマンティックな心情』?」
エリオットは、眉をひそめた。
「え、だって冬だし。ロマンティックな季節じゃん」
「ルナさん。それは非常に危険な設定だと思いますが……」
「大丈夫だよ」
私は、そのまま、スノーゴーレムの製作を続けた。
数時間後、スノーゴーレムが完成した。
白い雪で作られた、人間ほどの大きさの生き物だ。瞳は、薄紫色の魔法の光で作られ、表情は優しくロマンティックだ。
「よし。完璧だ」
私は満足げにつぶやいた。
スノーゴーレムは、ゆっくりと立ち上がった。
「……」
彼は何も言わず周りを見つめた。
そしてその視線は校門の方へ向いた。
「あ、あ……」
スノーゴーレムが校門に近づいていく。
「え、ちょっと待って」
私は後を追った。
エリオットも一緒について来た。
校門の前に一人の人物が立っていた。
カタリナだ。
彼女は今朝、学院の外で何か用事があったのだろう。
スノーゴーレムは、カタリナを見ると、立ち止まった。
そして、ゆっくりと片膝をついた。
「え……?」
カタリナは困惑の表情を浮かべた。
「これは……何ですか?」
スノーゴーレムの口から、ゆっくりとした声が出た。
「美しき氷の女性よ。貴方は、冬の月光のように、優雅で美しい」
「あ……」
スノーゴーレムは雪で作られた手をカタリナに向けた。
「雪の誓いを……受けていただけませんか?」
「え……え?」
カタリナは本当に困惑していた。
「つまり……プロポーズですか?」
「はい。貴方と冬を過ごしたいのです」
スノーゴーレムの瞳から薄紫色の光がより強く輝いた。
「ルナさん!これは何ですか!」
カタリナが私に視線を向けた。
「あ、あああ……」
私は固まっていた。
「ご、ごめん!ロマンティックすぎたみたい!」
「『ロマンティック』……?」
「あ、えと。スノーゴーレムに、『ロマンティックな心情』を組み込んじゃって……」
エリオットが、頭を抱えていた。
「これは……予測通りです」
その時だった。
カタリナがゆっくりとスノーゴーレムの手を取った。
「では、冬が終わるまでの短い契約ですわ」
「え……え?」
スノーゴーレムは、顔を上げた。
「本当ですか?」
「はい。冬が終わるまで、貴方のお相手をいたします」
カタリナは優雅に微笑んだ。
「これは冬だけの優雅な恋ですわ」
その言葉にスノーゴーレムから喜びの光が放たれた。
「ありがとうございます。お嬢様」
「呼ぶ時は、カタリナでよろしいですわ」
「カタリナ……」
スノーゴーレムは、その名前を大切に繰り返した。
それからの冬の日々は奇妙なものになった。
スノーゴーレムは、毎日カタリナの元に現れた。
校門の前で彼女を待つ。
「おはようございます」
「おはようございます」
その会話は毎日同じだった。
だが、カタリナはその毎日を大切にしていた。
ルナは心配そうに二人を見守っていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。これは冬だけの物語ですわ。特に心配することはありません」
カタリナは、そう答えた。
エリオットは、二人の関係を、学術的に分析していた。
「『魔物生命模倣技術』が、感情を持つ存在を作ったという事例は、極めて稀です。非常に興味深い」
春が近づき雪が溶け始めた時、スノーゴーレムは消えゆくことを理解していた。
「カタリナ。冬が……終わりますね」
「ええ。そろそろ、ですわね」
カタリナは優雅に微笑んでいた。
「では最後の日まで、一緒にいてくれますか?」
「もちろんですわ」
最後の日。
スノーゴーレムの体はほぼ完全に溶けていた。
だが、彼はカタリナの前に立っていた。
「ありがとう……カタリナ」
その声は、もはや聞き取りにくかった。
「こちらこそ。ありがとうございました」
カタリナは、スノーゴーレムの手を握った。
スノーゴーレムの体が完全に溶けた時、一つのものがカタリナの手に残った。
氷で作られた指輪だ。透き通った氷の指輪。
その中には、薄紫色の光が、ゆっくりと流動していた。
「これは……」
「あ、あああ」
私は、涙をこぼしていた。
「ル、ルナさん。これは……」
ジュリアがその光景を見ていた。
「ルナお嬢様が、あらかじめ仕込んでおいたんですね」
「えっと。ゴーレムが消えるとき、最後に残る思い出として。氷の指輪に彼の記憶を……」
エリオットが、その指輪を見つめた。
「古代魔法陣の『記憶保存技術』が使われていますね。スノーゴーレムの意識がこの指輪に……」
「ええ。彼は完全には消えていない」
カタリナは指輪を自分の指に嵌めた。
「彼の思い出は、ここにずっと存在する。冬だけの短い恋を。永遠に」
その瞬間、指輪から薄紫色の光がより一層強く輝いた。
春になり季節は完全に変わった。
だが、カタリナは毎日その指輪を着けていた。
「カタリナさん。その指輪は?」
「ええ。冬だけの恋人からもらったものです」
「冬だけ……?」
「はい。春が来て彼は消えてしまいました。ですが、彼の思い出はここに存在する。それで十分ですわ」
カタリナの優雅さは変わっていなかった。
むしろ、その優雅さはより深い何かを秘めているように見えた。
私は相変わらず困惑していた。
「えっと……私が作ったゴーレムなのに、なぜか素敵な話になっちゃった」
セレーナが笑った。
「お嬢様。これは完璧な傑作ですよ」
ふわりちゃんは、その指輪を見つめながら、ふみゅふみゅと鳴いていた。
その鳴き声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
春の陽光の中、カタリナの指に光る氷の指輪。
それは、冬だけの恋の永遠の証だった。
やがて、夏が来て秋が来てまた冬が来る。
その時カタリナは、その指輪を見つめながら微笑むのだという。
「また来年。お会いしましょう」
そう、氷の指輪に向かって呟くのだという。




